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第60話 日野の賭け

 苫小牧総合運動公園はほぼ満員の観客の入りとなっている。

 今日まで竜杖球をやってきて、このように球場に人が一杯になっているのを見た事が無い。もちろん一軍の中継では見た事があるが、実際目の前にこれだけの人数を目にするのは初めての事であった。


 選手が登場すると観客の歓声で地面がビリビリと振動した。

 あまりに慣れない状況に竜たちが暴れて、選手たちが必至になだめている。



 獅子団の打ち出して二軍の最終戦が開始となった。


 獅子団の先発は、守衛が秦、後衛が小川、佐々木、中盤が栗山、辻、鴻野こうの、先鋒が野口。

 対する襲鷹団の先発は、守衛が村田、後衛が畠山、佐々木、中盤が岸川、川相かわい、山内、先鋒が槇原まきはら


 両軍共に後衛が佐々木という選手となっている。

 共に北国の選手で、獅子団の佐々木は苫小牧球団、襲鷹団の佐々木選手は網走球団である。もしかしたら大昔は親戚だったのかもしれないが、現状では血縁関係は無いらしい。


 荒木は目の前の試合より、この球場のどこかにいるはずの美香を探している。

 関係者に配られる招待券の席はほぼ決まっていて、正面の左手、獅子団側の応援団席の近くのどこかのはずである。

 いつもならそこにぽつぽつと人がいる程度なのに、今日はごった返していて全く見つけられない。

 まあ、でも来てくれている事には違いないだろう。



 試合は一方的に獅子団が襲鷹団の陣地に押し込んでいる展開であった。

 中盤の鴻野、辻、栗山の連携は素晴らしく、どこか川相選手頼みのところがある襲鷹団を圧倒している。

 さらに相変わらず後衛の畠山選手、佐々木選手の連携が悪く、野口が強引に攻め込んでも、何ともちぐはぐな拙い守備しかできていない。

 守衛の村田選手が抜群の反射神経で辛うじて失点を防いでいるという状況である。


 ただ、獅子団側もその村田選手の最後の牙城がなかなか崩せず、得点には至っていない。

 決定機になる度に観客は大盛り上がりとなるのだが、なかなか得点できないという状況に、だんだんヤキモキしてきている。


 そんな中、ついに試合が動いた。

 何度目かの野口の打ち込みを村田選手が弾いた。その球を畠山選手が大きく前方に打ちだした。


 栗山がその球に向かって行ったのだが、その前に川相選手が球を奪い、上がって来た山内選手の前方へと打ち出した。

 あの事故からどうにも消極的だった川相選手だったが、ここに来て何かが吹っ切れたのか、かなり積極的に動いて来た。


 山内選手は球を受けると、鴻野が近寄る前に中央前方へ球を打ちだした。

 そこに駆け寄る川相選手と栗山、辻の二人。

 だが、最初に追いついたのは川相選手であった。恐らく何度も練習してきた攻撃手順なのだろう。


 川相選手は少し前に球を打ちだし、それを追って前方の槇原選手へ。

 槇原選手は速度と技巧を兼ね備えた良い先鋒である。ただし、どちらも中途半端だとも言われている。


 槇原選手はまずその技巧で佐々木の守備をかわした。さらに球を打ちだし、その速度で小川も抜く。

 守備陣近くで止まった球の手前で槇原選手は竜の向きを横に変え、竜杖を竜の尻の方で振り抜いた。


 変則的な打ち方をしたせいで、球は竜杖の変なところに当たったらしく、変な回転をして槇原選手から見て右方に曲がっていく。

 秦も懸命に竜杖を伸ばしたのだが、球は篭の梁に当たって跳ね返って篭の中に吸い込まれた。


 だが、審判はすぐには笛を吹かなかった。第三の審判の元へと向かっていく。

 問題は槇原選手が守備陣に竜を立ち入らせたかどうか。


 第三の審判は正面で両掌を合わせて、それを引き剥がすような仕草をした。

 それを見て、審判が高らかに笛を吹き鳴らした。得点が認められたのだった。


 結局、そこから試合は動かず、一対〇で前半が終了してしまった。



「あの荒木の件で一回完全に崩れたと思ったけど、そこから経験積んで徐々にちゃんとした組織に戻りつつあるな」


 控室で鴻野がそう感想を漏らした。

 今回負傷した桜井に代わり、急遽広瀬が呼ばれている。その広瀬が、自分も見ていた感じでそう感じると述べた。


「正直、野口で行ったのは失敗だったな。野口の状態云々の話じゃなく、桜井が負傷して不在なのだから、渡辺の速さを武器にしていくべきだった。そうしてたらとっくに守備を崩壊できてたかもしれん」


