守りたいだけ
古ぼけた木造校舎の音楽室に子供達が集まっていた。押し黙ったまま、それとなく相手の顔色を窺う。
遅れてきたおさげの女子が男子達の方に不機嫌そうな顔を向けた。
「呼び出したのは誰よ」
「オレだけど」
大柄な男子が片手を挙げた。半袖から見える腕は小学生に思えないほど太く、腕っぷしの強さを誇示しているようだった。
改めて一同に目をやると丸刈りに近い頭を掻きながら言った。
「呼ばれた理由はわかっているよな」
女子だけにとどまらない。大柄な男子は鋭い目をその場の全員に向けた。本人にその意図がなくても十分すぎる程の威嚇となって誰もが口を噤んだ。視線を合わせないように下を向く者もいた。
「わかっているけど、やり方がわからないじゃない。どうすればいいのよ」
最後に現れた女子が代表となって大柄な男子に疑問をぶつけた。
「それをこれからみんなで考えるんだよ」
「……だって、怖いんだもん」
その呟きに全員の目が一人に集まる。おかっぱ頭は俯き加減で表情がはっきりしない。両脚を抱えた座り方で前後に揺れていた。
「なんでだよ」
「木本君は、その時いなかったからわからないんだよ。岡崎さんなら、わかるよね?」
話を振られたおさげの女子、岡崎は軽く頷いた。
「一緒に見たからね。ヘンなマスクをしていた。ホラー映画に出てきそうなヤツ」
「そう、それ。その人は土足で校舎の中を歩き回って、泥棒みたいに物を引っ張り出していたんだよ。そんな相手を木本君は、どうにかできると思うの?」
「オレ、見てないし。おまえらが大げさに怖がってるだけかもしれないだろ」
「……わたしも、見たことがあるんだけど」
壁際に立っていた女子が目を伏せた状態で口を開いた。
木本は劣勢の立場ながらも声を強めた。
「それもマスクなのかよ」
「マスクじゃないけど、ヘンな道具をいっぱい持ってた」
「もしかして見た目が黒板消しみたいな機械?」
小柄な男子が弱々しい笑みで訊いた。
「それかも。凄い嫌な音をさせて、わたしの方に近付いてきた。どこに逃げたらいいのかわからなくなって。気付いたら側にいて、機械を顔に押し付けようとしたから慌てて逃げたよ」
「あれって女性の悲鳴みたいな音だよね。ボクもあの音や強い光を浴びせられたことがあるから、その怖いって気持ちはよくわかるよ」
「だから、今度はオレ達があいつらを驚かして追い返せばいいんだろ」
興奮して小鼻を膨らませた木本に一人の男子が勢いよく立ち上がった。細身ながら背はかなり高く、大股で詰め寄った。
「俺はここにくる連中の話を隠れて聞いたことがある。こうなった原因はおまえにあるんだよな」
「なんでだよ。そんなわけあるかよ。オレだっておまえらと同じだぞ」
「最初にきた一人をおまえが脅したんだよな? それが噂になって今の状態になったんだ。違うなら反論してみろよ」
「……あの時のことは、よく覚えている。その、あれだ……逃げようとして転んだんだよ。その時のオレは少しビビッてたから。悪いかよ」
木本の弱々しい声がやけに大きく聞こえた。詰め寄った男子は、悪かった、とぽつりと口にした。
今まで話に参加しなかった者達が次々に声を上げた。
「みんなでやろう! できることの全てを使って!」
「追い返そうよ。できるよ、みんなが本気でやれば絶対できる!」
「そうだよ。みんなで頑張ろう。僕達の場所をこれ以上、荒らされてたまるかよ!」
木本の周りに仲間が集まる。励ますような笑顔に囲まれ、みんなでやろう! と誰よりも大きな声を上げた。
光が遠慮なく闇を切り裂く。太々しい顔付きの人物は特殊な機材を校舎に持ち込み、至るところで不快な音を立てた。
絶えず、周囲に向かって呼び掛ける。風の立てる音にも敏感に反応して頻繁に進む方向を変えた。
「誰かおるやろ!」
恫喝に近い声を上げた。その時、持ち込んだ機械の一つが不穏なワードを音声で伝える。
「え、『放火』ってマジか? 初耳やって」
『殺された』
「まさか、殺人事件の現場なんか、ここは!?」
独り言に拍車が掛かる。好き勝手な憶測に怒りを覚えたことで全員が一斉に声を上げた。
「ふざけるな!」
「これ以上、勝手に荒らすなよ!」
「帰れ! 二度と来るな!」
「もう、来ないで!」
その間、木本は床を踏み鳴らして歩き回る。岡崎は高音を活かしてけたたましい笑い声を上げた。
「ウ、ウソやろ!? マ、マ、マジで聞こえるって!」
酷い動揺で声が震えた。押し寄せる恐怖に抗えず、ヤバイ、を連発して走り出した。校舎を出ると校庭に乗り入れた車に飛び込み、急発進させた。
校舎の割れた窓から一部始終を見ていた木本と岡崎は共に勝ち誇ったような表情で掌をパチンと合わせた。他の仲間は飛び跳ねて、やったー! と撃退の喜びを爆発させた。