第17話 練習試合初戦
薩摩合宿は早くも職業球団同士による練習試合へと入っている。
ここまでの練習によって、監督の関根はある程度先発の選手を固めているらしい。
前々から本人が言っているように、先発の主軸は若手選手。荒木、広沢、尾花、渋井。そこに中堅どころである角、若松、杉浦を加え、老練な八重樫が篭を守る。
そしてもう一人。
今年も見付球団は外国人選手を獲得した。名前はヘラルト・ファン・デル・レー。バターフ王国出身の選手である。
バターフ王国は中央大陸西部の小国で、そこそこ竜杖球が盛んな国ではある。ただ、竜杖球で有名かと言われれば、そこまでではない。荒木たちの住む瑞穂皇国とどちらがと言われれば、同じか瑞穂の方がといわれる程度。
なお昨年に加入した、名前が禁句となっている問題児ロベルト・パウの出身地であるマラジョ連邦共和国は非常に竜杖球が有名な国である。
氏名にいくつか切れ目があり、いったいどこで切れば良いのかいまいち難しいのだが、ヘラルトが名で、ファン・デル・レーが姓らしい。ファンはかつての貴族の称号のようなものなのだとか。
バターフは今でも国王がいる王国ではあるのだが、完全に立憲君主制で、王族はいても貴族はおらず、今ではファンの称号はあまり意味をなさないのだとか。
デル・レーは地名なのだそうで、瑞穂で言えば、見付出身の見付さんみたいな感じらしい。
それをヘラルトは居酒屋で通訳と肩を組んで陽気に麦酒をかっ食らいながら説明した。
若松の話によると、昨年のパウは薩摩合宿では露骨に瑞穂人を見下した態度を取っており、やれ飯が不味いだ、部屋がしょぼいだと喚き散らしていたんだとか。おまけに食事や飲み会に誘っても、何でお前らなんぞと同席しないといけないんだと、まるで自分は王侯か貴族であるかのように振舞っていたのだそうだ。
それに比べ今年のヘラルトは、合宿して三日で「呑ミニ行コウ!」と覚えたての瑞穂語を話すくらい球団に溶け込もうとしてくれている。やっとうちにもまともな外国人がやってきたと、これまでの数々の不良外国人たちを知る八重樫もほっと安堵している。
練習試合初戦の対戦相手は西国高知球団。二軍では襲鷹団の構成球団の一つだった。
関根監督が発表した先発は、守衛が八重樫、後衛が若松、杉浦、中盤が広沢、渋井、ファン・デル・レー、先鋒が尾花。
本人は「ヘラルト」と呼んでくれと言っているのだが、登録名は『ファン・デル・レー』らしい。
昨年も公式戦を日高の寮で見ていて、皆で言い合っていたのだが、明らかに見付球団は中盤が弱い。
守りは確かに堅い。それを中盤の中継役である広沢が広く前を見て攻撃を組み立てている。昨年見た時はそれすらできていなかったのだから、この部分は改善したといえる。
だがそこからが続かない。渋井から最前線の尾花に球が届かないのだ。
ヘラルトも球をよこせと必死に主張しているのだが、いかんせん微妙に守備位置が悪く、なかなか広沢も球が渡せないでいる。
そうこうしている間に時間だけが過ぎ、両者無得点で前半終了。
正直、前半の試合内容を見て、これは自分が入ってもどうにもならないだろうなと荒木は感じていた。
獅子団での活躍は、今広沢の守備位置にいる栗山と笘篠の絶妙な守備と攻撃があったればこそ。広沢はどこまでいってもやはり後衛の選手なのだろう。
後半、尾花に代わって荒木が出場する事になった。さらに杉浦に代わって青木が入る事になった。
後半戦開始。
見付球団は一方的に押し込まれ防戦一方。前線に張り付いていた荒木には一切球が飛んでこない。そうなると荒木も自陣に戻って零れ球を拾いに行くしかなくなる。
