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第1話 二軍優勝

 試合が終わり、優勝決定のバカ騒ぎの後で、競技場で表彰式が行われた。

 日程的に一軍の表彰式と同時刻であるため渡辺会長は来なかったが、執行部の加藤部長という方が来ていた。


 競技場の観客席近くに簡易の表彰台が置かれた。

 竜は競技場を挟んで反対側の補欠席の横に停めてあり、選手たちは全員表彰台の前に整列している。秦たち守衛は防具を外している。

 競技場は非常に広く、表彰台まで歩いて行くのは非常に億劫であった。


 二軍も優勝すれば優勝杯というものが貰える。

 一軍の巨大な優勝杯からしたら半分程度の大きさしかないし、一軍が金杯であるのに対し二軍は銀杯。

 だが、それでもやはり優勝杯が授与されるのは嬉しいものである。


 銀杯は一年間だけ球団に預けられる物であるが、それとは別に銀の板のはめられた木盾が贈られる。こちらは完全に記念品であり、どこの球団も事務室の入口に硝子の棚に入れられて飾られている。


 球団を代表して日野監督に優勝の銀杯と木盾が授与された。ところが、よく見ると銀杯に本来書いてあるはずの歴代優勝球団が書きこまれていない。

 執行部の社員がこそりと、銀杯は模造品で後々正式なものを事務所に送りますと報告した。つまり本物は今函館にあるのだろう。


 銀杯と木盾の授与が終わると、選手全員を代表して鴻野こうのに賞状が手渡された。これもよく見ると氏名も球団名も入っていない。

 執行部の社員がこそりと、後々氏名を入れたものを全員分事務所に送りますと報告した。


 最後に荒木が呼ばれ、得点王に贈られる竜杖が手渡された。本来であれば銀の塗装がされ、持ち手のところに得点王と記載された板がはめられているはずなのだが、銀の塗装すらもされていないごく普通の竜杖である。

 これも執行部の社員がこそりと、ちゃんとしたものを事務所に送りますと報告してきた。

 もはや模造品ですら無いという事は、執行部としても荒木の得点王は完全に想定外だったという事なのだろう。

 ……なんとも失礼な話だ。


 最後に選手が二列に並び、その前に二軍優勝と書かれた看板が置かれ記念撮影となった。一軍であれば紙吹雪が舞ったり、何やら色々と演出もあるのだろうが、二軍は写真を撮って終わりである。


 最後に鴻野が銀杯を高らかに掲げると、観客席から大歓声が沸き起こった。



 控室に戻っても全員まだ興奮が抑えきれなかった。

 この後、獅子団の事務所の多目的広間で祝賀会の準備をしてもらってあると球団職員の方が案内すると、興奮は頂点に達した。


 この試合が最終戦という事で、正規選手に呼ばれていない選手たちも苫小牧に来ている。

 本来であれば自分の竜の試合後の手入れは自分たちで行うのだが、正規選手じゃない選手たちが代わりに手入れをしてくれているらしい。だから竜の事は気にせず、身一つで会場に向かって欲しいと案内された。

 なお、日野監督と各球団の指導者たちは、すでに事務所に向かっているのだそうだ。


「おおし! 今日は呑むぞ!」


 鴻野が雄叫びのような叫び声をあげると「おお!」と全員が呼応した。

 そんな大騒ぎの中、職員の方が得点王の竜杖をお借りしますと言って持って行ってしまった。



 着替えを鞄に入れて、試合着のまま控室から球場の外に出ようとした。

 すると、そこには事務所へ向かう輸送車が一台待っていたのだが、その先に観客が選手たちを一目見ようと押しかけて来てしまっていたのだった。


 その状況に全員恐々としてしまっている。

 全員長い竜杖を持って試合着である。残念だが職員のふりはできない。この状況をどうしたものかと鴻野が相談した。全員顔を強張らせて困り顔をする。


 すると大石がパンと手を叩いた。


「堂々と舞台にでも上がるように一人一人出て行ってやったら良いじゃねえか。あの人たちは俺たちを応援に来てくれたんだぞ。それにちゃんと応えてやるのも職人選手ってもんだろう」


 それもそうだと鴻野が納得すると、ならばまずは俺から行くと言って大石が出て行った。大石が手を振りながら輸送車に乗り込むと観客が大歓声をあげた。


 じゃあ次は俺がと鴻野が出て行こうとするのを広瀬が制した。

 ここはどう考えても今日出場してない選手からだろうと言って二番手で出て行った。さらに三番手で金森が出て行く。


 すると、そういう事なら次は自分だと言って笘篠が出て行った。先の二人とは全く異なる異常な歓声に笘篠は若干怯み気味であった。笘篠が手を振ると、その歓声は更に大きなものとなった。


 次は誰が行くんだとかなり揉めたのだが、最後が荒木なら後の順番はどうでも良いだろうという事になり、鴻野が出て行った。さらに野口、佐々木、秦、小川と続けて出ていくと、観客はさらにもう一段階盛り上がった。


 残りは四人。次に出て行ったのは栗山であった。

 栗山は最近若い女性を中心に徐々に人気が上がって来ており、女性の「きゃあ」というと黄色い歓声が沸き起こった。栗山が小さく手を振ると、女性たちは「きゃあ! きゃあ!」と絶叫であった。


 次に渡辺が出て行った。

 逆に渡辺はそれなりの年齢の女性から人気があるらしく、同じく黄色い歓声ではあるのだが、先ほどよりも音程が低い。


 そして辻が出て行った。

 今年の途中に安部に代わって出場した辻は、安部の穴を全く感じさせない見事な活躍であった。最終的には荒木と共に獅子団躍進の原動力とまで新聞に書かれている。

 先ほどまでが限界だと思われていた歓声は、さらにもう一段階盛り上がった。辻が拳を天に突き上げると、観衆からは拍手が巻き起こった。


 満を持して。

 まさにそんな感じで最後に残った荒木が出てきた。


「荒木くん! こっちよぅ!」


 どこかで聞き覚えのある声がした気がした。見ると最前列に見覚えのある女性が陣取ってハンカチを振っている。

 よく見ると支笏湖温泉の先輩芸子だった。名前は確か麻理恵さんと言っただろうか。両脇に同じような雰囲気の女性が並んでいる。恐らく同僚の方たちなのだろう。あの時、同僚にも話をして皆で応援すると言ってくれていたが、本当に応援してくれているらしい。

 麻理恵に向けて手を振ると、麻理恵は今こっちに手を振ってくれたと言って同僚ときゃあきゃあ言って盛り上がっている。


 そこから「荒木! 荒木!」と大合唱であった。

 観客を見渡したのだが、残念ながら美香も土井さんたちも見つけられなかった。


「応援、ご声援、ありがとうございました!」


 そう大声を張り上げて荒木は深々と頭を下げた。

 まるで衝撃波のような力強い何かが荒木を襲う。観客たちの歓声が最高潮に達したのだ。輸送車の窓が歓声でビリビリと音を立てる。


 何度も観客にぺこぺこと頭を下げて荒木は輸送車に乗り込んだ。


 全員乗り込んだところで輸送車の昇降口が閉じる。

 どこからか球場の職員が現れ、取り囲んでいる観客を整理し始める。輸送車が発車の合図として警笛を鳴らすと、観客は再度大歓声を輸送車に送った。


 大観衆をかき分けて、輸送車はゆっくりゆっくり球場を離れ、獅子団の事務所へ向かって行った。

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