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第6話 若松家にやってきた

 出陣式が終わると、荒木は連日事務所に呼び出される事となった。

 一軍に昇格するにあたって、様々な事務手続きが必要となる。さらに、一軍では自分の竜が持てるようになる。その竜も選ばなければいかなかった。


 見付球団は昨年末で一軍選手が何人かまとめて引退してしまっている。その中には一軍から二軍に落ちて調整していた人もいる。荒木も寮でそういう人を何人か見ていたし、呑みに誘われて居酒屋『雪うさぎ』に一緒に行った事もある。

 そういう人たちが使用していた竜から、自分に合う竜を選ばないといけないのだった。


 竜には個性がある。足が速い竜は総じて力強さがなく小回りが利かない。力強さのある竜は足が遅く小回りが利かない。小回りの利く竜は足が遅く力強さが無い。大きくわけて足の速さ、力強さ、小回りの三種の能力の均衡を見て、自分に合った竜を探っていくのだ。


 ただこれについては荒木は最初から決めている。

 『最も足の速い竜』

 求めるのはそれだけであった。



 新年明けて二週間が過ぎたある日、荒木は若松家に呼ばれる事になった。

 荒木はわざわざ見付駅前の百貨店で手土産を購入し、若松選手の到着を待った。

 腕時計を見て、まだ時間があるなと思い、久々に駅の周りを散策しようかと思っていた時であった。駅の乗合い場所に非常に高級そうな車が停車した。


 車は見付球団の象徴の色である水色の一種である白群はくぐん色であった。

 三遠郡には避球、篭球、闘球の三球技の職業球団があるのだが、そのどれもが白群色を象徴色として採用している。

 後発の竜杖球の見付球団もそれに倣って白群色を象徴色に据えたという感じである。

 何本もの大きな川が流れ、すぐ目の前に遠州灘と三河湾が広がる三遠郡の印象がこの白群色という事なのだろう。そのせいか、見付市周辺ではやたらとこの白群色の車に乗っている人を見かける。


 竜杖球が曜日球技でなく知名度としてイマイチといえど、さすがに若松は見付市では有名人である。車からは降りず、荒木の前で窓硝子を開けて合図をした。荒木も大事になる前にと急いで車に乗り込んだ。


 芳香剤の香りだろうか。ほんのり柑橘のような香りがする。さらにその中に牛乳のような香りが混ざっている。恐らくは幼い子の匂いであろう。


「どう? もう乗る竜は決まった? 毎日大変だろう、事務作業に竜選びにって」


 運転をしながら若松が横目でちらりとこちらを見てそう聞いてきた。荒木が変に緊張しているように見えたので、それをほぐそうとしてくれているのだろう。


「竜はもう決まりました。足の速い竜を上から順にって言って、乗ってすぐに決めました」


 荒木の回答に若松は大笑いした。そういえばそういう選手だったと変に納得している。


「君の話をするとうちのがよく言ってたよ。まるで猫みたいに、球を前に放り投げられると全力で追いかける子だったって」


 『猫みたい』というのは、二軍の時に栗山たちが笑っているので初めて聞いた。だが、どうやら広岡先生は荒木が高校二年生の時にすでにそういう風に思っていたらしい。そう考えたら、なんだか緊張して損したと強く感じる。


 車は駅から伸びる大通りを南下している。

 荒木の実家の掛塚は見付市でもかなり南西の端であり、待ち合わせという事でわざわざ乗合い輸送車で北にある駅まで向かったのだ。にも関わらず、若松は車を南に走らせている。こんな事なら父の車でも借りて直接家に向かえば良かったと荒木は感じていた。


「俺の家は白拍子しらびょうしってとこなんだけど、荒木は家はどこなの?」


 白拍子は見付市でもかなり南部の方の地名である。南西の端という荒木の掛塚より少し東にいった場所である。ちなみに荒木の通っていた福田ふくで水産高校のある福田町は見付市の南東の端。見付球団の本拠地の大之郷おおのごうは白拍子から少し東に行ったところ。駅のある見付市の中心街である見付は大之郷からかなり北に行った場所である。


「そっか、掛塚なのか。じゃあさ、あの海老島えびじまの総合商店とかよく行く感じ? あそこさ、よく風船くれるんだよ。それでうちの娘がよく行きたがってね」


 海老島の総合商店は中部の高見丘たかみがおかにできた巨大総合商店に対抗して、別の企業が作った大型総合商店である。

 高見丘の総合商店はどこか非日常を感じる場所であるのに比べ、海老島の総合商店は日常と直結している。八百屋や総菜屋が話題で、食事を作るのが面倒という時には、そこに行けばそこそこの金額でそれなりに美味しい夕飯が揃ってしまう。

 荒木も学生時代によく史菜に誘われて自転車で遊びに行って、二人でたい焼きを食べたものである。



 そんな風にとりとめの無い会話を重ねていると若松の家に到着した。

 若松の家はかなり広い庭のある家で、白と水色を基調としたかなり新しい意匠の家となっている。庭に張り出すように屋根付きの吹き抜けの空間があり、そこに机と椅子が置かれている。恐らくここで星を眺めながら酒を酌み交わしたり、食事ができたりするのだろう。

 いかにも小さな子がいるという感じで、広い庭にいくつかの遊具が置かれてる。

 さらに庭の隅に細かい網で覆われた一画がある。そこには木馬が置かれており、恐らくは竜杖球の練習場と思われる。


 車の内燃の音が聞こえた事で父親が帰って来た事がわかったのだろう。家から可愛い女の子が飛び出して来た。真冬だというに上着も羽織らず、長袖のシャツに膝丈のワンピースのみ。しかも裸足。


 女の子は車から降りたばかりの父親の下に駆けてきて、元気よくその足に飛びついた。

 若松が顔を向けると、女の子は足から手を離して、両手を開いて若松に笑顔を向けた。抱っこと要求しているらしい。

 若松が抱っこすると、女の子は嬉しそうに若松の首に抱き付いた。


双葉ふたば、お前また裸足じゃんか。駄目じゃない、裸足で外に出たら。また母さんに怒られちゃうぞ」


 叱られているというに、双葉と呼ばれた娘は嬉しそうな顔で父親に甘えている。

 この感じからすると、若松は普段から娘を溺愛して甘やかしまくっているのだろう。

 ……よく見ると双葉は広岡に本当によく似ている。そもそも広岡が比較的童顔なのだが、それを丸顔にしてさらに童顔にした感じである。


 抱っこしている娘を荒木の方に向けて、若松は娘の双葉だと紹介した。今三歳で今年四歳になると言うと、双葉は荒木に微笑みかけて小さな指を三本立てた。

 可愛いと言って荒木が頭を撫でると、双葉はえへへと笑って喜んだ。


「あぁ、双葉ったら、また裸足で外に出てる! もう、いつも玄関から出る時は何か履きなさいって言ってるでしょ!」


 このどこか舌足らずな感じの声。あの頃から何も変わらない。

 つっかけを履いて、からんからんと音を立てながら玄関から出てきた女性は、紛れもない広岡先生であった。


「あ、本当に荒木君だ! やっほ! 久しぶり!」


 屈託のない笑顔で、ぶんぶんと手を振っている。

 相変わらずの細身で、相変わらず残念な胸部をしている。当時はそこそこ長めの髪をしていたように記憶しているが、かなりばっさりと切ってしまっている。


「お久しぶりっす。お言葉に甘えて遊びに来ちゃいました」

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