第56話 渡辺が吠えた
両軍の先発選手が苫小牧の球場内に案内された。
獅子団の先発は、守衛が秦、後衛が小川、佐々木、中盤が笘篠、辻、桜井、先鋒が渡辺。
対する猛牛団は、守衛が木戸、後衛が岡田、北村、中盤が金村、先鋒が中西、吉井、池田。
両軍の選手が審判に次いで入場する。
猛牛団の選手たちはすでに優勝は無く、消化試合、もしくは来年に向けての調整のように若手を起用。
一方の獅子団は、どこか緊張して顔が強張っている。
小川が秦を後ろに乗せ、自分の守備位置へと向かって行く。
猛牛団も岡田選手が木戸選手を背に乗せ自分の守備位置へと向かって行った。
笛が吹かれ、審判が放り投げた球を渡辺が後方の笘篠に渡し、試合が開始された。
笘篠がゆっくりと攻め上がって行くと、そこに池田選手と金村選手が二人が掛かりで球を奪いに来た。
笘篠は最初に奪いに来た池田選手をかわし、桜井へ球を渡す。笘篠としても桜井がどの程度やれるのか見たかったのだろう。
桜井は正規選手としての初戦であり、最初から全力であった。中西選手が守備に来る前に大きく前に打ち出し竜を全速で走らせる。中西選手も追うのだが、桜井は更に球を前に打ち、ぐいぐい敵陣に攻め込んでいく。
だが、岡田選手も北村選手も動かない。
ならばと、桜井が一人で果敢に攻め込んでいく。そこでやっと岡田選手が守備に入った。
桜井は球を左前方に打ち、渡辺へ渡そうとした。だが残念ながら直前で岡田選手が竜を体当たりさせたため、空振りに終わってしまった。
零れ球は中西選手に奪われ、すぐに金村選手に渡された。
金村選手が前方に大きく打ち出し、それを池田選手が追う。小川と佐々木が並走して追いかける。
池田選手が追いつく寸前に小川が竜を寄せて球を後方に打った。
その球を笘篠が確保。笘篠は後方に小さく打ち、竜の向きを変えて追いかけ、金村選手が近寄って来る前に前方へ大きく打ち出す。
岡田選手と北村選手がそれを追いかける。だが渡辺の方が圧倒的に竜を追う速さは早い。渡辺は後衛二人を置き去りにし、球を前方へと打ち出す。さらにそれを全速で追かけた。
渡辺が竜杖を振り上げる。そこから綺麗な弧を描き竜杖が振り下ろされる。竜杖に打ち出された球が低い弾道となって篭へと飛んでいく。
守衛の木戸選手が竜杖を伸ばす。だが、球は伸ばされた竜杖のわずかに上をすり抜け篭の中へと飛び込んで行った。
「うぉぉお! 真っ直ぐ飛んだぞ!」
渡辺の雄叫びが競技場に響き渡った。
呆れ顔の辻と笘篠。
苦笑する岡田選手。
荒木たち補欠席は大爆笑。
「ちゃんと肘が伸びてましたね。そうとう練習したんでしょうね」
栗山が涙目で笑いながら言った。
鴻野が若干顔を引きつかせ、まあなと苦笑いした。
日野も若干呆れ顔である。
「俺と辻、笘篠も付き合って、夜遅くまでじっくりとやったからなあ。あれでもまともに打てないんなら、もう一軍昇格は諦めろって助言するよ」
鴻野は荒木の方を見て、ふっと鼻で笑った。
荒木が首を傾げる。
「荒木みたいな守備が壊滅的に下手ってのと違って、先鋒で竜杖の制御不可ってのは致命的だからな。早めに矯正できて良かったよ」
カッカッカと笑う鴻野に、荒木は抗議するような視線を向けた。
「鴻野さんそう言いますけどね、これでも俺、先輩たちにさんざん指導を受けて、かなり守備は上達したんですよ!」
そう荒木が反論すると、野口と大石が腹を抱えて笑い出した。
「おいおい、ほんとかよ。それで上達したんだったら、その前はいったいどんだけ酷かったんだよ」
同じ先鋒の野口に笑われ、荒木はぐうの音も出なかった。
栗山は入団してすぐに荒木の守備の下手さを見ているだけに、荒木に背を向け声を殺して笑った。
渡辺が一点を入れてから、試合は再度一進一退となった。
猛牛団の谷本監督としても、この展開はかなり想定外であった事だろう。
獅子団は中盤の三人の水準は高いが、後衛は平凡、先鋒はポンコツという評価を専門誌などでは下されている。
特に中盤の後ろ、笘篠、栗山の能力の高さは二軍六球団でも群を抜いている。
これは谷本監督だけでなく、日野監督自身が感じている事である。
大鯨団がやったように、右翼から左翼へと球を飛ばしてしまえば、笘篠を無効化できると考えていただろう。
その為に、先鋒を三枚にするという超攻撃的な布陣にしたと思われる。
ところが先鋒の一人中西選手が守備をさせられ続けている始末。
後半終了間際、再度桜井に球が渡った。
笘篠も中央で準備はしていたのだが、桜井は一人で一気に敵陣に切り込んで行った。
中西選手が懸命に追いかける。中西選手も竜を速く走らせる事にかけては自信がある。だが桜井も速い。そのせいで中々追いつけない。
やっと追いついたと思ったら、桜井は竜の向きを左斜めに変え、渡辺へと打ち出した。
渡辺と岡田選手が球を追う。
その時渡辺の目にちらりと桜井の姿が映った。渡辺に球を渡した後、桜井は一気に中央付近に切り込んで来ている。
渡辺は竜杖をわざと大振りし、岡田選手に守備をさせた。
岡田選手が竜杖を渡辺の竜杖に当てて打ち込みを防ぐ。
渡辺が打ち漏らした事で球が後方に零れる。その零れ球にいち早く駆けつけた桜井はそれを前方――左翼の辻の方に打ち出した。
辻が球に向かって突っ込んで来る。
北村選手が前から、吉井選手が後ろから辻を追う。
先に球に追いついた辻は竜杖を一気に振り抜いた。
球は低い弾道となって守衛の木戸の右方へと飛んでいく。
竜杖を伸ばす木戸。だがその少し手前で球が地面に落ち、ぽんと跳ねた。
木戸も竜杖を持ち上げたのだが、跳ねた球はその上を通り篭の中へ。
前半が終わり、控室に帰って来た選手たちはかなり興奮していた。
「俺、さっきの初得点やぞ。桜井君、さっき、よう俺の方に球渡せたよね!」
辻が同期の桜井の肩に手を回し、嬉しそうな顔をしている。
あの連携は凄かったと、笘篠も興奮気味に攻撃陣三人を囃した。
「一点目に渡辺君が点取った時から実は狙ってたんだよね。だけど、渡辺君もよく俺の意図に気付いてくれたよ!」
桜井はそう言って渡辺を褒めたのだが、鴻野は本気で空振りだったんじゃないのかと笑い出した。
「鴻野さん酷いっすよ。ちゃんと桜井君の事は見えてました。だから竜杖を振って、岡田を引きつけたんやないですか!」
むきになって抗議する渡辺を、鴻野はわかってると言って笑い飛ばした。
少し騒がしくなったところで日野がパンパンと手を叩いた。
「前半は良い感じだったぞ! 後半もこの調子で頼む。交代はとりあえず笘篠と栗山だけで行く。さっきみたいな良い連携を期待するぞ」
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