第2話 祝賀会
獅子団の事務所にまでは、さすがに応援団が詰めかけているといった事は無かった。代わりに獅子団の事務員が総出で出迎えてくれている。
輸送車を降りた荒木たちは、事務員たちの歓迎を受けながら事務所に入って行った。
祝賀会場はすでに関係者でごった返しており、出迎えてくれた職員たちも来ていて、後は正規選手がやってくるのを待つのみという状況であった。
丸机がいくつも置かれ、そこに所狭しと麦酒の瓶が置かれている。さらに中央の長机には、なかなかに美味しそうな料理がこれでもかと置かれていて、祝賀会の開始を今か今かと待っている。
そんな雑然とした中、控室から正規選手たちが入場してきた。
最初に鴻野が入室すると関係者たちは歓声をあげた。そこから次々にやってくる選手たちに会場は大盛り上がりとなっていった。
会場の奥に小さな台が置かれ、そこに集音機が設置されている。その横にも集音機が置かれ、司会の事務員が集音機の電源を入れた。キーンという音が鳴り、会場の人たちが徐々に静かになっていく。
台上に日野監督が乗り、職員がコップに麦酒を注いだ。それを見て会場の人たち全員が麦酒を注いでいく。
ある程度行きわたったのを見て、日野は非常に短い挨拶を行った。その間、会場の人たちは麦酒を手にしたまま静かに耳を傾けていた。
「では、獅子団の優勝を祝して、乾杯!」
日野の音頭で会場の人たちは一斉に「乾杯」と口にして、一気に麦酒を喉に流し込んだ。
そこからはもはやほとんど収拾がつかないような状況で、思い思いに騒ぎはしゃいでいる。時に奇声をあげる選手がいたり、時に大声で喜びをあげる選手が出たり。
会場には荒木の復帰を助けてくれた神部も来ていた。神部は荒木の隣で嬉しそうに、よく頑張ったと言って酒を飲みまくっている。
栗山には二軍指導者の石井が貼り付いている。小川には赤坂調教師が貼り付いている。秦には伊東と荒井が、高野と池山には岩下と片岡が貼り付いている。
どの人も嬉しそうな顔をしており、あの時はああだった、その時はこうだったと言い合って大笑いしている。
そんな中、荒木の下に事務員がやってきて腕を引かれた。
案内されるままに会場の隅に向かうと、同じように日野と鴻野、大石が呼ばれている。
どうやら球場の時と同じように、獅子団の球団社長である中村から銀杯や賞状の授与を行いたいらしい。
会場に再度キーンという集音機の電源を入れた音が鳴り響く。その音で会場の人たちがまた徐々に静かになっていく。
台上に中村社長が乗った。
中村はかなり高齢な人物で、頭髪は見る影も無く会場内の照明を反射している。かなり細身で、この歳にしては長身。だが背筋はピンと伸びている。
「ご歓談の所、少しだけ挨拶をさせていただこうと思います」
その声は年齢を感じさせない非常に張りのあるものであった。だが……
……それにしても『少しだけ』が異常に長い。これが少しなのだとしたら、普通に話させたらいったい何時間喋るつもりなのだろうというくらいに長い。少しでも笑いが起きればそれでも聞いていられるのだろうが、それすら無い。学生時代に全校集会で校長のつまらない長話を延々聞かされたのを思い出す。
最初は静かに聞いていた人たちも、徐々に食べ物を手に取ったり、中央に食べ物を取りに行ったりする人が現れる。
さすがに相手は球団社長なので、話が長いと指摘する勇者はいなかったが、咳払いをして無言の抗議をしている人は何人か現れている。
相変わらず話の長い人、日野がそうぼそっと呟いたのが聞こえた。
「そろそろ強制で終わらせるか。鴻野、大石、荒木、付いて来い」
そう言うと日野は中村に近づいて行き、中村が立っている台のすぐ隣に立った。日野の隣に鴻野、大石、荒木が立っている。
日野は両手を後ろ手に組んで、中村とは目を合わさず涼しい顔で会場を見ている。
気持ち良く喋っていた中村が、ちらちらと日野を見ながら少し焦ったような顔をし始める。そんな中村を見て、司会の職員が笑いを必死に堪えている。
勇者だなあという鴻野の呟きが聞こえてきた。
かなりバツの悪い顔をし、中村は話を締めた。いったいどんな内容を喋ったのか、もはやそれは当人以外誰もわかっていないであろう。
まずは銀杯が事務員によって運び込まれた。
一軍の金杯に比べれば小さいとはいえ、かなり大きい。模造品と言えども形や素材は本物と同じである。ただ単に歴代優勝球団の刻印が無いというだけの代物である。
事務員から中村の手に渡され、中村から日野に授与された。
日野が銀杯を頭上に掲げると、会場から割れんばかりの拍手が沸き起こる。
銀杯を大石に渡し、日野が再度中村の方に向き直る。
次に木盾が中村に手渡され、中村から日野へと授与された。
これも仮の物であり、優勝球団の名前が入っていない。
日野が木盾を頭上に掲げると、再度、会場から割れんばかりの拍手が沸き起こる。
日野が台から降り、代わりに鴻野が上がる。日野の時と同じように、中村から賞状が授与される。
鴻野が会場の人々に向かって頭を下げると、また、会場から割れんばかりの拍手が沸き起こった。
最後は得点王なのだが、竜杖を渡された中村は「何これ?」と事務員に問いただした。事務員は荒木選手の得点王の竜杖だと回答。
「いや、荒木選手の得点王は知ってるけど、これは普通の竜杖じゃないか。得点王の竜杖って銀の塗装がしてあるやつだろう?」
おろおろとする事務員の代わりに日野が中村に耳打ちする。
「ああ、そうかそうか。そういう事か! 確かに今日の彼は凄かったもんな!」
そのやり取りが全て集音機に乗ってしまっており、会場からどっと笑いが起きた。
荒木としても自分の部分で笑いが起きるのはどうにも不本意であった。露骨に不愉快という表情をする荒木を、鴻野と大石が笑って腕をパンパンと叩く。
ごく普通の竜杖を両手で大事そうに持ち、中村から荒木へ授与された。
中村は満面の笑みなのだが、荒木の笑顔はどこか引きつっている。
「後でちゃんと本物が来るんだから、そんな顔をしなさんな」
中村にまでなだめられ、荒木の口から乾いた笑い声が漏れた。しかもその小声も集音機が拾ってしまい、会場が笑い声に包まれてしまった。
その後、中村は台から降り、木盾を持って日野が台に上がった。
この盾は、すでに一軍に上がっている石毛、安部、伊東、広沢、竹本、蓬莱の頑張りもあっての事だと日野は述べた。その後で誰かを忘れていると感じたらしく、無言で天井を見て、しまった工藤を忘れていたと言って会場の爆笑を誘った。
次に日野に代わり、銀杯を持った大石が台に上った。
自分が正規選手に定着した時から最後まで残ったのは佐々木と鴻野だけだったと述べ、いかに今年の入れ替えが多かったかという話をした。
大石の次の鴻野は、そんなしんみりしたのは嫌だと感じたようで、最後の怒涛の六連勝が気持ちが良かったという話をした。その六連勝の立役者に次は挨拶をしてもらうと言って台を降りて行った。
変に鴻野が会場を盛り上げてしまったせいで荒木の挨拶は全くウケず、うなだれて台を降りた。
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