能ある乙女は秘密がある
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「あ、危ない! 何か落ちてくるぞ、逃げろーー !!!!!」
「いやーーー !!! 何なのよ!」
「まるで、こっちを目指して落ちて来るみたい !」
「「うぎゃーーー!!!!!」」
悲鳴をあげているのは、この国の王太子レナードとその恋人ルディナ。
ここは王宮舞踏会で、多くの貴族が集まっている。
先程公爵令嬢の私、ウィングルは婚約破棄をされたばかりで、その直後にレナード達が悲鳴をあげたのだ。
何もない空間を仰視して、恐ろしげな表情で。
それを見た国王は、叫び声をあげる彼らを騎士によって退場させた。
突然の婚約破棄に対して国王は謝罪してくれたが、
「こちらの方こそ、力及ばず申し訳ありません」と私は頭を下げて帰路についた。
結局、婚約者がいる身で浮気をしたレナードは廃嫡され、第二王子のタスティールが立太子した。
既にタスティールには婚約者がおり、私が出る幕もなかった。
その為王宮で与えられた部屋を後にし、生家のダミル公爵家に戻ったのだ。
「我がダミル公爵家の威信を失わせおって。お前はもうこの家には必要なき者だ!」
「お兄様達の結婚にも、差し障ると思わないのかしら? 本当に屑ね!」
両親は権力の座から退いた私に失望し、国から慰謝料が入った後、50歳近い成金商人の男爵に私を嫁がせた。
◇◇◇
そもそもダミル公爵家の私が王太子妃に選ばれたのは、不思議な力がある家系だったからだ。
先見の力、豊穣の力、癒しの力、浄化の力等のどれかが、一代置きの女子に出現していた。
今回は私の番だったようで、幼き時に婚約が結ばれたのだ。
しかしいつまで待っても力が発現しない私を、レナードは詰った。
「とんだハズレくじを掴まされた。
聖女の力がなければ、お前などを娶るメリットなどない。
美しい訳でも、かと言って賢い訳でもないしな。
せいぜいルディナの爪の垢でも飲んで、力を見せろ!」等々と。
ルディナは癒しの力を持つ男爵令嬢。
胸の大きなピンクの髪と瞳の可愛らしい少女で、レナードはメロメロだった。
それでもウィングルは、別に気にしていなかった。
側室でも、妾でも何にでもすれば良いと、ルディナを気にすることもなかったから。
所詮は王命で結ばれた婚約だから、レナードなんか好きじゃなかったし。
放置すれば放置したで、二人は学園でいちゃついていた。
もう、人目憚らずに、いろんな場所で盛っていた。
面倒臭くて声もかけなかった私は、婚約者として失格ではあるが。
そして今日、レナードがやらかしたのだ。
「何も能力を持たないウィングルよ、お前は私に相応しくない。
よって婚約破棄とし、ルディナと新たに婚約を結ぶ」と、大勢の前で撤回できない宣言をした。
私はマジか、この野郎と、ブチ切れた。
さんざん王妃教育とかやらされて来たのに、今ごろ言うなと思った。
せめてもっと早く言えと。
だからなのか、いつも抑えている力が溢れ出したのだ。
怒りがトリガーとなり、二人の意識と私の意識が繋がった。
夥しい隕石が自らの体に降り注ぐ場面が、彼らの脳裏に、現実のように映し出された。
そして冒頭の叫びとなったのである。
「さすがに私の力が、精神攻撃なんて言えないわよね」
正確に言うと、こうなれば良いのにと言う強烈な願望が、ストレートに脳に投影されるのだ。
言葉を紡ぐ代わりに、思っていることが映像で伝わる仕組みだ。
ただウィングルはこの能力のことを誰にも告げていないから、ほぼ完全犯罪となるのだ。
今回思わず考えてしまったのは、
『お前ら等、隕石に潰されてしまえば良い。ゲス野郎共』である。
そんな明確な映像なんて出していないのに、自動で変換してくれるんだな、これが。
勿論、癒しの映像を見せることも出来る能力だけど、力を使うとすごく疲れるのよ。
だから内緒にしていた。
いつもは平静に心を落ち着けて、動揺しないように気をつけていたんだけど、不意をつかれたのが良くなかったみたい。
けれど、レナードとルディナに力を使ったことに後悔はない。
幼い時に力を得た時は、喧嘩しただけの子供にトラウマを与えたかもしれないレベルで、パニックを起こされた。
「うぎゃー、蛙、蛙が、いやー!!!」
悲鳴で駆けつける人々だが、蛙なんて庭園には一匹もいなかった。
私が思ったことは、「全身蛙にまみれろ!」だった。
その夜、疲労で目も開けられず寝込む私の夢に、女神が降りてきて告げた。
「貴女の能力は、相手の思考に自分の思いを見せること。
悪い方で能力を使うと、疲れるから気をつけてね。
まあ、良い方でも、それなりに疲れるけど。
多用しないようにね。フフフッ」
フフフッじゃないわよ。
何この能力。
どう考えてもハズレだわ。
使い方は限定されるわ、怖がられるわ。
よしっ。もう封印だな!
