第21話 開幕!
開幕戦の空気というものは独特なものがある。
多賀城市は北国や北陸、山陰同様、冬が厳しい。
そのため、球場のいたる所に細い管が埋まっている。観客席だけでなく、競技場の中にも埋まっている。
試合の数時間前からそこにお湯を流し込んで、競技場全体を温めている。なので外は寒いのだが、屋根も無いのに球場の中だけはどことなく温かい。
そのお湯は隣にあるごみ焼却施設でゴミを焼却する時の熱を利用して沸かしている。
ただ、それだけだと煙が出て、競技場や練習場の環境に良くない。そこで噴煙は水に溶かして海に放出している。どういう理屈なのかは知らないが、こうする事で海洋生物にとって住み良い環境になるのだそうだ。
季節外れの寒波も少しだけ弱まり、例年より寒いながらも、球場には大勢の人が詰めかけてくれている。
思い思いの服装ではあるのだが、当然のように本拠地である多賀城球団の象徴色の苅安色という黄色っぽい応援服を身に着けている者が多い。中には見付球団の応援色である白群色の応援服を身に着けている人たちもいる。
ここ数年東国の順位は大きくは変わっていない。
幕府球団が圧倒的に強く、たまに稲沢球団が逆転優勝する。三位は常にこの多賀城球団。四位以下を小田原球団、見付球団、直江津球団で争っている。
残念な事に、ここ何年かは最下位の席は見付球団のものとなっている。
人ではなく竜が走るという事で、資金力が通常よりも表に出やすいらしい。練習試合の時から早くも強弱というものが出始めている。
ここ数年の見付球団の練習試合の成績は全敗か良くて一勝。その状態で東国戦に入るのだから、結果はさもありなんという感じである。
開幕戦は通常と異なり、全会場同時中継で開幕式というものを試合の前に行う。
皇国旗と国旗、連盟旗と協会旗、それとそれぞれの球団旗の計六枚が掲揚され皇国家が斉唱される。
ここで一旦選手たちは球場を後にする。
その後は職業球技戦そのものへ資金提供してくれている企業の読み上げが行われる。
それに次いで、瑞穂竜杖球連盟と竜杖球職業球技協会の会長を兼ねる渡辺三郎の挨拶。
各球場で一斉に花火が打ち上がり、球場内に両軍の応援歌が流される。
まずは地元の多賀城球団の応援歌。それに合わせて選手が竜に跨り競技場に再入場。それと同時に本日の先発選手が発表となる。
守衛が梨田、後衛が新井、淡口、中盤が金村、大石、デービス、先鋒が山崎。
多賀城球団の入場が終わると今度は見付球団の応援歌が流れる。それに合わせて見付球団の選手が再入場。
守衛が八重樫、後衛が若松、杉浦、中盤が広沢、ファン・デル・レー、先鋒が尾花、荒木。
審判の笛が鳴り響き、山崎選手の打ち出しで試合が開始となった。
確かに練習試合では今の戦術と守備位置は通用した。
だが、それはあくまで練習試合の話。本当に真剣勝負の東国戦で通用するのかどうかは、選手全員が半信半疑であった。
試合は多賀城球団の中盤左翼デービス選手が攻撃の起点となって攻め上がって来るという場面が目立っている。
ニクソン・デービスは昨年の東国の最優秀外国人賞を受賞した選手で、とにかく筋力があり、守備の時の当たりが強く、竜杖を振る力も強く球が良く飛ぶ。
瓢箪大陸の南部、テエウェルチェ共和国出身の選手で、瑞穂に来て今年で四年目となる。
ちりちりとした濃茶の縮毛が非常に印象的な選手である。
ヘラルトも尾花と共に守備に入るのだが、なかなかどうして押えられず、右翼の大石選手には守備がさっぱりの荒木が付いているものだから、その二人に好き放題やられてしまっている。
ただ、そこから先、広沢、若松、杉浦の鉄壁の三角地帯はなかなか突破はできないらしい。
先鋒の山崎選手に球が回る前に弾き出されてしまっている。
問題はその後で、三人が弾き出した球をすぐに多賀城球団の選手に拾われてしまうのだ。
守備位置の関係で見付球団はどうしても中盤の支配力が弱い。そのため、波状攻撃をかけられているような印象を受ける。
最初に試合が動いたのは前半残り五分。
杉浦が弾き出した球に、ヘラルトとデービス選手が追いかける。
先に到達したのはヘラルトの方であった。
ヘラルトはそれを後方に打ち出す。そこで待っていた広沢が尾花に打ち出し、尾花は大きく前方に球を打ち出した。
誰もいない無人の野にコロコロと球が転がる。それを追いかける多賀城球団の後衛二人。
その後衛二人の目の前を、まるで豹か何かが超高速で走り去っていったかのような、一瞬で何かが通り過ぎて行くのが見えた。
見ると先ほどまで少し先にあった球が無い。
何が通り過ぎて行ったのかと先を見ると、そこには荒木が竜杖を構えて今まさに篭に球を叩き込まんとする姿が見えたのだった。
中休憩に入り控室に向かった選手たちは、開幕戦の先制なんて何年ぶりの事だろうと笑い合った。
これまで、点が取れない、点が取れないと耳にたこができるほどに言われてきた。
口の悪い者からは、篭さえ守っていれば勝てると勘違いしている愚かな奴らと蔑まれてきた。
何のために先鋒に給料を払っているのかわからない球団とまで新聞に書かれた事がある。
先鋒の尾花にいたっては、竜杖を持ってくる必要はないのではと敵の後衛から笑われた事すらある。
昨年の平均得点が一点を大きく下回ってしまっているのだから、悔しいが言い返す言葉すら無い。
そんな見付球団が先制点だなんて。
だが、関根監督は満足した顔はしていない。むしろ口をへの字にして不満顔ですらある。
「ここは奴らの本拠地だ。後半は是が非でも点を取りにくるだろう。恐らく吉井が出てくる。前半のようにはいかないぞ。だからもう一点取れ。いや二点取れ。いやいや三点取れ!」
関根が点数を上げていく事に選手たちの気合いが乗っていった。
盛り上がりが最高潮に達したところで休憩を終えて控室から出て行った。
荒木も出て行こうとする。だがその袖を誰かに引かれた。
「荒木、怪我の方は大丈夫か? 後半持ちそうか? 少しでも傷みが出るようなら無理をする事は無い申告するんだぞ。試合は今日だけじゃない。来週も再来週もあるんだから」
関根のどこか晴れない表情は、荒木の体調を心配してのものだったのだ。
関根も当然事故の事は知っているし、指導者の神部から状況の報告は受けている。
できれば一試合通して出すのは止めておいた方が無難。せめて胸の鉄板を手術で外すまでは使い続けるべきではない。荒木について神部はそう報告している。
日野も同様の報告を受けており、できうる限りそれに従って来た。
「わかりました。じゃあ下がる前にもう一点取ってきますね。一点だけじゃ寂しいっすからね」
皺の多い面長な関根の顔を見つめて荒木は冗談を言った。
関根も思わず鼻で笑って、荒木の頭を優しく小突いたのだった。
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