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超短編小説『千夜千字物語』

『千夜千字物語』その20~誘拐

作者: 天海樹

日曜日の昼下がり、音羽家の電話が鳴った。

ミドリコが出ると

「…を誘拐した」

と受話器の向こうから男の声がした。

ミドリコは“誘拐”という言葉に一瞬驚いたが、

リビングを振り返れば娘も息子もテレビを見ていた。

「誰を誘拐したんです?」

「旦那だ」

思い出すように「あ~」とだけ言って

ミドリコはしばらく考えた。

「一応聞きますけど、おいくら?」

「3憶だ」

「高っ!」

「旦那がどうなってもいいのか?」

「正直言ってしまえばね~」

「お、おい、それは困る。

 じゃあ、1億でどうだ」

「そちらで処分してくださる?」

完全にミドリコがイニシアチブをとった交渉で

身代金は大きくディスカウントされた。


ミドリコは資産家の娘。

夫のミノルは婿養子。

普通なら義父関連の企業に

役員として抜擢されたりするのだが、

未だに二流企業に勤めている。

小学6年生の娘と小学3年生の息子の4人家族だ。


一応警察に連絡をすると

音羽家は一気に捜査本部に早変わりした。

「それで身代金は?」

「300万円」

「えっ?桁間違えてませんか?」

「間違いありません。

 300万でも惜しいくらいですわ」

ミドリコは涼しい顔をして返事をした。

その言葉に捜査員は顔を見合わせて

夫のミノルのことを憐れんだ。


その様子を見たミドリコは

「どこの夫も仕事を口実に

 子供の世話は妻に任せっきりで、

 その上妻への愛情も思いやりすらなくなり、

 だったら仕事の成果はというと僅かな給料。

 それでも子育てのためになんとか我慢するけど、

 成人してしまったらいる意味ありませんわね」

と立て板に水のごとく言い放った。

既婚捜査員全員が開いた口が塞がらなかった。

捨てられようとしている夫のミノル。

捜査員たちは彼と自分と重ね合わせていた。

しばらくして陣頭指揮を執っていた男が

「なんとしても救出するぞ」

と叫ぶと、捜査員たちは雄たけびを上げた。

一丸となった瞬間だった。


捜査員はいつにも増して気合が入っていた。

とはいっても、

誘拐犯にとって“要らない夫”はすでに無価値なので、

無事解放されることは誰の目にも明らかだった。


それから数時間後、

誘拐犯からの受け渡し場所の指示があり

ミドリコが行ってみると

すでに夫のミノルがベンチに座っていた。

恐らく犯人はわずか300万円で危険を冒したくないと思い、

無条件で人質を解放したのだろう。


誘拐事件は解決し、

ミドリコは捜査員を玄関まで見送った。

そして最後に

「まだ間に合うかもしれませんわよ」

そう彼らに声を掛けた。

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