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第12話 朝から労働

 その日の夕方、広岡先生の先輩が民宿にやってきた。その先輩は土井という方で、土井牧場の場長の奥さんなのだそうだ。二児の母である土井さんは、後輩の広岡とは真反対で中々に貫禄のある女性であった。


 土井は大広間に集まった部員にこれからの合宿の話を始めた。

 伊達町周辺には五つの牧場があり、それぞれ二人づつ各牧場に行ってもらう事になっている。牧場なので当然朝は早い。各牧場から迎えの車が来るので、絶対に寝坊等はしないように。

 各牧場には事前に竜杖球部の子たちだという事は知らせてあり、空いた時間に乗竜を指導して欲しいと伝えてある。牧童としての仕事はそこまで多いわけでは無いので、基本的には早朝から朝方で仕事のほとんどは終わってしまうだろう。

 なお、朝食、昼食は各牧場で用意する事になっているので、他の牧夫たちと一緒に腹一杯食べてもらってかまわない。


「あんまり食べ過ぎると竜に乗った時に気持ち悪くなっちゃうだろうけどね。竜なんて食べなくても十分食事は用意するから、安心して竜の世話をしてね」


 土井がそう言うと、皆は一斉に広岡の顔を見た。このおしゃべりめと無言で非難しているのだろう。広岡はそんな部員たちから顔を反らしてすまし顔をしている。


 朝が早いので大変だとは思うが、春休み期間中に乗竜術が上達するように乗竜の時間を多く取るから頑張って欲しいと土井は説明を締めた。

 正直、広岡と土井、どっちが先生かわからないほど土井の説明はちゃんとしていた。



 その日はそのまま大広間で夕食を食べ、順番で風呂に入り、明日からの労働に向けて寝た。そもそも周囲は見渡す限り牧場で、遊びに行きたくても店もわからない。広岡と数札や花札で遊ぶ気はさらさらないし、ましてや教頭と語らう気もさらさらない。おまけに朝が早いと言われれば寝るしかないであろう。


 そんなただただぼろい民宿であったが、民宿を営む夫婦に同年代の娘がいた。夕飯の給仕でその事が発覚した。

 母親はあまり関わらないようにと娘に言い含んでいたようだが、娘は他所から来た同年代の男の子たちに興味深々であった。


 最初に声をかけたのは部内でも一番のすけべ川村先輩。

 年齢は十六歳、高校二年生、名前は美香。多少口数は少ないが、くすくすと良く笑う娘だった。まあ、川村が純粋に面白い人というのもあるのだろうが。

 笑うと口元にえくぼができる。顔はそれなりに可愛いのだが、田舎の女の子特有の垢抜けない感じが強い。どうにも男の子と喋るのに慣れていないのか、川村と藤井が何度も色々な話題をふるのだが、すぐに会話が途切れてしまっている。


 そのうち川村も藤井も興味をそそらなくなってきたようで、同年代の異性以外の感情を抱かなかったらしい。その後、宮田、浜崎、戸狩が会話に加わったのだが、広岡から私と話す時と態度が違うと指摘され、何となく距離を置くようになってしまった。



 翌朝四時半。まだ外は真っ暗。『安達荘』には一台、また一台と送迎の車がやってきている。


 三年生と二年、一年という組み合わせで牧場に行く事になった。荒木は宮田と、戸狩が伊藤、杉田が藤井、石牧が浜崎、大久保が川村という組み合わせであった。三年生でじゃんけんをし、勝った人から取り合っていくという方式で決めたのだが、最初に勝ち抜けした宮田が荒木を指名した。

 十人の部員の中で荒木と宮田は最もこの合宿に後ろ向きで、この組み合わせはちょっと問題があると広岡は言ったのだが、この方式を提案したのはお前だと指摘され、黙るしかなかった。