だが、拾ったところで中盤に渡すしかない。しかもヘラルトは守備位置が悪く球が出せない。やむを得ず渋井に渡すのだが、前線に駆けあがって後ろを振り向いたら、すでに相手の攻撃になっていた。
その後渋井に代わって渡辺が投入されたのだが、結局状況は好転せず、むしろ悪化して一点失点する有様。
結局、荒木はほとんど何もさせてもらえずに試合終了の笛を聞く事になったのだった。
試合も〇対一で敗北。
その日の夜、荒木、広沢、若松、杉浦の四人で飲み屋に繰り出した。お店は初日に杉浦が言っていた、黒豚の角煮が旨いという『居酒屋 よかにせ』。
ここに来たらまずは何を置いてもこれだと、『島美人』という芋焼酎と黒豚の角煮を持ってきてもらった。
氷の入ったコップに焼酎を入れ、このお店が毎日汲みに行っているという清水で割る。これが見付球団の選手全員のお気に入りの呑み方である。
体育会系というと、とかく乱暴な呑み方をする事が多いのだが、見付球団では良い酒には敬意を払えという代々の教えがあり、どんちゃん騒ぎしたりはしない。
騒ぐ時は栄冠を手にした時、それ以外では一途に打ち込む。それが球団の風土なのだとか。
「しっかし、今日の試合、昨年から何も改善されてねえな。なあ広沢、何とかなんないのかよ」
コップを揺らして中の氷をカラカラと鳴らしながら若松がたずねる。
「いやあ、若松さん。あの状況を広沢さんだけに言うのはどうかと思いますよ。中盤で球を確保し続けられなくて、俺のところまで球が回って来ないんですから」
荒木の言う事は若松も杉浦も感じている。というより、昨年からずっとそこが課題だと感じている。それだから若松は広沢に、お前の技量でどうにかならないのかと聞いたのだ。
「ヘラルトへ球を出そうとすると、必ず敵の後ろにいるんですよね。渋井さんはそうじゃないから、瞬時の判断だとどうしても渋井さんになっちまって。荒木は荒木で遥か向こうにいるし」
憤りと共に芋焼酎を喉に流し込み、広沢はふうと息を漏らした。
そもそも広沢は若松と同じ後衛の選手である。中盤として出場してはいるが、本来の守備位置で出場したいという気持ちは常に持っている。そのため中盤の選手として責められる事にかなり憤りを感じている。
「ヘラルトか。俺も球を渡そうと思って、ちょくちょくあいつの事見るんだけど、確かに球出し辛いんだよな。言われてみればあいつ、いつも敵の後ろにいるわ」
そこまで言って杉浦は何か気になる事が浮かんだらしい。元々細い目をさらに細めて、細い眉を片方だけひそめた。
「広沢さん、俺もっと自陣に下がってた方が良いんっすかね。渋井さんが球出しやすいように、今よりももっと左翼側に位置取った方が」
そう広沢にたずねながら荒木は、枝豆をぷちぷちと鞘から出して口に放り込んだ。
それしか無いかもしれないと広沢も腕を組んで悩み始める。
だが、そんな二人を杉浦が制した。
「待て待て待て。広沢、明日ヘラルトの守備位置とか関係無しに球を渡してみろ。あいつにじゃない。あいつの先にだ。あいつを走らせてみよう。もしそれで上手くいくようなら儲けものだ。今年少なくとも最下位は脱出できると思う」
どうだと言わんばかりに両の口角を上げる杉浦に、広沢は静かに頷いた。
もしヘラルトが使えるようなら渋井の負担が減る。そうなれば渋井も元の動きが戻って来るはず。そう説明する杉浦に若松と荒木も納得して頷いた。
「しかし杉浦よう、『最下位脱出できる』はちと志が低すぎやしねえか?」
若松の指摘に三人は大笑いであった。
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