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第3話 お世話になりました

 獅子団としての祝賀会の後は、見付球団としての祝賀会であった。

 選手全員、指導者の石井、荒木の復帰を助けてくれた神部かんべ、調教師の赤坂、そしていつも陰ながら世話を焼いてくれた寮母の砂押すなおしさん。


 寮の食堂に瓶麦酒を大量に用意し、砂押と一緒に選手たちが朝から料理をしてきた。

 普段食べる専門の選手たちが料理を作るとあって、砂押も我が子を見守るような目で調理指導をしていて非常に楽しそうであった。


 夕方になり他にも関係者が集まって来ると祝賀会開始となった。


 だが、参加者の心境は複雑であった。

 確かに自分たちが所属している二軍球団の優勝祝賀会ではある。だがそれ以外にもこの祝賀会には意味があった。


 まず、岩下と片岡はこの年をもって契約が終了。次の道を歩むため、寮を去る事になっている。二人の送別会もこの会には含まれている。

 反対に荒木は一軍昇格の為に同じく寮を去る事になっている。荒木への激励会もこの会には含まれているのだ。


 伊東の音頭で乾杯が行われ、ある程度食事と酒が入った所で、まずは秦の挨拶となった。


 秦は、まずは岩下と片岡へ御礼を述べた。

 自分が入団した時からいつも気にかけてくれて、今年一年はずっとこの寮の精神的な支柱となってくれていたと。

 いつもどこかお茶らけた態度の秦から、クソ真面目な感謝の言葉を聞く事になるなんて思ってもおらず、岩下も片岡も思わず瞳を涙で滲ませている。


 さらに秦は、小川、荒木、栗山に向かって、正規選手として素晴らしい活躍だったと褒め称えた。

 普段そんな事を全然言わない秦が真面目な事を言うので、荒木はもしかしてだいぶ酔ってるんだろうかと言い出し、小川は熱でもあるんじゃないのかと笑った。


 続けて寮母の砂押に頭を下げて御礼の言葉を述べると、選手たちは素直にそれに続いて御礼を述べた。砂押が感動してハンカチで涙をぬぐう。


 広沢、荒木、栗山、伊東が正規選手として活躍できたのは、間違いなく赤坂調教師のおかげだと言うと、赤坂も恐縮してしまった。


「おし、これで全員分の御礼を俺が一人で言ったはずだ。皆、挨拶とか堅苦しいのは止めて、今日は呑んで食べて騒ごうぜ!」


 そう言って秦が麦酒の瓶を掲げ大笑いすると、選手たちは大爆笑であった。

 感動の涙を返せと片岡が笑いながら怒った。



「岩下さんと片岡さんは来年からどうするんですか?」


 ある程度酒が進んだところで伊東がたずねた。

 岩下と片岡が互いに顔を見合わせる。


「俺は見付球団に視察員として採用される事になった。来年の夏の大会を視察に行く事になってるよ。栗山や荒木みたいな、強豪校じゃないところで輝く選手ってのを見つけてやろうって思ってる」


 岩下はそう言って麦酒をくいっと喉に流し込んだ。

 すると皆の視線は片岡に注がれる。


「俺は北国に残って牧場に就職する事になった。実はこっちで知りあった女性がいてさ。その娘と結婚する事になったんだ。その娘の働いてる牧場の馴致(=幼竜の教育)担当が高齢で辞めるらしくてな。それでその牧場に」


 まさかの結婚報告に岩下が目を丸くし、いつの間にと驚いている。

 小川と伊東も知らなかったと言い合っている。


「いやあ、俺は荒木みたいに大っぴらにやらなかったってだけで、入団二年目からずっと付き合ってたんだよ。荒木みたいに問題山積の女性じゃないしな」


 突然自分の名前を出され、荒木が麦酒を噴き出してむせた。

 荒井が汚いと指摘すると、荒木は申し訳ないと謝罪した。


「そうだ荒木、ずっと言おうと思っていた事があるんだよ。これまで優勝争いでなかなか機会が無かったんだけど、やっとこの機会ができたわ」


 そう言うと片岡は荒井に荒木の隣の席を空けてもらい、そこに座って荒木のコップに麦酒を注いだ。荒木を挟んで反対側に座る小川も何の話かと耳をそばだてている。


「荒木、お前の彼女の二回目の借金な、あれちょっとおかしいと思うぞ。俺、その話聞いた時に球団の法務部の人に聞いたんだよ。証文を見ないと何とも言えないけど、最初に借金を分配した場合、他の人の借金が来る事は普通はありえないって言ってたんだよ」


 お互いお酒が入ってるというのもあって、荒木はいまいち片岡の言っている意味がわからなかった。どういう事かとたずねると片岡は、借金の証文を借りて球団の法務に相談に行った方が良いと案内した。


「……そういえば、美香ちゃんの借金の証文って見た事ないかも」


 その荒木の言葉に片岡は眉をひそめた。


「おい、その女もしかして、とんでもない悪女なんじゃないのか? もしかして借金があるっていうのは、お前から金を巻き上げるための口実だったりしないのか? お前の恋愛感情をその女は利用してるんじゃ?」


 最初は苛っとした顔をした荒木だったが、片岡の顔は荒木を本気で心配したもので、荒木も不安そうな表情に変わった。


「いやあ、片岡さん、俺もその娘に会った事ありますけどね、そんな感じの娘じゃあなかったですよ。普通に金に困ってる感じで、普通に純朴な感じで」


 小川がそう言って口を挟んだのだが、片岡はそうじゃないと言って人差し指を振った。


「一回目は確かにそうかもな。俺が言ってるのは二回目の話だ。その娘、荒木が怪我したら姿を消したんだろ? それで再会したらまた借金がって言ってきたんだろ?」


 知り合いの彼女を悪く言いたくは無いのだが、そう考えると辻褄が合ってしまうんだと片岡は言った。小川も反論ができず荒木の顔を無言でじっと見つめている。


「お前とその娘の事は色々と耳にはしてる。だから信じたい気持ちもわかる。ただ悪い事は言わないから、金の問題だけはちゃんとしておけ。さっき俺がした法務部から聞いた話、一度その娘に言ってみろ。後ろ暗い所が無いのなら普通にお前に打ち明けるはずだ」


 これが俺ができる最後の助言だと言って、片岡は荒木のコップに麦酒を注いだ。

 荒木は手を震わせてコップを口に運ぶ。


「なに、俺の取り越し苦労って事もある。その娘が誰かに騙されている可能性だってあるんだ。だからそんな顔すんな。もしかしたら、騙しているのは銀行の方かもしれんしな。銀行だから大丈夫なんて、その娘は考えてるかもしれないから」


 片岡が背中を軽くポンポンと叩くと、荒木は少し引きつった笑顔を片岡に向けた。まだあくまで疑惑の段階だと片岡は再度念を押し、もう一度荒木の背中を軽くポンポンと叩いた。



 最後に岩下、片岡、荒木が自分の竜杖に著名して、全員で『竜杖の間』へと向かった。

 岩下にしても、片岡にしても、これまで長年愛用してきた竜杖である。手放した際に、これで竜杖球の選手としての活動は終わってしまったのだと強く実感したらしい。頬に一筋の雫が流れた。


 荒木の竜杖は二人よりは使っている期間は短いはずなのだが、頭の部分が傷だらけであった。

 あまりにも使い込まれていて恥ずかしいので新しいのを買って置いていきたいと言ったのだが、砂押からダメと怒られてしまい、この竜杖を置いていく事になった。


 三人はそれぞれ竜杖を持った砂押と写真を撮り、砂押にお世話になりましたと頭を下げた。

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