第55話 残り三戦
翌週、今年最後の合同練習があった。
今回は荒木たちも呼ばれている。つまりはここに来て選手の入れ替えがあるという事である。
前回の大鯨団戦を見て、多くの選手は交代されるのは広瀬だと感じていた。
見付球団から呼ばれたのは高野、荒井、池山の三人。他にも数人選ばれているが、全員中盤の選手。
翌日の正規選手との練習の後で日野から最終的な発表があった。最後の三試合、正規選手として残ったのは苫小牧球団の桜井という選手であった。
「荒井も毎回呼ばれはするんだけどなあ。最終の選考で毎回駄目なんだよな。桜井と荒井ならほとんど差が無いような気はするんだけどな」
正規選手の練習の後、いつもの居酒屋『雪うさぎ』で飲み会となり、気落ちしている荒井を秦が慰めた。
「広瀬が思った以上にダメだったけど、それでも地元の苫小牧球団を優先したってとこじゃないの? 竜を操る技術だけならどう考えても荒井の方が上だろうし」
小川も麦酒を飲みながら、荒井を慰めた。
実際のところ、これで荒井が呼ばれても、竜がいないという恥ずかしい懐事情を曝け出すだけだったから、良かったと言えば良かったのかもしれない。
荒木が怪我をした時の竜は、その場で予後不良(=殺処分)となってしまい、急遽竜を一頭購入する事になった。だが残念ながら、まだ試合で使えるまでには調教が進んでいない。
そんな話を伊東がすると、それは本当に恥ずかしいと言って池山が大笑いした。大笑いした池山を、伊東が笑い事じゃないと指摘。
「しかし、残りは猛牛団、龍虎団、襲鷹団の三戦か。キツイ三連戦ですね。日野さんの目論見はわかりますよ。辻、渡辺、桜井の快速三人組で速攻をかけたいんですよね。猛牛団は守備の足が遅いから何とかなるかもですけど、他はどうなんでしょうね」
栗山がそう冷静に指摘した。
次戦の猛牛団は契約年数ギリギリで、来年から一軍昇格が決まっている西府球団の岡田選手を中心選手としている。
監督の谷本は、一軍からの昇格の話を保留にして岡田選手に二軍に止まってもらっているらしい。元々猛牛団の母体は西府球団で、猛牛団が惨敗しないためにと監督自らが頼み込んでいるのだとか。一軍としても、二軍で不動の中心選手として経験が積めれば、それは良い育成になると考えてくれているらしい。
岡田選手と北村選手は共に守備が固く、六球団中で猛牛団の失点は最小。しかも三年連続で最小失点を誇っている。
ところが、夏頃の獅子団との試合で思わぬ弱点が露呈した。それが荒木に手も足も出なかったという試合であった。
そこから大鯨団は大門という快速自慢の選手を入れ猛牛団に勝利しているし、龍虎団も山本という快速自慢の先鋒を投入して勝利している。
そんな事情で、夏まで好調だった猛牛団は今一気に調子を崩している。
「確かに猛牛団戦は渡辺でも何とかなるかもな。だけど龍虎団は彦野がいるから、渡辺がよっぽど覚醒しない事には荒木頼みになるだろうな」
小川も麦酒で顔を赤くしながらも冷静に分析している。
あの宇宙開発の渡辺が、どこまで矯正できるのやらと伊東も呆れ顔である。
「宇宙開発の原因は先日栗山が指摘してましたからね。先日の合同練習でも指導者の人が大声張り上げて指導してましたし、多少はマシになったかもしれないですよ」
荒木が銀杏の串焼きを一粒口に入れて言うと、そう言えば居残りで太宰府球団の指導者が大声張り上げてたと一同が大爆笑となった。
「ですけど、ああいう癖みたいなのって、なかなか治らないですからねえ。荒木さんがいつまでたっても守備が下手なように」
栗山が真顔で荒木に言うと、荒木は最後の一言は余計だと不貞腐れた顔をした。
その顔を見て一同は大爆笑であった。
翌日、荒木たちは竜運車を運転し、猛牛団の本拠地である旭川へと向かった。
途中、美瑛で昼食を取っていると、同じ食堂に苫小牧球団の佐々木と桜井がやってきた。
「お、見付球団の皆さんじゃないですか! これ、今回から入る桜井、よろしくね」
佐々木が隣にいる桜井を紹介した。桜井がぺこりとお辞儀する。
佐々木は小川と共に現在不動の後衛として定着している選手で、竜杖球の選手としては背が高く四肢が長い。
小川が竜での体当たりを得意としているのに対し、佐々木は長い腕を活かして相手選手の竜杖を封じるのを得意としている。
監督の日野が方針変更したせいで、今年の二軍開幕からここまで残っている選手はたった二人しかない。一人は鴻野、もう一人がこの佐々木である。
一時広沢が入って先発を外れた。その後広沢が中盤に転向してからは小川に先発を譲っていた。
だが蓬莱と広沢が一軍に昇格となると、そこから再度後衛の先発で定着した。
「佐々木君は来年も二軍? それとも今年一杯?」
秦が炒飯を食べながらたずねた。
秦は佐々木と同期で、これまでずっと獅子団で共に練習してきた。さすがに四年も一緒にやってくるとその辺りは嫌でも気になる。
「今年一杯って聞いてるけど、どうなんだろう? この時期になってもまだ話無いんだよね。秦君は?」
佐々木と桜井は、荒木たちの隣の席に座ってお品書きを見ながら秦にたずねた。
「うちも決まってるのは荒木だけだよ。俺もこの時期で何もお声掛かりが無いって事は……まあお察しなんだろうな」
五年目で正規選手に残留だったら、中心選手だと桜井が笑い出した。
「そうだな。鴻野さんが今年一杯で昇格だろうから、桜井は良い時に正規選手に選ばれたのかもしれんな。どうなんだ? 広瀬はちょっとアレだったけど、お前はやれる自信あるの?」
秦の問いかけに桜井は非常に返答に困ってしまった。
そんな桜井を見て佐々木は笑い出した。
「そんな事言うけど、広瀬だって悪くないんだぜ。起用の問題なんだよ。あいつは元々笘篠や栗山の守備位置の選手なんだもん。というかこれまでそこしかやってこなかった選手なんだよ。頭が固くて融通が効かなかったんだよ」
佐々木の話を聞いて、そういえば広沢も元々後衛の選手だったのに中盤をやらされていた事を荒木は思い出した。
自分は先鋒以外できないと諦めているのか先鋒以外をやれと言って来ないが、日野という監督は複数の守備位置を要望する監督であるらしい。
「俺は中盤ならどこでもやれますから、広瀬さんみたいにあっさり切られる事は無い……と思いたいですね。それよりも残り三戦の為に呼ばれたんですからね。特別気合いが入りますよね。優勝したいですもん」
『優勝』という単語を桜井が出した事で、荒木たちの手がぴたりと止まった。
過去に獅子団は一度だけしか優勝していない。優勝一回は二軍六球団の中では昇鯉団と共に最も少ない。
その獅子団が現在優勝争いをしている。そう考えると思わず気分が高揚する。
「頼んだぜ、桜井! お前の活躍に色々とかかってるからな」
小川がそう声をかけると、桜井は親指を立てて嬉しそうな顔で微笑んだ。
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