「ええっ!」て、女神にひかれたけど危なすぎる。
当時7歳の私でさえ、ドン引きした。
「使えないわね」と。
ただ、私がやったとバレていないのは僥倖。
いざと言う時使えそうだしね。
なんて考えていたら、公爵家の私専属の執事が幼き私に(邪な感じで)抱きついてきたり、盗賊に誘拐されそうになったり、男の家庭教師に胸を触られそうになったり等など、いろいろな苦難があった。
その際に能力を使って、ほぼ廃人にしてしまった。
後悔はない。
半分は使用人の身辺調査をしない母親の責任、半分は私の婚約で幅をきかせた父親が、特定の商いを独占したことによる他商人からの逆恨み。
どっちも親が悪いじゃない。
本当に子供のことを考えないのね。
なんて思うけど、兄2人の時は母親がきちんと調査をしていたらしい。
いらないのは、嫁に行く私だけだった。
それも能力を未だ発現しない私を、疎ましく思っていたからかもしれない。
母親はお茶会の度に、王妃に苦言を呈されたらしいから。
「ウィングルは、いつ能力に目覚めるのかしらね? オホホッ」等などと。
その腹いせで苛立ち、放置されることもあったのかもしれない。
父親は王命があるから、どうでも良かったらしいけど。
そもそも政略結婚の両親に、子への無償の愛情なんてない。
兄達は公爵家を支える者、私は力を持って生まれる筈の娘。
私が能力がないこと(にして)で、母親が責められたこともあったろうけど、愛があれば憎んだりしないよね。
だけど私の両親には、とことん圧倒的に愛がなかった。
特に私への愛なんて欠片もない。
父親も母親も愛人を侍らせて、好き勝手に生きている。
だから私も、あんまり愛がわからない。
兄達は私を大切にしてくれたけど、親に逆らえる力はまだない。
兄達は私の結婚を止めようとしてくれたけど、無駄だった。
そして今日、私は成金商人の男に嫁いだ。
「私は欲望のはけ口にされたくない、汚い男に触れられたくない、人に命令されたくない」
初夜が怖くて、
醜い商人に触れられたくなくて、
私はまた能力を使った。
なるべく酷くないものにと思ったが、この男が女達にしてきたことを自慢めいて話したことで、気が変わった。
逆らえぬ女を鞭で打ったり、罵ったり、辱しめたり、尊厳を奪い続けることをして来たと言う。
精神に異常をきたし、廃人や死を選ぶ者もいたそうだ。
この話をすることで恐怖を植え付けて、私を従順に躾ようとしたんだろう。
逆効果だわ…………
私は囁く、「女の敵め! あんたなんて、もう知らないわ」と。
だから初夜のいやらしい顔を晒して、私に触れようとした男に映像を見せた。
『生きたまま食べられる映像を』
狼が喉元に食いつき、別の狼が腹を裂いて肝臓を口にする場面。
男は苦痛で絶叫した。
勿論男は捕食される方だ。
「ああ、うわぁ、止めろ、止めぇ、いやーー!!!」
男は失禁して気を失った。
その後も正気に戻らなかった
駆けつけてきた執事に商人が急に倒れたと話し、商人を病院に放り込んで貰った。
籍が入っただけの私だが、執事と相談して私が商会を仕切ることになった。
私に能力がなければ、商人の親戚に商会を譲渡しようとしたらしいが、王妃教育を受けてきた私だ。
やり方さえ解れば、難しいことはなかった。
そもそも私はこの力で何処ででも生きていけるから、出ていっても良いのだが、やっぱり面倒臭かった。
ここで仕事をすれば生きていけるなら、それに越したことはないから。
私は懸命に業務を熟し、執事に認められた。
執事はモノクルをかけた優秀な30代だが、平民ゆえに給料も最低限に低く叩かれていた。
