表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/281

第10話 北国に行こう

 送球部に合流し二週間もすると、それなりに練習に慣れてくる。竜杖球部でもかなり運動神経の良い荒木、宮田と、それなりに運動神経の良い三年生の浜崎、伊藤、二年生の戸狩は早くも送球部に混ざって試合形式の練習に参加している。

 さすがに守備や連携といった練習量に技術が左右される部分では全く及びもつかないが、攻撃参加や速攻のような判断と感性が発揮される部分では全く劣っていない。


 送球部の三年生の部員からは大会で荒木を貸して欲しいなどと言い出している。

 そんな中、練習中に顧問の広岡先生が現れた。送球部の顧問である別当先生はとうに来ていたのだから、そう考えると広岡はずいぶんとゆっくりであった。


 体育館に現れた広岡は別当と何やらごにょごにょと話し合っており、時折笑い合っている。何をそんなに盛り上がっているのか知らないが、随分と楽しそうに話し込んでいる。

 別当先生は五十代くらいの先生で、専攻は英語。髪は真っ白で、顔が英語教師にしては厳つい。体育教師と言われても知らない人は信じてしまいそうである。

 広岡とは親子ほど歳が離れており、広岡もどこか腰が低く、ぺこぺこと頭を下げながら笑っている。竜杖球部の部員たちからしたら、何をそんなに下手に出る必要があるのだろうと感じるが、それが社会人の世界というものなのだろう。


 練習が一区切りすると、竜杖球部の部員たちは広岡に呼ばれた。少し内緒の話があるからと、部員たちを体育館の用具室へ連れて行った。内緒の話もなにも、用具室から階段を少し上がると壇上であり外に会話は筒抜けだったりする。


 広岡は部員たちに、まあ座ってと言って床に座らせた。自分は壇上に上がる階段に腰かけている。今日の広岡は短めのスカートを身に付けており、正面に座った部員からしたら、広岡の太腿の奥が見えそうで見えないという実にもどかしい状況であっただろう。


「この中で、春休み用事のある人っている? 前に言っていた合宿の許可が下りそうなのよ。で、先方に人数を報告しないといけないのね。だから北国に行けないって人は事前に教えて欲しいの」


 広岡の発言に部員全員が耳を疑った。労働込みの合宿など絶対に許可なんて下りるとは思っていなかったし、ましてや生徒と顧問だけで北国へだなんて絶対に許可が下りるわけがないと思っていた。


 その前に色々と教えて欲しいと浜崎部長は広岡に申し出た。そもそも何で北国なのか。いったい何日くらい合宿をする予定なのか。それと自分たちは何の労働をさせられるのか。


「それはそうよね。何かしら決まるまではって、私何も言って無かったんだもんね。そうよね、みんな不安だよね」


 その言い方が馬鹿にされたと感じたらしく伊藤が舌打ち。三年生たちは露骨に不愉快という顔をする。広岡は顔を引きつらせごめんごめんと言って説明を続けた。


 実は学生時代の広岡の先輩が結婚して北国の牧場を継いでいるらしい。その先輩とは大学卒業後も何かとやり取りしているそうで、竜杖球部の顧問になった事を話すと、色々と相談に乗ってくれた。

 その話の一環で竜杖球部なのに竜に乗った事の無い子が半分もいるという話が出た。広岡の方はそれで終わっていた話であった。あわよくば近所の竜に乗れる場所を紹介してもらえたらくらいのことは考えていたが。

 ところが先輩の方は本気で心配してくれていたらしい。その後も近所の牧場でその話をしていて、春休み人手が足らない時に手助けをしてもらえるのなら、宿代と食費、交通費くらいは出すのにと言っているのだとか。


 四月といえば、競竜用の竜が一斉に羽化する時期である。牧場の牧夫たちは昼は竜の世話をしながら、夜は交代で羽化を見守るという事をしないといけない。毎年近所の学生たちを臨時で雇ったりして手伝ってもらっているのだが、その程度では足らないのだそうだ。