「なあ、荒木、お前広岡ちゃんの事どう思う?」


 牧場に向かう車の中で宮田はそう岡部にたずねた。宮田が何か言いたいかわからず、荒木は宮田をじっと見つめて黙っている。


「いや、違うぞ荒木! 恋愛感情とか、そういう話じゃねえぞ! ここまでの顧問としての話だぞ!」


 宮田は露骨に狼狽えて、嫌な勘違いするなと荒木に釘を刺した。荒木が薄笑いを浮かべ煽るような目で見ていると、宮田は本気で怒り出し、荒木の胸倉を掴んだ。


「ふざけんなてめえ、人が真面目に聞いてる時によう。俺は巨乳派なんだよ! あんな平皿みたいなの何の興味もねえよ!」


 宮田が真面目にアホな事を言ったせいで運転手がぷっと噴き出してしまった。それで恥ずかしくなってしまい、宮田は荒木から手を離し咳払いをした。


「最初はよ、指導放棄して他所の部に丸投げしやがってって思ってたんだけどさ、この合宿の話した時にあいつ、私はこんなに一生懸命やってるみたいな事言ってただろ」


 普通に考えて、合宿だからと言って学校が簡単に短期就労を許可するわけがない。宿泊費、食事、交通費、恐らくだが、わずか二週間の労働で全て賄えるような金額じゃないだろう。さらにいえば乗竜の指導まで牧場でしてくれるという。確かに広岡が言っていたように、自分たちから見えないところでかなり頑張ってくれたであろう事が推測される。


「俺、同じ学級の娘に筋肉ついたよねって言われたんすよ。あの時、かりんとうも言ってましたよね。うちの練習で何かを掴むかどうかはお前ら次第って。もしかしたらあの先生、何か色々計算してこんな事させてるのかもって」


 だけど俺は馬鹿だから、いまいちよくわからないと荒木は窓の外の一面の牧場風景を見ながら言った。

 すると、驚愕の顔でこちらを見ている宮田の顔が窓硝子に映った。


「嘘だろ荒木、お前……そんな娘がいたのかよ……」


 そこかよ。

 荒木は短く宮田に指摘した。




 宮田と荒木は、牧場に到着すると場長夫妻にお世話になりますと言って挨拶をした。

 牧場の名前は場長の姓を取って伊原牧場。挨拶が終わると伊原場長は、唐突に嫌いな食べ物はあるかとたずねた。宮田は苦瓜が嫌いと言い、荒木は南瓜が嫌いと回答。すると伊原はどちらも焼肉には欠かせない物だと言って笑い出した。


「肉が食べたいと聞いているからね。大量に羊と牛の肉を味付きで用意しておいたから。朝でも昼でも気の済むまで食べてもらって良いからね」


 だから竜には手を付けないでくれと言って笑い出した。


「あいつめ……どんだけ言いふらしたんだよ……」


 宮田が悪態をつくと、荒木は苦笑いした。



 基本的に荒木たちの仕事は竜房の掃除であった。本来であれば牧夫たちだけで事足りるのだが、この時期竜が羽化するため牧夫たちは交代で夜勤番をする。そのせいで朝竜房の仕事をする人手が足らなくなるのだそうだ。

 三叉の銛を渡され、こうやって寝藁を取り除くんだと牧夫の人が見本を見せてくれた。その寝藁を『ねこ』と言われる一輪車に乗せて、一杯になったら竜房の外の飼料置きに捨てに行く。

 それが終わると新たに藁を敷き、水桶の水を捨て新しく水を入れる。その間に他の牧夫が竜を軽く運動させ、体を水で洗い刷子はけで水を落としながら按摩を行う。

 最後に牧夫が竜を竜房に納めたら、餌箱に餌を入れて竜房に吊るして作業は終了となる。


 作業を終えた宮田と荒木は、牧夫たちと朝食を取る事になった。そこで二人は目を疑うような光景を目にする。

 大皿に味付け肉がうず高く積まれていたのだ。机には小さな焜炉こんろが一つづ置かれている。


 確かに肉を腹一杯食べたいとは言った。だがものには限度というものがあるだろう。


 朝っぱらからこんなに食えるかよと宮田は悪態をついた。それが聞こえた牧夫の人が豪快に笑い出した。


「なんだ若いもんがだらしないな。この後まだ竜に乗るんだろ? 食わないと体が持たないぞ?」


 牧夫はそう言うと山になった肉の中から結構な量を皿に移した。つまりはこれが特別な事ではなく、ここの日常という事なのだろう。


「食い物については、ちょっとなめてたな……」


 そう言って宮田は荒木に向かって苦笑いした。

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