私はすぐに、商人の愛人達に暇を出し、その分の月給を執事の給金にあてた。
執事は固辞した。
だがもし私が死んだりしていなくなれば、商会は人手に渡るかもしれないし、そうなれば平民の執事はクビにされるかもしれない。
その時の為に貯金をしなさいと言えば、受け取ってくれた。
今回商人が倒れ、思うところがあったのだろう。
それからは執事と一緒に商会を盛り立てた。
私は王妃教育の時に得たつてで、有力な商人相手に取引をした。
教育で得た知識から、昔の王宮で使われた織物や料理を再現し、この時代に合わせて調整した物を共に売り出しヒットした。
元々ヒットしていたもののアレンジだから、訴えられることもない。
グレーゾーンではあるが。
でも今は、ただの商会の男爵夫人だ。
矜持もなりふりも構っていられないのだ。
特に私は厳しい王妃教育を受けていたので、寝ずに働くことも出来たから、一人で幾つもの事業に関わった。
執事にも心配されるほど働いた。
その間にも何人かの下衆な商売相手や元公爵令嬢の私を貶める連中を、私の能力の餌食にした。
安心してください、軽めのものですから。
共に働くうちに、私は執事を好ましく思っていたし、執事も私に好意を持ってくれているようだった。
執事のラッセルは、いつも楽しそうに本で読んだお菓子の話や、取引先で聞いた料理の話をしてくれた。
私もそれに応えるように、話に出てきたものを彼が好む味にアレンジして作って渡した。
ラッセルがとても喜んでくれたので、頬が綻む。
「このお菓子も美味しいです。販売してもヒットしますよ」
「いやよ、ラッセル。これは貴方の為だけに焼いたオリジナルレシピよ。誰にも味わわせたくないわ」
「………嬉しいです、ウィングル様。でも私は商売人としては失格ですね」
「それは、私もだわ」
商人は、未だに病院に入院している。
私は両親のように愛人なんて作りたくない。
だからラッセルとは、そんな関係ではないのだ。
私はもうこの商会を立派にしたし、この3年で蓄えも得た。
私は店を、商人の親戚に渡すことを条件に離婚した。
私はラッセルに、ついて来てくれるか聞いた。
彼は頷き、「遅れましたが」と言って、指輪をはめてくれた。
彼の瞳と同じ色の、ルビーの指輪だった。
彼と経営した商会を離れると、商人の親戚と商人の愛人の子とで、御家騒動が起こったらしい。
もうどうでも良いことだ。
そこで彼がポツンと呟いた。
「私も商人の愛人の息子でした」と。
「そうなのね。でもそれが何か?」
彼は首を横に振り、満面の笑みで何でもないと話す。
私も彼と手を繋ぎ、バツイチですがと笑う。
私は何となく彼が商人の息子だと感じていた。
それは商人の彼に対する態度が、私の父親に似ていたから。
他人にはそこまで言えない暴言や弱り事も、告げているのを見たことがあるからだ。
私達はしばらく旅を楽しんで、何処かでまた商いを行うつもりだ。
私はもう平民で、彼との結婚になんの障害もないのだ。
数十年後、子も孫も生まれ、いつまでも彼と幸せ暮らした。
ウィングルがラッセルを見ていたように、彼も彼女を見ていた。
だから彼女の能力を、なんとなく知っていた。
それでも愛は揺らがなかった。
彼は最期の時ウィングルと手を繋ぎ、とてつもない幸福の中で天に昇っていった。
それがウィングルの能力かはわからないけれど、ラッセルは彼女と出会ってからずっと幸福だった。
まさか自分が、幸せな家庭を持てるとは思わなかった。
父親の元で消耗していく人生だと、諦めていたから。
