第58話 桜井の奮闘
先発選手が球場内に放送された。
獅子団の先発は、守衛が秦、後衛が小川、佐々木、中盤が笘篠、辻、桜井、先鋒が野口。
龍虎団の先発は、守衛が中尾、後衛が彦野、木村、中盤が藤王、尾上、先鋒が鹿島、山本。
二軍の優勝争いの最も重要な試合がこれから始まろうとしている。
恐らく、お互いが現状最良と思える選手を出してきたと思われる。
競技場に竜を入れた彦野選手が、獅子団の補欠席に座る荒木を一瞥し、少し嫌そうな顔をした。
試合開始の笛が鳴る。
龍虎団の鹿島選手の打ち出しで試合が開始となった。
前半戦、両軍はまるで狂乱状態にでもなっているかのように、ガンガン相手陣に攻め込んで行った。
先制点を奪おうと龍虎団は積極的に右翼から攻め込んで行った。
山本選手が後衛を振り切って竜杖を振り抜いたが、それは秦によって防がれた。だが弾いた球は篭の外に出ていってしまった。
それを彦野選手が打ち出し、見事に鹿島選手が篭に押し込んでしまった。
獅子団の打ち出しで再開となると、今度は笘篠がぐんぐん攻め上がっていく。
守備位置の関係で龍虎団は中央が手薄で、ある程度攻め込んだところで、やっと尾上選手が守備に入った。
だが笘篠はそれをかわし桜井へ。
桜井が一気に敵陣深くに切り込んでいく。
藤王選手が守備に入ろうとするのだが、桜井は竜を全速で追っており追いつけない。ある程度で中央に切り込み、竜杖を振りかぶった。
すんでのところで彦野選手に先に球を奪われてしまったのだが、その零れ球に野口が詰め寄った。
野口の振った竜杖によって、球は彦野選手の横を通り抜け、中尾選手の竜杖の下をくぐって篭へ飛び込んで行った。
龍虎団は今度は左翼から攻め上がった。
藤王選手が球を打ちながら攻め込んで行く。
桜井が守備にあたると、藤王選手は大きく右翼の尾上選手へと球を打ち出す。
笘篠と辻の二人掛かりで球を奪い、大きく球を打ちだし野口を走らせた。
だが、彦野選手によって先に奪われ、木村選手が大きく前方へと打ち出す。
それを笘篠と尾上選手が追う。先に追いついたのは尾上選手。尾上選手は球を前方へ大きく打ち出した。
鹿島選手と山本選手、そして小川と佐々木の四人が同時に球を追いかける。
圧倒的に山本選手の竜が速い。
山本選手が球を前方へと打ち出し、その球を追いかける。
山本選手の守備に入ろうとした小川の竜に鹿島選手が自分の竜を押し当てて移動を妨害。
山本選手の打った球が低い弾道を描いて篭に向かって行く。
秦も竜杖を伸ばしたのだが、手前で一度地面に付いてしまい、球の弾道が変わってしまった。跳ねて自分の方に軌道を変えた球に秦は対処ができず、篭に飛んで行ってしまった。
ここまで息もつかせぬ攻防で観客も大盛り上がりとなっている。
二対一で前半終了を迎えようという時に、ちょっとした事故が起こった。
桜井はここまで圧倒的な動きで野口の得点を演出してきており、さらに攻め込んで二点目を演出しようとしていた。そこに藤王選手が守備についた。
藤王選手は今年入団した選手で、最近になって二村選手から先発を奪った選手である。
決して竜を速く走らせられるわけではなく、守備が上手いわけでもないのだが、竜を操る技術が高く、竜杖の打ち出しの正確性を買われている。
藤王選手の守備は下手というより雑という感じだった。
この時も、桜井が竜を走らせるところに雑に竜を押し当てていた。
ただ、ここまでの桜井の制御で竜にも限界が来てしまっていたのだろう。桜井の竜が突然ガクンと前脚を折った。
桜井は竜から放り出される形になったのだった。
こういう場合、手綱を引いていれば、そこまで大事にはならない。
桜井も咄嗟に手綱を掴んだのだが、前に放り出される形で落竜した。悪い事にそこに倒れた竜が乗っかってしまったのだった。
桜井は失神し、そのまま救急車で運び出される事に。竜はその場で予後不良(=安楽死処分)となった。
急遽、鴻野が出場する事になった。
ただ、残り時間はほぼ無く、そのまま二対一で折り返す事になった。
「桜井はちょっと気負いすぎたな。気持ちは嬉しいけど、竜の負担も感じ取らないとな」
同じ苫小牧球団の佐々木が参ったという顔で言った。
どうしても自分の手で勝ちを決めたかったんだろうと笘篠が言うと、気持ちはわかると野口が微笑んだ。
「桜井の頑張りに後半答えてやろうじゃん! 俺も死ぬ気で篭を守ってやるよ!」
秦が守衛用の幅広の竜杖を握りしめて気合を入れた。
「そうだな! なんとしてでもこの試合勝とう!」
最年長の鴻野が鼓舞すると、選手たちは「おお!」と雄叫びをあげた。
後半戦を前に選手の交代が放送された。
獅子団は中盤の笘篠に代わり栗山、先鋒の野口に代わり荒木。
龍虎団は中盤の尾上に代え白井、そして藤王に代え仁村が入った。
龍虎団は、それまで後方で左右に位置取っていた中盤を前後に変更。
獅子団の選手たちの中に荒木を見つけ、彦野選手は出てきたかと呟いた。
一方で栗山も龍虎団の仁村を見て同様に、出てきたかと呟いた。
このまま逃げ切れれば龍虎団の優勝が決まるとあって、観客席は大いに沸いている。
荒木が後方の栗山に球を打ち出して後半戦が開始となった。
球を打ち出すと同時に、荒木は彦野選手に向かって全速で竜を走らせる。
球を受け取った栗山は、周囲がまだ試合開始の意識が薄いと感じるや、一気に前方へ大きく球を打ち出した。
球は彦野選手と荒木の頭上を越え、敵陣の奥に転がる。
荒木と彦野選手が全力で竜を追う。
だが、元々竜を追っていた荒木と、球を見てから追い出した彦野選手では初速に大きな違いが出ている。
一気に一竜身以上の差が付く。
マズイと思った木村選手も寄って来たのだが、全く追いつけない。
荒木は竜の速度を落とさずポンと前方へ球を打ち出し、それを追いかけた。
完璧な位置に球が転がっている。
荒木が竜杖を振りかぶる。
守衛の中尾は、竜の向き、荒木の姿勢から、向かって左方向に打って来ると読んだ。
荒木が竜杖を振り下ろした瞬間に左に飛ぶ。だが、どういうわけか球は逆方向に飛んで行った。
何とか踏みとどまり、逆方向に竜杖を伸ばそうとしたが、球はその竜杖の遥か先を飛んで行き、篭に吸い込まれて行った。
◇
中尾選手は悠々と自陣に帰る荒木の背を見て、そういえばこういう選手だったという事を思い出していた。
最後に対峙したのは荒木が大怪我をする前の試合である。
その時は少し離れた場所から変な打ち込み方をされて、球が落ちたように軌道が変化して全く反応できなかった。
ただ竜を走らせるのが速いだけでなく、そういう癖の強い竜杖の使い方をする選手だという事をすっかり忘れていた。
「これは手強い事になりそうだな……」
中尾選手は荒木を睨みつけて呟いた。
よろしければ、下の☆で応援いただけると嬉しいです。