第20話 多賀城へ
無事薩摩合宿を終えた見付球団の一行は、一週間ゆっくり体を休めて開幕戦を待つ事となった。
開幕戦の相手は昨年三位の多賀城球団。場所は本拠地の多賀城中央公園。
東国には全部で十七の郡がある。
北から陸奥郡、陸前郡、出羽郡、越後郡、常磐郡、毛野郡、房総郡、幕府、甲斐郡、相模郡、駿豆郡、越中群、信濃郡、越前郡、濃飛郡、三遠郡、勢尾郡。
多賀城市はその中の陸前郡の市である。陸前郡の郡府は荒木が高校三年の時に東国大会で行った郡山市。多賀城市は郡内第二の都市である。
曜日球技は全八球団なのだが、知名度の低い球技の悲しいところで、竜杖球は六球団しかない。
さらに曜日球技はどの球団も郡府に本拠地を置いているのだが、竜杖球で本拠地が郡府なのは東国では幕府、直江津、小田原の三球団。残りの三球団、稲沢、見付、多賀城の三球団はかろうじて高速鉄道の停車駅に本拠地を置いているという状態である。
荒木たちの住む瑞穂皇国は、北国、東国、西国、南国という四つの国による連邦制を敷いている。
首都は西国の皇都で、皇都には御所があり、天皇陛下が鎮座している。
長く統治の中心であった東国と西国は皇都を中心として八本の大きな街道によって網羅されている。
北から東北道、北陸道、東山道、東海道、山陰道、山陽道、南海道、西街道。
荒木たちの住む東国にはこの八本の街道のうち東北道、北陸道、東山道、東海道の四本が通っている。
この街道は瑞穂皇国にとってはまさに生命線ともいえる存在で、鉄道、道路、送電線、通信線といった主要な生活基盤は全てこの街道を通っている。
元々街道は人々が通行するためのものであった。そのため、せいぜい竜が歩いてすれ違えれば良いという程度の幅しか整備されていなかった。しかもその途中は当たり前のように川や海で寸断。
燃料革命が起き、街道を走るのが竜から車へと変わった時、時の統治者たちは、いずれこの街道は様々な用途で使用する事になると考えた。
そこで街道の海岸側への店の出店、および住居を建てる事を禁じた。そうして広い土地が確保しやすくなったところで、最初に山陽道と東海道が近代化整備される事になった。
荒木たちの住む見付市はその時に鉄道の駅ができて発展した都市である。
東海道が整備された後で整備されたのは西海道の西部、太宰府、久留米、隈府、川内、霧島という線。
同時に東国で整備されたのが東北道の半分で、幕府、上尾、小山、宇都宮、白河、郡山という線であった。
今回荒木たちが向かう多賀城市は東北道に属する市なのだが、この時点ではまだ街道が整備がされていなかった。
第三次計画で西海道の東側と北陸道が、第四次計画で山陰道と東山道が、そして第五次計画でやっと郡山から先が整備される事になったのだった。
そういった経緯から郡山から先は東国の中でも発展途上という印象がある。
それでも東国第二の都市郡山に近く、広い平野が広がっているというのは、かなり発展には好材料だったようで、東北道の中でも多賀城市はかなりの発展を遂げている。
二軍の時は自分で竜運車を運転して球場まで移動していた荒木たちであったが、一軍からは専用の運送会社が竜を運搬してくれる。
その為、荒木たちは球技道具一式と旅行鞄だけを持って高速鉄道に乗り込めば良い。しかも車両は一般客が入ってこれない上等車両。
残念ながら見付駅は高速鉄道の特急の停車駅ではない。ただし見付駅の隣の駿府駅から幕府駅までは急行も各駅停車も止まる駅は同じ。
駿府駅を出ると甲府駅に停車し幕府駅で東北道高速鉄道に乗り換え。
東北道高速鉄道は急行に乗ると幕府駅の次が小山で、その次が郡山である。そこから先は北陸道に接続する路線と太平洋側をひた走る本線とに別れる。
北陸道接続であれば停車駅は米沢駅、新庄駅、秋田湊駅。本線は郡山駅の先は多賀城駅、盛岡駅、浪岡駅となる。
多賀城駅に降り立った荒木たち見付球団の選手たちを歓迎したのは、季節外れの寒波による雪と尋常ではない冷たい風であった。
「まあ、遠州のからっ風に比べれば、この程度……」
いつも極めて冷静で、あまり動じない尾花が、あまりの寒さに顔を凍り付かせて言った強がりがそれであった。
さっさと宿に逃げよう、明日は天候が回復している事を祈ろう、そう皆で言い合って定宿としている民宿へと向かった。
これが幕府球団やや稲沢球団であれば、恐らく定宿は大宿なのだろう。それが民宿というところに弱小球団の悲哀を感じる。
事前の話では、多賀城の民宿は源泉かけ流しの大きな露天風呂が目玉だと言われていた。
だがこの寒さ、露天風呂に行くのも二の足を踏んでしまう。民宿の経営者ですらお薦めはしないと言ってくる有様であった。
結局、当初予定していた居酒屋での決起会も予定を変更して民宿の大広間で行い、民宿の方が市場に行って購入してくれた海鮮を肴に米酒を呑む事になった。
翌日、多賀城球団の練習場の一角で荒木たち見付球団も練習を行う事になった。
竜は昨日のうちに厩務員の方と一緒に到着している。途中の雪で、予定時間を遥かに遅れての到着だったらしい。
それにしても寒い。およそ今が四月だとはとても思えない。
多賀城球団の選手たちとお昼の休憩時間に一緒する事になったのだが、彼らも一年で最も客の入りが期待できる開幕戦が台無しだと言い合っていた。
その日の夜、民宿自慢の露天風呂に浸かりながら、一軍に来てからずいぶんとお金の話をされるという話を荒木はした。
すると確かに二軍の時は貧乏だという話と契約期間の話以外あまり金の事は話題にはならなかったと広沢も同調してくれた。
「当たり前って言やあ当たり前なんだけどな。球団は営利団体で、俺たちはそこの一員であり商品でもあるんだから。そりゃあ商品には値段の話は付きものだし、営利団体としては収支ありきってなもんだろ」
若松が自分たちを『商品』と呼んだ事で露骨に杉浦が嫌な顔をした。そこまで自虐する事はないだろうと指摘。
「自虐でも何でもないさ。球団は俺たちにとってお店だ。お店に人が来てくれない事には俺たちの価値は高まらないんだから、商品以外の何ものでもないさ」
さすがに杉浦は頭の回転が早く、若松の言いたい本質のようなものをすぐに理解した。その辺りはやはり『相棒』と言われるだけの事はある。
「つまりだ、俺たちは商品として、ちゃんと自分たちの価値を高めていかないといけないという事だな。まかり間違っても球場以外のところで商品価値を落とすような真似をするなってこった」
そこまで話すと、目の前でのほほんと湯舟に浸かっている広沢を見て、杉浦はにやりと口角を上げる。
「おめえの事言ってんだよ、広沢! 聞いたぞ! お前女の子二人を別々の家に住まわせて通ってるんだってな! そんなもんが報道にバレたらどうなると思ってるんだ! 早急にどっちかに絞って身を固めろ! いいな!」
杉浦だけでなく、若松と荒木からも冷たい目を向けられ、まるで広沢の周囲にだけ寒波が再来したかのように、広沢は顔を強張らせた。
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