第52話 復帰戦勝利!
荒木が球を後方に下げて後半戦が開始となった。
栗山が球をコツコツと打ちながらじっくりと敵陣に向かって行く。
後半から襲鷹団も選手の交代をしており、岸川選手と山内選手が下がり、斉藤選手と槇原選手が入っている。両選手共に先鋒の選手であるため、先鋒三枚、中盤が川相選手一枚だけというかなり攻撃的な布陣となっている。
栗山に先鋒の水野選手が張り付く。
だが栗山の方が操竜が巧みで、水野選手は中々球を奪う事ができずにいる。
ある程度攻め上がったところで、栗山は後方の小川に球を戻した。
その小川に槇原選手が張り付きに行く。
だが、小川は槇原選手が来る前に、大きく球を前方へと打ち出した。
それに合わせ辻が球を拾いに行き、すぐに大きく前方、荒木のいる先へと打ち出した。
荒木が竜を走らせる。
畠山選手と佐々木選手が必死に追いかけるも、荒木との差は開く一方。川相選手も焦って戻って来るのだが、全く追いつけない。
一度前に球を打ち出し、荒木はさらに全速力で追いかけた。
もはや立ちはだかるは守衛の村田選手のみ。
荒木が竜杖を振りぬくと、球は地を這うような低弾道で篭の右隅に飛んで行った。
村田選手からしたら、実に嫌なところに打ち込まれたと感じたであろう。だが、この感じでは篭の梁に当たってしまうようにも見える。
実際球は篭の梁に当たった。だが、跳ね返って篭に飛び込んでしまった。
「どうや、怪我の方は? 全力でやれそうなの?」
いきなりの全速力での追い出しを見て、心配して鴻野が竜を寄せてきてたずねた。
「少し胸に違和感はありますけど、傷みとかは無いですね。全力でやれそうっす」
どうやら大丈夫そうだと判断した鴻野は、荒木に親指を上げて見せて自分の守備位置へと戻って行った。
後半始まって早々に同点に追いつかれ、襲鷹団は焦った。その焦りが連携を悪くした。
川相選手が水野選手に送った球が大きく右に逸れる。それを小川と槇原選手が一斉に追う。槇原選手の方が少しだけ早く追いついたのだが、すぐに小川に奪われ、球は後方へ。
その球を辻が拾い、大きく敵陣方向へ打ち出した。
荒木から見ると、左前方に大きく球は逸れている。
だが、後衛の二人よりも荒木の竜の方が各段に早く、先に追いつき中央に折り返す。
そこに鴻野と川相選手が突っ込んで来た。
川相選手の方が先に球に追いつき、後ろ向きで獅子団の陣に球を打ち出す。ところが川相選手が振り返って敵陣の方を見た時には球はどこにもなかった。
川相選手が打ち出した球は栗山が確保し、大きく前方へと打ち出されていた。
それを荒木が追い、篭に向かって打ち込む。
球は村田選手が構えた方とは逆の方向に飛んでいき、篭に吸い込まれてしまった。
あっという間の逆転劇に、襲鷹団の面々に諦めの色が見え始める。
一方の獅子団は一気に士気が上がる。
観客席は荒木の復活劇を目の前で見れて非常に盛り上がっている。
畠山選手と佐々木選手は、事前の打ち合わせで荒木選手の話を聞いてはいた。
まるで人竜が一体となって駆けていく感じで、竜杖球というより、まるで競竜を間近で見ているよう。
そういう竜を速く走らせられる選手はそれなりにいる。大鯨団の高木選手なんかもその類の選手である。
ただ、そういう選手は得てして竜杖の制御を苦手としている。高木選手も球を打つ時には竜を大きく減速させる。
だが、荒木は竜をほとんど減速させない。その速度のまま竜杖を振り、球を打ち込んで来る。そのせいで打球に竜の駆ける速さが乗る。
だから後衛はなかなか追いつけないし、守衛も反応しづらい。
想像以上。それが畠山選手と佐々木選手が感じた事であった。
後半三十四分、三点目を叩き込んだところで、大事を取って荒木は交代した。
その後、襲鷹団は槇原選手が一点を返したが、三対二で獅子団が勝利。