 実に悔しそうに日野監督は言った。

 野口も口を真一文字に結んでこくりと頷いた。


 日野は一同を見渡し、ふんと鼻から息をもらした。


「こんな時だがな、一つ試してみたい事があるんだ。駄目そうならすぐに元に戻す。どうだろう、俺の賭けに乗ってくれないだろうか?」



 後半戦の開始を前に、両軍の選手の交代が告げられた。

 龍虎団は槇原選手に代わり水野選手が、山内選手に代わって斎藤選手が入った。先鋒を二枚、中盤を縦二枚に変えてきた。

 これに対し獅子団は野口に変えて荒木、そして鴻野に変えて渡辺が入った。こちらも先鋒を二枚、中盤を縦に二枚に変えてきたのだった。


 これまで日野は選手はころころと変えてはきたが、中盤三枚、先鋒一枚という守備の人数だけは変えなかった。

 恐らくこの交代に今最も驚いているのは襲鷹団の国松監督だろう。



 選手が競技場に入場する。

 それと同時に満員の観客席から大歓声が沸き起こる。


 「荒木!」と叫ぶ声が随所から聞こえる。

 その声に応えて竜杖を掲げると「おお!」という歓声が沸き起こった。


 球場は東西に広く作られており、観客席は北側にしか無い。これは観客席が影になって芝生の生育を阻害しない為である。

 冬季は雪が積もりやすいので、地面には温水が流れる管が埋めてある。また、観客席にも冬場は埋めてある管に温水が流される。これによって冬場でも極寒にならずに観戦ができるようになっている。


 十二月も三週目。

 どんよりと厚い曇天からちらりちらりと雪が舞い落ちている。

 すでに温水が流され、冷え切った芝生から靄のようなものが立ち込めている。

 薄い皮手袋はしているものの寒さで手がかじかむ。


 観客席近くまで竜を進めたところで渡辺がこっちに竜杖を向けて何やら言っている。

 首を傾げていると、慌てて駆けつけてきた辻が荒木の袖を引いた。


「荒木さん、何してんっすか! 荒木さんは左翼でしょうが!」


 「あ、やべ」と言ってぺろりと舌を出し、そそくさと戻っていく荒木を満員の観衆が笑った。


 大丈夫なのかあの人という辻の声が後ろから聞こえてきた。荒木も頬を掻いて誤魔化すしかない。

 ちらりと補欠席を見ると日野が頭を抱えていた。後方を見ると小川と栗山と秦も目を覆ってがっかりした顔をしている。佐々木は大爆笑している。



 水野選手の打ち出して後半戦が開始となった。

 球を受けた岸川選手に向かって、荒木が猛然と竜を走らせる。その速さに焦った岸川選手が、慌てて川相選手に球を打ち出した。

 辻はそれを待っていたとばかりに奪いに行く。


 先に川相選手が球を確保したのだが、そこに渡辺が守備に付いた。

 川相選手が球を岸川選手に戻そうとする。だが、辻と渡辺二人に守備され、結局奪われてしまった。


 辻は奪った球をぽんと相手の後衛の後ろに打ち出す。

 球が地面に付くより早く荒木は落下地点に竜を走らせていた。

 さらにその球を前方へ打ち出す。そこに追いつき、もう一度前方へ。


 後衛の二人はそんな荒木に全く追いつけない。

 もはや相手は守衛の村田選手のみ。


 荒木が竜の首を左に向け竜杖を振り上げた。

 村田選手は向かって右に球が飛んでくると予測。

 荒木が体を捻って竜杖を振り抜く。


 村田選手は右に向けて竜杖を構え、飛び跳ねようとした。

 だが球が逆の左方に飛んでいく。

 焦って左方に飛び、竜杖を左方へ伸ばすのだが、完全に反応が遅れている。

 球は竜杖の先をすり抜け、篭へと飛び込んで行った。

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