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第44話 合宿最終日

 漕艇が終わり、旅館に戻ると神部は荒木の胸部の状態を触診した。

 多少熱を持ってはいるものの、気にする程度ではないと判断したらしい。明日からもう少し調子を上げていっても大丈夫だろうと言ってくれた。



「ところで一軍の方はどうなのですか? 広沢さんが行って」


 温泉に浸かりながら、そう荒木がたずねた。

 成績だけ見れば鳴かず飛ばずな事に変わりは無い。問題はそれ以外の何かがあるかという事である。


「そうだなあ。彼が来てから、雰囲気が明るくなったよ。勝敗は球団の常ではあるんだけど、以前に比べて、負けてもそれを引きずらなくなった気がするな。良い意味で吹っ切れてる」


 だからといって、反省をしていないというわけではない。悪かったところはちゃんと次の試合では皆修正してくる。

 まだ成績に結びつくところまでいってはいないが、今後必ず良い方向に向いて来るだろうと感じている。

 良い雰囲気作りというのは永遠の課題と神部は微笑んだ。


「二軍の試合に出るようになって、一軍の試合って見れなくなっちゃったんですけど、何がそんなに足りないんですか? 選手全体を通して見ても成熟していて十分通用するように思うのですけど」


 荒木の指摘に、神部は腕を組んで考え込んだ。

 荒木の指摘に対する答えは非常に難しい。そもそもそれがわかるのならば、今のように成績は低迷していないのだ。


「俺は、中盤の支配力みたいなのが弱い気がしてるんだよな。広沢にはそこを期待したんだけど、どうにもあいつは守備の方に気が行き過ぎててなあ。荒井、栗山、池山の三人が育ってくれればなあ」


 中盤が弱いというのは荒木たちも開幕戦を見て感じた事である。

 確かに守備は鉄壁に近い。だが、その守備した球が先鋒までなかなか届かないのだ。


「中盤の選手を外国人で取ってましたよね? 全然名前聞かないんですけど、どうしちゃったんですか?」


 確か名前はロベルト・パウとかいう名前。瓢箪大陸の南部、マラジョ連邦の選手だという話であった。

 マラジョ連邦は竜杖球の盛んな国の一つで、瑞穂で竜杖球の職業戦が始まった後、何人もの選手が『助っ人』としてやってきている。


「お前が言ってるのってもしかしてパウの事か? あんなのは開幕の月に帰っちまったよ。単身でやってきて、給料先渡しでよこせって言ってきて、金もらったらすぐに、家族が恋しくなったとか言って逃げやがったよ」


 外国人の給料は、契約金は前払いだが、それ以降は毎月分割で支払う事になっている。

 ところがパウは来てすぐに通帳を見せ、満額を先に払えと言ってきた。それが国際的な常識だからと言って。払わなければ友人に言って、瑞穂で詐欺にあったと言いふらしてやると脅され、渋々入金したらそれである。


 当然試合なんて一試合も出ていない。移籍元の球団に金を返せと苦情を入れたのだが、金銭の問題は当人同士でやってくれ、それが国際的な常識だと言われてしまった。

 球団の法務部はこの件を国際弁護士に相談。すると、この一件の中で、相手の球団が言っている事だけが国際的な常識という回答だった。

 非常識な事を言ってきたパウは論外なのだが、金を支払ってしまった見付球団も非常識すぎる。国際競技裁判所に提訴しても良いが、裁判官の買収金額を考えれば割に合わないと説明された。

 結局、渋々今回の件は諦める事になってしまったのだった。


「はあ? 誰もそれが国際的な常識なのかどうか確認しなかったんですか? だって外国人への支払いってうちらとは比較にならない超高額な報酬ですよね? 普通はもっと慎重になりませんか?」


 荒木の言う事はもっともだろう。

 だが、外国人の扱いは難しいんだと神部は説明した。


 昔から外国人は瑞穂に来て競技をしている。竜杖球よりも歴史の古い球技はたくさんあり、そのどれもが昔から外国人を助っ人として雇っている。良い活躍をする選手もいれば、そうじゃない選手もいる。