『ああ、愛しているよ、ウィングル。どうか君がずっと幸福でいられますように』
その想いは彼女に届いた。
ウィングルは、寂しさと嬉しさの混じった涙を一筋流し、笑顔で彼を見送ったのだ。
『私も愛してるわ。いつまでも貴方を』
◇◇◇
ウィングルの兄達は成長し、長男は家督を継いだ。
その瞬間彼は両親を、今は使用していない田舎の小さな別荘に放り込んだ。
「何をするんだ、ラルフ! こんなことをしてただで済むと思っているのか?」
「そうよ、ラルフ。母親に田舎に行けなんて、何てことを言うのよ」
ラルフは彼らの権限を全て奪い、金品も取り上げた。
そして田舎で静養するように告げたのだ。
「本当に愚かですね、貴方達は。
私が従順にしていたのは、この日の為です。
実権を握る為に我慢して、全ての業務をしてきたのです。
……貴方達は働きもせずに公爵家の財産を食い潰す白蟻のようなものです。
……もう十分ですよね」
薄く笑うラルフは、貴族然とした佇まいで2人の顔を見た。
楽をしたい公爵はラルフや彼の弟マーブルに、10歳の頃から領地の経営を押し付け始めていた。
いくらなんでも酷いと止める家令をクビにして、公爵に柔順な家令を新たに雇い、仕事をさせてきたのだ。
まだ教育半ばの彼らは、教育を受けながら領地の仕事をしていた。
それを助けたのは、老齢の執事だけだった。
新たな家令は公爵の機嫌取りをし、兄弟を働かせる為に監視をしていただけ。
手伝うこともしないのに、失敗した時に公爵に叱責を受けた時は、兄弟に体罰まで加えた。
そうこうして懸命に働いた利益を、公爵は女とギャンブルに、公爵夫人は若い男に入れあげていた。
それでも2人は懸命に堪えて、今日を迎えたのだ。
「お祖父様のように資産を増やす仕事をするでもなく、お祖母様のように社交に力を入れることもない。
……貴方達は、ウィングルをあれだけ責めてこの体たらくだ。
これからは相応に暮らして貰います。
居なくても、誰も困らないでしょうし。
ああ、愛人達と本当に情が繋がっているなら、ついてきてくれるでしょう。
お金なんてなくともね」
そう冷たい言葉だけをかけて、護衛をつけて田舎の領地に放り込んだのだ。
必要経費を毎月渡し、通いの家政婦にも来て貰うように指示を出してある。
生活には困らないはずだ。
幸いにして弟のマーブルには、愛する女性がいる。
子爵家の慎ましやかな令嬢だ。
彼は貴族籍から抜けるので、身分で反対する者はいない。
反対するだろう両親には、何も教えないからだ。
騎士爵を貰い受け最近副騎士団長になったマーブルは、時々妻になったアンリと仕事を手伝いに来てくれる。
アンリの家系は裕福ではない。
生家を支える為に勉学に力を入れて来たことで、家庭教師が出来るほど聡い女性だった。
実際のところ、仕事に追われる身としては本当に助かる。
「まだ、商会を出てからのウィングルの行方は解らないんだ。生きていると良いのだけれど」
「ああ、大丈夫さ。あいつは賢いから」
「そうだと良いのだけど」
兄弟はウィングルの慰謝料を彼女に渡さず、成金に売り渡した両親に憤っていた。
それを湯水のように使い切ってしまうことに嫌悪した。
そして今漸く、二人が公爵家に蓄えてきた資金で、行方を調べることが出来るのだ。
数年前。
ウィングルが嫁いだ日に、男爵が倒れたと知らせがあり、兄弟は心配で、自分達の自由になる資金でウィングルのことを調べた。
男爵が倒れた後は、ウィングルが商会を仕切っていることを知った。
時々手紙を出し、体調を心配する旨を伝えた。
