第59話 そして最終戦へ
後半戦が始まり早々に荒木に点を決められ、同点にはなったものの、そこからは一進一退が続いている。
龍虎団は中盤の攻防で球を奪い、荒木に球が渡らないようにしている。一方の獅子団は中盤と後衛の五人で守備をして失点を防いでいる。
全体的に見ると、やや龍虎団が優勢という感じかもしれない。
仁村選手が入った事で、龍虎団は明らかに攻撃が安定し始めた。
その為だろう、それまで両翼を起点に攻撃をしていたのが、中央突破に戦術を変えてきた。そのせいで小川、佐々木の後衛二人に疲労の色が見える。
辻と鴻野もかなり後方に下がって守備をしているが、それでも後衛二人の負担は大きい。栗山も後衛に混ざって守備をし続けている。
桜井と鴻野の交代が負傷交代だったので、獅子団はまだ一枚の交代枠を残している。だが、疲労しているといっても安定している守備を代えるのは実に勇気のいる采配であった。金森に交代の準備だけはさせているのだが、日野もなかなかその決断ができずにいる。
このままではじり貧。それを一番感じていたのは恐らく栗山だっただろう。
小川にしても佐々木にしても、声をかけても徐々に反応が薄くなってきている。
すると、鴻野が栗山を呼び何かの指示をした。
栗山は周囲を見渡し、こくりと頷く。
龍虎団は再度仁村選手に球を集めて攻め込んで来た。ところが先ほどまでよりも守備が薄い。恐らくは疲労が限界に達したのだろう、今こそ好機、そう仁村選手は判断したらしい。強引に中央を突破しようとした。
だが栗山が竜を押し当て続け決定機を作らせない。そのせいで最後の最後で球が零れた。
代わって球を奪った佐々木だったが、問題はここからであった。先ほどから中盤が全て自陣に下がって来てしまっていて、球を大きく打ち出して競技場の外に出すしか手が無かったのだ。
ところが、佐々木の目に一人自由になっている鴻野が映った。
鴻野は守備に入らず、零れ球を拾おうと少し敵陣に近い場所に待機していた。
迷わず佐々木は鴻野に球を打ち出した。
彦野の位置を見て、荒木が少しだけ竜を後退させる。
零れ球を鴻野と木村選手が追いかける。
最初に追いついたのは鴻野であった。元々これを狙っていた鴻野と、状況を見て駆けつけた木村選手では反応速度に大きな差があった。
鴻野は迷わず前方に大きく球を打ち出す。
彦野選手と荒木が同時に球を追いかける。
彦野選手も鴻野がこれを狙ってきている事はすぐにわかった。
だから竜を自陣の篭の方に最初から向けている。
追い出しは二人同時であった。ただ追い出しの位置が彦野選手の方が篭に近い。
二頭の竜が球を追いかける。
だが、徐々に荒木の竜が先に行き球に到達。
彦野選手は球を打つために竜の速度を緩めなければいけないが、荒木にはそれがない。そのせいで球に近くなってから一気に二頭に差が開いた。
竜を再加速させて荒木を追う彦野選手。だが前半から出ずっぱりの彦野選手の竜は疲労が蓄積しており、思ったような加速をしない。その間に荒木との差は開く一方。
荒木は全速力で竜を走らせ竜杖を振りかぶった。
少し体を捻り気味にして竜杖を振り抜く。
パシュッ!
あの時と同じ音。打った感覚が無いのに球が弾丸のように飛んでいく。
荒木の目には球が回転していないようにも見えた。
守衛の中尾選手は篭の左上に向かって打ち出された球に向かって幅広の竜杖を向けた。
先ほどと異なり今度は飛ぶ向きはわかっている。弾道からして地面に落ちて軌道が変わるという事も無い。荒木の打つ球は重いが、それでもこの感じであれば竜杖で上に弾いてしまえば外に出せる。
そんな風に思っていた中尾選手の目の前で球がガクッと落ちた。伸ばした竜杖のかなり下を球が通り抜けていく。
どうやら、中尾選手は前回対戦した時の事を完全に思い出したらしい。
前回もこれと同じ球が飛んできたのだ。まるで自分が伸ばした竜杖を避けるように落ちていく弾道。
「こんなの防げるかよ! くそがっ!」
中尾選手が荒木に向かって声を荒げた。
荒木が苦笑いすると、彦野選手が竜を寄せてきた。
「前も思ったけど、あれ、何なの?」
荒木が首を傾げ顔を引きつらせる。
「俺もよくわかんないんだよね。本当は別の事を狙ってたんだけどさ。指導者の人にも聞いてみたんだけど、なんか『奇跡の打ち込み』みたいな事言われたんだよ」
つまり『まぐれ』って事なのかと言って彦野選手がゲラゲラ笑った。
その後、佐々木と金森が交代となり、両軍共に膠着状態となったまま三対二で試合は終了した。
試合が終わった翌日、苫小牧に帰る途中で土井牧場へ立ち寄った。
実は函館に向かう時に美香に最終戦の入場券を渡すのをすっかり忘れてしまっていたのだ。
牧場の駐車場に竜運車が停められて、いったい何の騒ぎだと牧夫たちがわらわらと集まってきてしまった。
その竜運車で、来たのが荒木だと土井さんにはすぐにわかったらしい。出迎えに来て事務室へと荒木を案内した。
土井さんの旦那さんである場長が執務机に座り、こちらをチラチラと見ている。
「今、美香ちゃんに珈琲を持って来てもらえるように頼んだからちょっと待っててね」
土井さんは荒木の事を気にしている場長に、彼が例の見付球団の荒木選手だと説明。場長も話は前々から聞いていたようで、彼が例のと言って頷いている。
土井さんと場長が向かいの椅子に腰かける。
「荒木さん、凄い活躍らしいね。競技新聞で読んだよ。今、優勝争いの真っただ中なんだってね。しかも荒木さんが正規選手になってから獅子団は絶好調になったって書いてあったよ」
場長がそう言って持て囃すと、団体競技ですから自分だけの話ではないと荒木は謙遜した。だが、土井さんが昨日も大活躍だったと旦那に報告した。
「美香ちゃんが来てから、うちの妻は獅子団の中継を欠かさず見てるんだよ。まるで君の応援団のようだよ」
場長がそう言ってケラケラ笑うと、土井さんは今のうちに著名を頼んでおいた方が良いと言って笑った。
「ところで美香ちゃんとは」、そこまで場長が言った所で扉が開き、美香が珈琲を持ってやってきた。珈琲を配り終えると、美香は荒木の隣の席に腰かけ、どうかしたのとたずねた。
「実はこの間、最終戦の入場券を渡し忘れちゃってね。本当はもう少し貰って来たかったんだけど、売れ行きが良いからって五枚しかもらえなかった」
そう言うと荒木は胸のポケットから最終戦の入場券を取り出した。
入場券を受け取ると、美香は宝石でも受け取ったかのように嬉しそうな顔をし入場券を胸に抱いた。
そんな美香を土井さん夫妻が温かく見守っている。
「昨日直接対決に勝ったから、もしかしたら優勝できるかもしれないんだよ。だから皆で応援に来て欲しいんだ」
絶対に行くねと言って美香は土井夫妻を見た。土井夫妻も自分たちも応援に駆け付けると嬉しそうに言った。
「雅史君、最終戦、頑張ってね」
帰り際に美香に声をかけられた。
良い雰囲気ではあるのだが、後ろに土井夫妻が見守っている。荒木は恥ずかしがって、拳を握って美香に見せた。
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