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第18話 光明見える

 練習試合二戦目の相手は北国旭川球団。二軍では猛牛団を構成する球団の一つである。


 関根監督が発表した先発は前回から大きく変更が入って、守衛が大矢、後衛が若松、杉浦、中盤が角、渡辺、ファン・デル・レー、先鋒が尾花。


 大矢は八重樫の前の正規の守衛で球団最年長。渡辺もずいぶん前から引退が囁かれている選手である。

 恐らく大矢は最終調整の為、渡辺は前回の渋井を見てという事なのだろう。


 試合が始まると、荒木は関根監督に呼ばれた。

 呼ばれはしたのだが、関根は試合を観戦したまま何も言ってこない。

 仕方なく荒木も試合を観戦する。


 目の前の状況は、前回同様、渋井の代わりに渡辺が穴になったというだけで、全く状況が変わっていない。

 少し絶望的な雰囲気が見付球団の選手たちに漂い始めている。


「少したずねたいのだがね。お前さんから見て一軍に上げた方が良いと感じた選手は誰かいたかね」


 本当に唐突であった。しかも関根は荒木の方を見向きもせずに試合を凝視している。

 そんな関根の横顔を荒木は凝視。あまりに唐突で何を言われたのか一瞬理解ができなかった。


「できれば中盤の良い選手が欲しいんだがね。どうかな?」


 競技場を指差し、荒木をチラリと見て関根はたずねる。

 荒木と目が合うと、また関根は競技場に視線を移してしまった。


「残念ながら俺が二軍にいる間は中盤で活躍してたのは栗山だけですね。だけど池山も磨けば光りそうって思ってました。あと高野は先鋒ですけど中盤もやれるって言ってましたね」


 荒木の回答に関根は何の反応も示さない。ただただ競技場を凝視している。

 もしかして耳が遠くなっているのではと思い、荒木は関根の耳元に顔を近づけた。


「おお、何だ? ちゃんと聞こえておるよ。人を耄碌もうろく扱いすんなよ!」


 焦って荒木から顔を遠ざけ、怪訝そうな目で荒木を見てから、関根はまた競技場に視線を移した。


「あれだけ日野君がうちを気にかけてくれたというに、昨年の採用は栗山だけだものなあ。良い中盤、どこかにいないものかなあ。重ね重ね福富のクビをさっさと切らなかった運営を恨むよ」


 岩下がちゃんと育っていればと関根はぼそぼそ呟いた。


 関根が言いたい事もわからなくはない。

 他所の球団、それこそ荒木に移籍を持ちかけて来たような球団であれば、中盤の札が足りないと言えば他所の球団から買ってくるか、外国から借りて来るという選択肢が取れる。だが見付にそんな資金の余裕は無い。


 そんな事を考えながら競技場を観ていると、左から関根の視線を感じた。

 顔を向けると関根と目が合った。しかも露骨にがっかりした顔をされ、ため息までつかれた。


「お前さんがほんの少しでも守備ができればなあ。尾花と二枚で出すんだが。『家猫』じゃあなあ」


 少し恨みがましい声で言われてしまった。

 しかもまた猫って言われた。

 気分を害した荒木は口を尖らせて競技場に視線を移した。



 結局前半戦終わって〇対二。一方的に押し込まれるという展開であった。


 後半、関根は杉浦と広沢、角と大杉、尾花と松岡を交代。

 松岡も良く言えば歴戦の猛者で、以前から引退が囁かれている選手である。

 これで一軍登録されている選手は二試合で全員出場した事になる。

 二試合ともに出場したのは若松、杉浦、広沢、ヘラルト、尾花の五人。つまり、まだ中心選手を誰にするかは全く決まっていないという事なのだろう。



 こうして練習試合で二連敗を喫し、強豪である南国南府球団との一戦を迎える事になった。南府球団は二軍では昇鯉団を構成する球団の一つである。


 先発の選手はまたも前回から大きく変更し、守衛が八重樫、後衛が若松、杉浦、中盤が広沢、ファン・デル・レー、先鋒が尾花、荒木。


 最初に関根から守備位置の説明が行われた。

 さすがは一軍、これだけで各々ある程度自分の役割を把握したらしい。

 ただ一人荒木を除いて。

 それが思いっきり顔に出ていたのだろう。関根は両目を細め、老眼鏡を少し下にずらし荒木の顔をじっと見つめた。


「荒木、この際お前さんに守備は期待しない。尾花に守備をやらせる。尾花は中盤になったつもりで荒木に球を回してみてくれ。もちろん行けたら行ってくれれば良いよ。だから荒木、お前さんはただただ篭を目指せば良い」


 すると、「頼むぜ相棒!」と言って尾花が荒木の肩に手を置いた。



 前半戦から見付球団としてはとんでもない収穫があった。

 以前居酒屋で言っていたように、広沢がヘラルトの守備位置に構わず球を出した。

 前回杉浦もそれをやろうとはしていた。だが、どうしても咄嗟の判断でそれができなかったらしい。


 広沢がヘラルトの先に球を打ち出すと、ヘラルトは相手の中盤と二人で球を追いかけた。

 その光景に敵味方全員が度肝を抜かれた。

 とにかく初速が尋常じゃ無く速い。出足も早いのだが、最高速に達するまでも早い。ただ、そこからはそこまで速いわけではなく、徐々に追いつかれる事になった。だが、ちょこちょこと球を奪い合う中盤の選手としては初速が速いというのはとんでもない武器である。


 ただ非常に残念な事にヘラルトは、竜杖の扱いが下手であった。

 恐らく球は尾花に向けて打ったのだろう。だが尾花から恐ろしく離れた所に球は飛んで行った。

 尾花と相手の中盤選手が追う。二人同時に球に辿り着き、結局二人とも牽制し合って球を打てず、零れ球となってしまった。


 その零れ球に向けて荒木と後衛の選手が竜を走らせた。

 こちらはヘラルトとは逆に、初速はそれほどではないものの、そこからの加速が段違い。さらに球を打つのに減速をしない。

 単騎で球に辿り着くと、前に打ち出し、さらにそれを追いかける。

 もう一人の後衛が守備に寄って来るが、竜の速度を落とさずに球を打ち出すため、上手く守備に入れない。


 荒木が放った球は、相手の守衛の顔のすぐ右を弾丸のように抜けて行き篭に吸い込まれた。

 相手の守衛はそれを竜杖で防ぐ事すらままならなかった。


 見ると補欠席は敵も味方も、皆夢中になり身を乗り出して競技場を凝視。

 一人関根だけが満足そうな顔で頷いている。



 その日の夜、いつもの『居酒屋 よかにせ』で反省会となった。

 参加者は荒木の他に、若松、杉浦、尾花、渋井、広沢。


 初めて荒木の本質を見た広沢以外の面々は、広沢の言っていた事は誇張では無かったと大興奮であった。これは上手くハマれば最下位脱出どころか、上位進出も夢じゃないと。


 そんな言い方をされると広沢が自分をどんな風に言ってたのかが気になってしまう。最初は皆、誤魔化していたのだが、徐々に酒が進んで来ると口が軽くなっていき、ついに渋井がばらしてしまった。


『家庭遊戯機で登場人物の能力値を決める場面で、速度に全振りしたような設定』

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