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第22話 狙われている

「前半お前、右翼側に球を取りに行っただろ。後半は絶対に行くな! あのデービスってのは、危険行為に躊躇ちゅうちょが無い事で有名なんだ。前半のお前を見て奴は絶対にお前を潰しに来る。わかったな!」


 競技場に入ってすぐに若松が竜を横に付けて荒木に注意を促してきた。


「でも、あのデービスって昨年の最優秀外国人賞なんですよね? そんな人がそんな事をしてくるんですか?」


 言ってすぐに荒木も、花弁学院戦のあの出来事は外国では当たり前の出来事と以前言われたのを思い出した。


「審判が見ていないところで行われる行為は公式には行われていない行為。それはお前だってこれまで色々その目で見てきただろ。ここは一軍だぞ。これまでみたいな綺麗事なんて通用しないんだよ!」


 だから自分の身は自分で守れと若松は極めて真剣な表情で荒木を諭した。

 荒木も大きく頷いた。



 後半、見付球団は杉浦と青木を交代、対する多賀城球団は山崎と吉井、金村と吹石を交代させた。


 審判が笛を吹き、荒木の打ち出しで後半戦が開始となった。


 荒木が後方に打ち出した球を広沢が受け取る。

 広沢は球を小刻みに打ってゆっくりと攻め上がっていく。そこに猛然と吉井選手が防御に来た。

 広沢は極めて冷静に球をヘラルトに向かって打ち出す。


 ヘラルトには大石選手が守備に向かう。

 この時点で荒木は何か違和感を感じていたが、その正体がわからず、気にはしながらも後衛の二人の手前で竜を歩かせていた。

 ヘラルトは大石選手に競りかけられると、球を大きく左前方の尾花へと打ち出した。


 その時点で荒木は違和感の正体に気が付いた。

 尾花の防御に向かったのは本来ならデービス選手であるはず。それが吹石選手だったのだ。


 自分と尾花の間に赤毛の竜に跨ったデービス選手が位置取っている。

 まずいと思った荒木は後衛の二人から離れて大きく右方へと位置を変えた。

 自分から不自然に距離を取ろうとする荒木を見て、尾花もデービス選手に気が付いた。

 守備に来た吹石選手を巧みな乗竜術でかわし、一人で攻め込んで行く。


 どうやら敵は向こうで怖いのは荒木だけと考えていたらしい。

 尾花が一人で攻め込むのを見て、焦って後衛の一人淡口選手が尾花の守備にまわる。


 一人で強引に攻め込んだものの、尾花も吹石選手の守備から逃れられたわけではない。

 ここまでかと諦めた時に右方に白群色の競技着が見えた。


「荒木、頼んだ!」


 全てを託すような気持ちで尾花は右方に球を打ち出した。

 だがそこにいたのは荒木では無かった。


 球を受け取ったヘラルトは大石選手を引き連れたまま攻め上がって行き、篭に向けて竜杖を振り抜いた。

 だが、その球は大きく篭から左に反れて行った。


 自陣に戻る途中、荒木は後方から舌打ちの音を聞いた気がした。

 振り返ると、片方の口角を上げ、片方の目だけを細めたデービスがこちらを見ていた。



 攻める時には左翼にいるデービス選手が、守備になると右翼の大石選手と守備位置を交代している。

 多賀城球団の攻撃の時に尾花もその事に気が付いた。


 わざわざそんな事をする理由などただ一つ。

 守備にかこつけて荒木を傷つけるため。


 そこから尾花はなるべく荒木と距離を置かないような位置にいるようにした。

 不自然にデービス選手と吹石選手、大石選手の位置が変わる。

 それに広沢も気が付いた。


「ヘラルト! りんくす!」


 攻撃に転じた際に広沢がそう叫んだ。

 ヘラルトもわざわざ助っ人として呼ばれるだけの事はある。それだけで広沢の意図に気が付いたらしい。

 だが、広沢は右に向かえという指示のつもりだった。だが、逆の方向にヘラルトは竜を向かわせた。どうやら指示の単語が逆だったくさいと広沢も気が付いたが、この際どっちでも良いと割り切り、自分は向かって左方に攻め上がって行った。