 もしも労働力として、体力作りの一環とでも考えて手伝いに来れるのであれば、竜杖球用の竜は貸すし、牧場を練習に使わせるし、騎乗も一から教えると先輩は言ってくれた。


「ようはあれか、人手が足らんから若い奴隷を連れて来いって言われたってことか。竜杖球うんぬんは建前で。よくそんなの学校が許したもんだな」


 宮田はどうにも乗り気ではないらしく、さっそく悪態をついた。すぐ宮田君はそういう事を言うんだからと広岡が拗ねたように言う。


「でもさ、北国よ? 北国にタダで行けるのよ? 魅力的だと思わない? 唐黍とうきびにさ羊肉に馬鈴薯ばれいしょ、美味しいものが一杯のところなのよ?」


 だが部員たちにはあまり響いていないように見える。中々北国なんて遊びに行けないのよと広岡は言うのだが、遊びじゃなくて働きに行くんだろと伊藤に指摘されてしまった。


「広岡ちゃんは良いよ、昔の男に会えて嬉しいだろうけどさ、俺たちは労働だぞ? それもタダ働きみたいなもんで。きょうび飯を食わせるから働きに来いって言われて喜ぶやつなんていねえよ!」


 藤井の指摘に、北国の先輩は女性ですとすぐに広岡は訂正した。だが川村からどうせ美味しい麦酒があるとでも言われたんだろと指摘されると、言葉を詰まらせてしまった。


「食事が出るったって何が出るかなんてわかんないぜ? 全員でお櫃一つかもしれんし。おかずだって沢庵だけなんて事だって十分考えられるぞ。なんせ広岡ちゃんが持ってくる話だもん」


 絶対何か落とし穴があるはずと伊藤に指摘されると、ついに広岡が怒り出した。腰かけていた木の階段をだんと叩くと、なんでそんなに私の事が信じられないのと怒鳴り出した。


「私こんなに一生懸命やってるんだよ? もっと一緒に盛り上がってくれたって良いじゃない! 私、みんなと一緒にわいわい北国に行けるって楽しみにしてたのに。酷いよ……」


 広岡は今にも泣き出しそうな顔で唇を噛んで俯いてしまった。さすがにやりすぎたと浜崎は感じたようだが、それでも伊藤は泣き落としかよと悪態をついた。杉田が何だか情緒が不安定だとぼそっと呟くと、戸狩がそういう日なんじゃないのと冷たく指摘。その二人のやり取りを、大久保と石牧が笑わないようにじっと堪えている。


「本当に旨いもんがたらふく食えるっていうんなら、感謝して先生を優しく抱きしめてあげるんですけどね。その辺の話ってのは、その先輩からは聞いてないんですか?」


 荒木がそうたずねると、広岡は心底嫌そうな顔をした。そんなに嫌そうにする事ないだろうと荒木に指摘され、広岡は自分の体を抱えてだってだってと嫌そうにする。そんな広岡に浜崎はどうなんだと再度たずねた。


「確かに先輩は育ち盛りの子たちでも持て余すくらいの焼肉が毎回食卓にのぼるとは言ってたわよ。だけど、今回の宿泊所がそうなのかどうかまでは正直……さすがにお櫃一つにたくわんって事は無いと思うけど……」


 どうにも煮え切らない広岡に伊藤がいらついて立ち上がった。パンと手を一叩きし、決めたと言った。


「俺は広岡ちゃんに付いて北国行くよ。もし飯が足りなかったら牧場にいる竜を絞めて夕飯にしちまえば良いさ。もし弁償って言われたら、俺たちは金が無いからって広岡ちゃんに払ってもらおうぜ」


 その決意に、広岡は顔を引きつらせて嘘でしょと呟いた。それならばと藤井が立ち、川村が立ち、宮田が立ち上がった。そんなの駄目と動揺する広岡を横目に、浜崎、荒木、戸狩、杉田と立ち上がって、最後に大久保と石牧も立ち上がった。


「そういう事だから、広岡ちゃん全員行けそうだから手続きとか色々よろしくね」


 そう言って浜崎が用具室から出て行った。戸狩が竜ってよく焼かないとお腹壊すらしいと言うと、伊藤がどんな味がするんだろうなと言って浜崎に続いて出て行った。その後ろから鶏肉に近いって聞いた事があると言って、藤井と川村が出て行った。


「先生、食い物の事、ちゃんと確認しておいた方が良いですよ。あの人たち、本当にやりますよ?」


 そう言い残し荒木が大久保、石牧と一緒に用具室を出て行った。


 残された広岡は一人無言で頭を抱えてうなだれた。

よろしければ、下の☆で応援いただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