第11話 北国に来た
「ねえねえ、数札やろうよ! 北国に着くまで結構飛行機時間あるからさ。ね、一緒に遊ぼ!」
北国へ合宿に向かう飛行機の中で広岡先生は隣に座った浜崎先輩や伊藤先輩に誘いをかけていた。
伊藤先輩はぶっきらぼうに、小学生じゃあるまいしと言って拒絶。川村先輩は負けたら脱ぐならやってやると言って寝たふりをした。浜崎先輩もうるさいから大人しく寝ててくれと邪険に扱った。
そんな三人に広岡は拗ねて頬を膨らました。だが気を取り直し、数札を鞄にしまうと花札を取り出し、これで遊ぼうと言い出した。浜崎、伊藤、川村は完全に広岡を無視し、寝たふりを決め込んだ。
「ねえねえ、遊ぼうよ! そんな寝たふりなんてしないでさ。 そうだ、もし一番になったら向こうでお菓子買ってあげる、どう?」
すると、一緒に引率で付いてきた川上教頭がぬっと椅子から立ち上がり、広岡を睨んで花札を取り上げた。恐らく飛行機に乗ってから我慢をし続けていたのだろう。額に青筋を立てて精一杯の作り笑顔を広岡に向けている。
「先生、事前にちゃんと言いましたよね? 羽目を外さないでくださいよって。何でこんな花札なんて持ってきてるんですか? いったい生徒たちと向こうで何をするつもりだったんですか? 合宿じゃなかったんですか?」
教頭に本気の説教をかまされ、そこから広岡はしゅんとしてしまったのだった。
――荒木たちの住む瑞穂皇国はいわゆる連邦制を採用しており、大きく四つの国から成り立っている。北東から順に、北国、東国、西国、南国。それぞれの中心都市のことは国府といい、それぞれ北府、幕府、西府、南府となっている。
皇国としての首都は西国の皇都。皇都には天皇陛下が鎮座する御所がある。
連合議会という皇国としての国会が皇都にはあるのだがその規模は極めて小さい。議会は二院制ではあるのだが、衆議院と呼ばれる議会に代議士が数十人いるだけ。その議員たちよりも元老院と呼ばれる全国各地の郡知事の意向の方が強く反映される仕組みとなっている。ちなみに荒木たちの住む掛塚町は、東国でもかなり西国に近い三遠郡という郡である。
国の事は国でというのがこの皇国の基本的な考え方となっている。その為、総理大臣はいるのだが、それと同程度に各国の総督の権力が大きくなっている。
皇国としての憲法は実に簡素なもので、小学生でも高学年なら理解できそうなほど大雑把な事しか書いていない。これは皇国憲法が発布された際、国民一人一人に関わる憲法が小難しく書いてあったらどう行動して良いかわからないという意見があったためである。
瑞穂皇国は最初は東国と西国のある列島から始まっている。
そこに巨大な政権が君臨していた。
だが度重なる災害に中央政府だけでは中々対処が困難となった。
そこで風土の違いによって国内を細分化。
今の『郡』の元ができあがった。
その後、現在の常磐郡で荘園警護をしていた『武士』と言われる者たちが中央政府からの独立を目指して武装蜂起。中央政府は皇都周辺の武士を派遣してこれを鎮圧。ところが今度はその派遣した武士たちが関東を中心に勢力を広げていってしまった。
中央政府は再度武士を派遣したのだが討伐に失敗。武士の集団は皇国の東半分を領する大勢力へと成長してしまった。
だが中央政府も黙ってはいない。密かに西国の武士たちを地位や名誉によって抱き込んで行った。準備が万端整ったところで陰謀を巡らせ、東国の武士たちに皇都へ攻め上るように仕向けた。
皇都南部で宇治川を挟んで両軍は激突。この戦いに勝利した中央政府は、正式に東国を武士に委任統治させる事で和解したのだった。
そこから東国と西国は歴史上何度もぶつかっているが、いずれも最終的には西国の辛勝で幕を下ろしている。
西国と東国が互いに切磋琢磨しあうという状況は、時に一触即発、時に激戦という事態も招くのだが、何も悪い面ばかりではない。その競争心というものは、皇国を富国強兵に強く向かわせる事になった。その結果として、西国はその海軍力によって南国を、東国は陸軍力によって北国をそれぞれ領有していく事になる。
