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第4話 金銭移籍?

「雅史、あんたいつまで寝てるの? 家に帰ってきたからってちょっとだらけ過ぎなんじゃないの?」


 腹をぽりぽり掻きながら起きたら、いきなり姉のみおから文句を言われた。

 いつまで寝てるも何も、まだ八時じゃないか。本当に小うるさい人だ。


 そんなうるさい姉を無視して、顔を洗い、茶碗にご飯をよそう。

 新聞を横に置いて味噌汁をすすり、味付け海苔、沢庵とだし巻き卵をおかずにご飯を頬張る。


 これまで一般紙を取っていたように思うが、いつのまにやら競技新聞に変わっている。荒木家は日競新聞を取るようにしたらしい。


 北国にいた時も寮で競技新聞をいくつか契約していて、競報きょうほう新聞と競技新報きょうぎしんぽうが毎日読めるようになっていた。日競にっきょう新聞は初めて読んだのだが、競報新聞と競技新報に比べると、少し記事の視点が独自な気がする。


 北国にいた時は、どっちの新聞を見ても内容は大して変わらなかった。

 曜日競技、それも特に土曜日に開催される蹴球、日曜日に開催される野球の記事ばかりがやたらと紙面を占めていて、それ以外の曜日の球技はおざなりだった。曜日球技ですらない竜杖球の記事は非常に小さかった。


 だが日競新聞はそうではなく、曜日球技の扱いは全て同程度、竜杖球のような曜日球技以外もそれなりの紙面を取って報じてくれている。

 竜杖球の紙面では、昨年優勝した函館球団の特集が連日組まれている。

 昨年のこの時期、競報新聞と競技新報では蹴球と野球の優勝球団の特集で紙面の半分を占めてしまっていて、竜杖球の記事は非常に小さかった。


 竜杖球の現役の職人選手としては、日競新聞のような記事の配分は非常にありがたい。


 竜杖球の記事を読みながら、味噌汁を飲み、味付け海苔をご飯に乗せて口に運ぶ。

 もぐもぐと咀嚼していると食卓の向かいに姉が座った。


「ねえ、雅史。会社の人から聞いたんだけどさ、あんたに金銭移籍の話が出てるって本当なの?」


 味付け海苔と一緒にご飯を掴んだ箸がピタリと止まる。

 箸からご飯がぽろりと茶碗に零れる。


「は? 何それ? そんな話全然聞いてないんだけど? どっからの情報なの?」


 どこからの情報と言われても、一般の会社員の情報収取先と言ったら、新聞で読んだ、無線放送で聞いた、電視機の放送で見たくらいのものであろう。


「知らない。けど、二軍での活躍で複数の球団が金銭移籍を見付球団に打診してるらしいって聞いたんだよね。でも本人が聞いてないって言うんなら飛ばし記事なのかもね」



 ――金銭移籍は他球団の選手にお金を払って自球団に移ってもらう交渉の事である。

 その際、莫大な移籍金を相手球団に支払わないといけない。しかも、当該の選手に対してもかなりの年俸を提示せねばならず、その年俸額は元の年俸額の倍以上と決められている。

 その為、金銭移籍にはかなりの資金が必要となる。


 金銭移籍にはそもそもの問題がある。

 他所から良い選手を集めてしまうようになると、移籍選手ばかりが一軍で活躍し、二軍から選手が昇格できないという事態に陥る。

 そうなると二軍球団の経営が行き詰る事になるし、新規の入団交渉も難航する事になる。結果的に良い人材が他球団に流れる事になり、その選手を購入する為にまた高額のお金が必要という悪循環に陥る。