「おい、みんな聞いてくれ! 龍虎団が大鯨団に引き分けたぞ!」
試合が終わって控室に戻った選手たちに、球団の職員が駆けつけてきて報告した。
その報に選手たちは一斉に雄叫びをあげた。
現在、龍虎団と獅子団の勝ち点差は六点。首位の龍虎団は完全に逃げ切り体勢であった。
だが、今回獅子団が勝ち、龍虎団が引き分けた事で、勝ち点差は四まで縮まった。
勝ち点は勝ったら三点、引き分けが一点で計算される。
残りまだ五試合ある。
ただ現状では、両軍が全勝でいったとして、直接対決で獅子団が勝ったとしても、まだ勝ち点は龍虎団の方が一点多い。
だが、決して手の届かない勝ち点差では無くなった。
「残り五戦! 一つも落とさずに行こう! 絶対に向こうは落ちて来る。それを信じて残り五戦を勝ち抜くぞ!」
日野の檄に選手たちは大興奮となった。
翌週、今度は苫小牧に戻って昇鯉団となった。
最下位の昇鯉団相手では荒木は出場機会が無く、渡辺が一点、野口が一点を取って二対〇で勝利。
その試合の翌日、本社から荒木に一軍指導者の神部から連絡が入った。
昨日の試合に出なかったようだが体調の問題かと聞かれた。復帰して二戦目でいきなりの欠場である。そう心配されるのも無理はない。
そうではなく残りの四戦に集中するための休養だと回答すると、神部は安堵していた。
そこで神部の口から、来年の一軍昇格が正式に決まったという報告を受けたのだった。
大鯨団との一戦の為に、獅子団は北府へと向かった。
「秋から出てきた銚子って中盤と星野って先鋒が大鯨団の雰囲気を変えたんだよ。これまで高木くらいしか得点を演出できる選手がいなかったのに、その二人が入ってから露骨に得点力が上がったんだ」
北府の宿泊所近くの居酒屋で荒木たちは酒を飲みながら次戦の大鯨団の情報共有をしていた。
特に荒木はかなり以前の情報までしかない。小川の情報は非常にありがたかった。
「あの秋から出てきた大門って新人の先鋒もやるよな。あの球団はこれまで右田しかまともに点取れる奴がいなかったから、急に得点力が上がったような気がするわ」
秦がニシン漬を口にしながら言うと、栗山は、星野より大門の方が嫌だと言って麦酒を喉に流し込んだ。
「星野と大門って同期なんですけど、真逆の選手なんですよね。星野は竜を細かく制御して走らせる技巧型で、大門は荒木さんと同じく速攻型なんですよ。あの高木さんと大門の二人の速度に対応するのがほんとしんどくて」
問題は星野が中盤もやれるので、その三人がいっぺんに出てくる事がある点。
前節の龍虎団も二対〇で勝っていた所に星野を投入され、あっという間に同点に追いつかれてしまった。
「あの星野ってのが、ゆるゆる竜を走らせているようで、ここぞってところで顔を出してくるんだよな。俺が球を前に弾くと、絶対にその場所にいやがるんだよ」
秦は心底嫌そうな顔で麦酒を飲んだ。
前回は辛うじて勝てたけど、それは大門がいなかっただけで、大門が打ってそれを星野が押し込むようなら、防ぎ切れる気がしないと渋い顔をした。
「あの星野は後衛泣かせなんだよ。荒木みたいに突っ込んでいく奴はある意味動きが読みやすい。だけど、あの星野はそうじゃないからな。大丈夫だろうと思っていると一番危険な所にいるんだよ」
小川がため息をつくと、秦と栗山もため息を付いた。そんな三人に守備はどうなのかと荒木がたずねた。
「例の南牟礼ってのががっちりと防衛線を構築しやがる。ただ鴻野さんの話だと、そこまで強化されたような気はしないって言ってたかな」
次戦は点の取り合いになるかもしれない。四人はそう言い合って麦酒を喉に流した。
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