 本来の守備位置からすると広沢を守備するのは吉井選手だっただろう。だが吉井選手は後衛に張り付いている。

 左翼に向かった選手を守備するのは、元々は大石選手のはずである。だが、それも尾花のところにいる。

 そのせいで広沢は悠々と攻め上がっていく。

 やっと大石選手が守備に来たところで、広沢は大きく右前方へ球を打ち出した。


 球は後衛の後ろ、荒木たちの前方に飛んで行く。

 後衛選手二人が竜を走らせる。それを左側から荒木が追い抜いていく。

 尾花とデービス選手が右方、篭の前へ向かって竜を走らせる。


 後衛二人を振り切った荒木は、さらに右前方へ打ち出し、竜を走らせた。

 篭に向かって単騎突っ走って行く荒木を四人が懸命に追う。

 圧倒的な速さ。まるで競竜の騎手かのよう。球を追いかける四人はそう感じていた。


 やっと追いついた時にはもう荒木は竜杖を振り抜いていて、球は篭に向かって飛んだ後であった。


 荒木が篭に球が入ったのを見て荒木が竜の向きを変えた時であった。

強烈な傷みが胸部を襲った。


 なぜか隣にデービス選手がいて、自分の胸の前に竜杖が伸ばされていた。

 胸部には防具を付けている。だがそれは胸部だけでデービス選手は竜杖を短く持ち、防具の下から突き上がるような向きで竜杖を構えていた。


 周囲を見ると誰もこちらを見ていない。


 荒木は竜杖をその場に落とし、胸を押さえて竜の背で身をかがめた。


 それに最初に気付いたのはヘラルトだったらしい。

 ヘラルトが何やら言っているのに広沢が気付いた。

 広沢が慌てて荒木に向かって竜を走らせる。

 何事かと思って尾花も後方を振り返る。


「大丈夫か、荒木!」


 荒木が何の返答もできず顔から脂汗をたらたらと垂らしているので、これ以上は無理だと広沢は判断した。

 尾花に向かって腕を大きく交差させて合図を送る。


 広沢は器用に竜杖を地面に下げて荒木の竜杖の丁子に引っかけて持ち上げると、荒木の竜の手綱を持って自陣へと向かった。


 荒木に何が起こったのか、競技場内の大画面にその時の録画映像が流れた。

 観客の多くは、この程度で何を大袈裟なと感じたらしく、下がるならさっさと下がれと野次を飛ばしている。


 「ふんっ」というデービス選手のほくそ笑む声が聞こえる。


「もう大丈夫だと思ったのに……何であの程度で……」


 やっと発した荒木の言葉がそれであった。


 恐らくは最初からデービス選手はこれを狙っていたのだろう。

 本当は何度も同じところを突いてやろうと思っていたのだろう。

 だが最初の一発が思いのほか上手く入った。そんなところだろうと広沢は感じた。


「荒木、よく二点取ってくれた! 後は俺たちに任せろ!」


 精一杯の笑顔を作って広沢が声をかけると、荒木は脂汗をだらだら流して力無く微笑んだ。


 主審も駆け寄って来て、大丈夫かと声をかける。

 だが、荒木は主審の顔は見ずに黙っている。

 そんな荒木に代わって広沢が交代させると主審に返答。


 見付球団の補欠席でも、すでに渋井が出場する準備をしているのが見える。


 競技場から出た荒木は渋井と交代した。

 ところが、竜から下りた衝撃で胸部に痺れが走り、その場にうずくまってしまった。


 結局、担架に乗せられてすぐに控室に連れて行かれ、そのまま救急車に乗せられ、病院へ向かう事になったのだった。

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