 その為、よほど良い選手でもない限り、球団は自球団の選手で賄おうとする。


 全ての球団が貧乏だと、それはそれで職人選手になっても給料的な夢が無い。だからそれなりに金満球団というのは必要ではある。

 経営者は、お金をかけたのだから良い成績を出せと現場に圧力をかける。それでも良い成績が出ないと、さらにお金で選手を他所から購入する。

 金満球団ほど自分たちだけ良ければそれで良いという傾向が強く、最後に必ずこういう経営判断をする。


『育成なんて他所にやらせれば良い』


 かつて野球と蹴球でそういう事態に陥り、観客動員数が大きく落ち込んだ時期がある。

 まだ曜日競技という概念が無く、野球と蹴球だけが大人気だった頃の事である。

 ある時期、瑞穂の経済成長が著しく、幕府の経済力が凄まじかったという期間がある。その時にその経済力が大いに注入され、幕府の野球と蹴球の球団が金満球団となった。

 その球団が言っていたのが、選手なんて他所に育成させてうちが買い上げれば良いという事であった。


 その後、野球と蹴球はいつも幕府球団が優勝するからつまらないと言われ、幕府以外の三一球団の観客動員数が徐々に減少していった。さらにはそれに合わせて幕府球団の観客動員数もみるみる減っていった。

 特に致命的だったのは、十一月から始まる瑞穂戦の集客が目に見えて減った事であった。


 その時に離れた観客が移ったのが送球、排球、闘球、篭球の四球技。中でも篭球は漫画が人気に火を点け、なかなかの観客動員数となっていた。


 篭球の球技団体の理事長は篭球の熱が過熱している事に気が付き、野球と蹴球に取って代わる好機だと野心を抱いた。

 まず篭球の競技団体が送球、排球、闘球の競技団体に働きかけ、『瑞穂球技連盟』という組織を立ち上げた。

 そして、各球技に開催曜日を割り当てていったのだった。その時点で割り振られた曜日は送球が月曜日、排球が金曜日、闘球が土曜日、篭球が日曜日。

 さらに、篭球の競技団体は、野球と蹴球が衰退した理由が幕府球団の金満経営にあると他の競技団体に説き、その対策を提案した。


『資金によって選手を購入する事は否定しない。ただし、その場合は必ず、年俸の倍以上を提示する事』


 この規約によって四つの球技はそれなりに各球団の均衡が取れるようになり、徐々に蹴球や野球の人気を上回っていくようになった。特に金曜日を宛がわれた排球が爆発的な人気を得る事になった。


 それでも野球の球技団体も蹴球の球技団体も、人気が影っているのは一時的な事と問題を放置していた。

 そんな球技団体にとんでもない噂が流れてきたのだった。現在昼間に開催している闘球と篭球が夜の開催に変更になるらしい。

さらに空いている火曜日から木曜日に新たな球技の職業球技戦の開催を検討しているらしい。


 最初はそんな事が急にできるものかと高を括っていたのだが、避球の球技団体が瑞穂球技連盟に加盟し火曜日での開催が決定した。

 慌てた野球と蹴球の球技団体は瑞穂球技連盟に加盟申請し、多くの共通規約を採用する事で加盟が許され、他の球技に曜日をずれてもらう事で何とか土曜日と日曜日での開催を確保し現在に至っている――



「ねえ、雅史、もし金銭移籍するとしたらどこに行きたいの? やっぱり西府? それとも太宰府とか? 私北府が良いな。友達と遊びに行った時に便利だもん」


 何でこの人は人の家を旅先の宿泊所に使う事を前提で話をしているのだろう?

 無言で朝食をぱくぱく食べていると、無視されたと感じた姉は沢庵の豆皿を取り上げた。

 だがその前に荒木が箸を伸ばして最後の一枚の沢庵を取り口に運ぶ。すると姉は、一枚残っていた味付け海苔を奪って口に入れてしまった。


「あのねえ、姉ちゃん、球団から何も言って来てないんだから、そんな話は無いの! まかり間違ってもこの事、他の人に言わないでよ! 新聞に関係者証言とか言って、変な事書かれたら、俺の立場がおかしくなるんだから!」

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