 当然球団としても活躍しない選手に大金など支払いたくない。当時、どこの球技でも契約金は大金を用意するが年俸は控えめな金額であった。

 ところがある時、とある野球の球団で活躍をした選手が、活躍に見合った年俸が貰えなかったと言って国際競技裁判所に訴え出た。

 国際競技裁判所は契約書の小さな不備を見つけ、その選手の訴えを全面的に認め、不足分の支払いを球団に命じた。


 その事が話題となり、それから瑞穂で競技をしている外国人が一斉に年俸について不満を訴えた。それが海外の報道によって全世界に向けて拡散される事になってしまったのだった。


 ただ瑞穂の報道は海外の報道に疎く、海外で報道されていたのは『契約書に不備があった』という部分であった。

 ところが瑞穂の報道は『金銭が国際標準ではない』と報道してしまった。自国の報道を信じ、どの球団も外国人選手の年俸を引き上げた。

 すると海外の報道は『金で黙らせる下品なやり方』だと非難。しかし、それについて瑞穂の報道は一切報道しなかった。


 この一連の話は国際弁護士たちであれば誰でも知っている。ただ球団の法務部程度ではわからないのだ。

 ところが、瑞穂に来る外国人は、こういう瑞穂が国際常識に疎い事を知っているし、国際機関が瑞穂に対し差別的な態度を取っている事も知っている。だからこういう詐欺を平気で働いてくる。


「俺はさ、最近思うんだよ。あんな詐欺師みたいな連中を雇うくらいなら、自球団の選手をちゃんと鍛えた方が良いんじゃないかって」


 ちと長湯してしまったと言って神部は湯からあがった。

 浴衣を着た後で、球団内ではパウの名前は禁句だから、間違っても口の端に上らせたりするなと言って笑った。



 翌日から徐々に漕艇の櫂に力を込めていった。

 さすがに痛いという事はないのだが、動かすたびにむず痒い感触がある。だが力を入れたり早く動かしたりしても、その感触に変化がない事がわかると、徐々にだが激しく動かせるようになっていった。

 毎日神部は荒木の胸部の状態を確認しているが、特に止めるような事はしていない。



 こうして予定の三十日間が過ぎた。

 これだけ動いても問題が無いのだから、恐らくは検査の方もまず問題はないであろう。

 竜に乗る許可が下りたら、後は復帰に向けて最終調整をするだけ。それについても牧場での練習となるし、今の筋力がついた状況であれば、以前の感覚を取り戻すまでそこまで時間はかからないであろうと神部は嬉しそうに言った。


 夕食の時間になって神部は、二人だけだが慰労会をやろうじゃないかと言い出したのだった。今日まで克己的に頑張ってきたのだから、最終日くらいは羽目を外そうじゃないかと。

 良いですねと乗ってきた荒木に神部は、球団には内緒だぞと言って大笑いした。


 お酒とつまみを用意してもらうと、何かが足りないと言って芸子を呼んでくれと依頼。


「やっぱお姉ちゃんにお酌してもらいたいもんな。荒木、多少のおさわりは良いけど、それ以上は駄目だからな。風俗じゃねえんだから」


 そう言って神部はげらげらと笑い出した。

 神部さんじゃあるまいしと言って、荒木もげらげらと笑った。


 しばらく二人でああでもないこうでもないと喋っていると、襖の向こうから、お邪魔いたしますという声がする。

 どうぞと神部が言うと、すっと音を立てて襖が開く。


 そこには二人の女性が正座して頭を下げていた。

 二人とも髪を高く結っている。服装は荒木たちと同じ浴衣姿。


 二人が同時に頭を上げる。 


 一人はそれなりに年齢の高そうな人物で、恐らくはこちらが主なのだろう。

 もう一人は明らかに若い。

 その若い方の女性が頭を上げてすぐに何かに気付きまた頭を下げてしまった。


「こちらの娘はまだこの仕事に入ったばかりで、粗相もあるかとは思いますけど、若さに免じて目を瞑ってあげてくださいね」


 そう言って年上の方の女性が神部に向かって頭を下げた。

 隣の若い女性は小刻みに体を震わせている。


「え?、何で……」

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