だが北国にしても南国にしても、徐々に生活基盤が整って行くと文化の違いから西国や東国からの支配を嫌うようになっていた。西国や東国のように自分たちも自治権が欲しいと思うようになっていった。
最終的に独立をちらつかされ、それぞれ北国、南国という形で自治権を認められ、皇国は四つの国の連合皇国となって現在に至っている――
北国室蘭郡の郡府室蘭市にある室蘭空港に降り立った竜杖球部の面々と引率の広岡、川上は、そこから北西に少し行った伊達町というところに向かった。
瑞穂の競竜は『会派』と呼ばれる竜主集団によって運営されている。会派は大小さまざま全部で二四ある。この伊達町は、その会派の中の『薄雪会』という会派の生産拠点となっている。
昨今会派は合従の動きが盛んで、それまであった巨大な会派連合『稲妻牧場系』に対抗するために、いくつかの会派で業務提携が頻繁に行われている。
薄雪会は、『双竜会』『清流会』『雪柳会』『日章会』と共に『牧場連合系』という連合を組んでいる。
一時は衰退の一途であった薄雪会であるが、最近になって会長が代替わりし、さらに有能な調教師が現れ勢いを盛り返している。そのせいで提携している牧場もここ数年非常に忙しくなってきている。
そんな背景から、広岡の先輩は周囲の牧場と相談して福田水産高校の竜杖球部を受け入れるという話をしてくれたのだった。
荒木たちは輸送車に揺られ、北国特有ののどかな風景を見ながら揺られに揺られて伊達町に到着した。伊達町は洞爺湖で有名な洞爺町のすぐ東の町である。
会派の生産拠点という事で当然最も盛んであるのは牧畜業なのだが、町のすぐ南は内浦湾という海であり、水産業も非常に盛んである。また、赤茄子、甘藍、唐黍といった野菜の栽培も盛んでる。さらには温泉も湧いている。
荒木たちを乗せた輸送車は町の北の外れ、牧場に囲まれた中にぽつんと建つ民宿の前で停車した。門と庭は広いが、いったいいつ建ったのかおよそ見当もつかない木造の二階建て。壁板は薄い横板が段々になって打ち付けてあり、玄関は木の引き戸。硝子窓で明り取りができるようになってはいるが、かなり年代物の硝子窓で開けたら外れてしまうんではないかと懸念されるような代物である。門には民宿の名前だろうか『安達荘』という木の看板がかけられている。
「えらいボロっすね……」
石牧がそう感想を漏らすと、浜崎が思っても口に出すなと注意した。だが宮田から、それはお前もそう思ってるって事じゃないかと笑いながら指摘され、浜崎は思ってないとは言っていないと言って笑い出した。
「これは本当に竜を絞めて食べないといけないかもなあ……」
川村が何かを諦めたような口調で言うと、広岡がそれだけは勘弁してと懇願した。川上も宿泊所が古いと聞いてはいたが予想の遥か上をいく代物に思わず絶句であった。
どうやら輸送車の停止する音が聞こえたようで、建物の中から民宿の主人と奥さんが現れた。
「ふくだ水産高校の皆さん、ようこそお出でくださいました」
そう言って奥さんはぺこりと会釈した。すると間髪入れずに広岡が『ふくで』ですと指摘。奥さんは私たちの聞き間違いだったでしょうかと少し困惑した顔で夫を見た。
「恐らく漢字を聞いて聞き間違えたと思ってしまったのではないですか? うちは『福田』と書いて『ふくで』って読むんですよ」
川上が丁寧な口調で説明すると、民宿の奥さんはそれは大変失礼をいたしましたと言って頭を下げた。川上がこれから暫くお世話になりますと挨拶すると、部長の浜崎がそれ続いてよろしくお願いいたしますと挨拶、さらに残りの部員がよろしくお願いしますと元気よく挨拶した。
その後部員たちは民宿の大部屋へと案内されたのだった。
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