何も出来ずに済まないと言うことも。
すると、大丈夫だと、そんなことを気にするなら、経営するレストランに食べに来て、美味しいって宣伝してよと返された。
その通りに兄弟とアンリで食事をして、出来る範囲で宣伝をした。
中には元公爵令嬢が平民みたいな店をしていると揶揄する者もいたが、味は保証付きの旨さであった為に他の客に睨まれていたそうだ。
父親はまた、ウィングルが公爵家に戻るようなら、金持ちの後妻にしようと画策していたから、元気に働いていて安心した。
すっかり安心しているうちに、ウィングルが商会を止めて出て行ったと聞いた。
そのタイミングで私が爵位を継いだ。
ウィングルは、父親の思惑を知って逃げたのだと思った。
けれど単純に旅に出たんだと、旅先からの手紙で知り安堵した。
だが金の為なら碌でもないことをする両親だから、隠居して貰おうと父親に持ちかけた。
酔っていた父親に、爵位譲渡の書類を書かせて田舎に押し込んだ。
まだ旅をしているウィングルには、手紙を出せていない。
無事なのかとヤキモキしているうちに、結婚したと連絡が来た。
祖国が嫌になったのか、ずいぶん遠くの国に住んだようだ。
簡単に会える距離ではなかった。
彼女はパンやお菓子作りの盛んな国にいるそうで、時々保存のきく焼き菓子を送ってくれた。
その少し後、店を一つ買い取ったと、菓子のレシピも送ってくれた。
離れているから商売敵にならないだろうと、菓子を作って売れと言う。
戸惑ったけれど、マーブルの子供達がそのお菓子が好きなので、菓子店を経営してみることにした。
あっと言う間に人気となり、かなりの収益が出た。
これで両親の借金もやっとなくなりそうだ。
こちらからも王都で流行りの服を何着か送った。
ウィングルの夫や子供達のサイズは分からないので、人気の布地を送って見たら、商売用にたくさん送ってくれと連絡が来た。
せめて送った服は売るなよと伝えたら、大事に着ていると(手紙に)書いてあった。
「どうだかな」と、笑いが出てしまう。
それからもやり取りが続き、一度王都に来ると便りが来た。
手紙が来たと思ったら、すぐに本人達も到着していた。
「いやあ、遠いからさ、住んでる所。ごめんね急に、私達と手紙、一緒に着いてしまったのね」
「急じゃない。…………ずっと待ってたよ」
ウィングルが男爵に嫁いでから、一度も会っていなかった。
ウィングルが忙しくて、会えなかった。
いや、お互いに会い辛かったから、会えなかったんだと思う。
それから13年も経っていた。
妹の輝く美貌は少し衰えて、でもとても穏やかになっていた。
彼女の夫は少し年上でやさしそうだ。
男の子1人と女の子2人も子供がいて、びっくりした。
マーブルとアンリも、息子達と来てくれた。
「はじめまして」
「こちらこそ、はじめまして」
なんて挨拶から始まった再会。
私の結婚はどうなの? と聞かれたが、するつもりはないと答えた。
後継者はマーブルの子にお願いしているし、教育を終えたら商会でも1つ貰って働くつもりだと言えば、神妙な顔をされた。
「私は意気地がないだけさ」と伝えた。
誰も中途半端なことは言えない。
ウィングルもマーブルも今の出会いがあるまで、結婚すると思っていなかったらしいから。
ウィングルは再婚だな。
年を経てからでもそんな人が現れたら、それはそれで幸せかもしれない。
出会いを待つことにするとしよう。
それからは健康や子供のこと、商売のこと等をたくさん話した。
久しぶりの出会いだなんて思えないくらい、打ち解けあった。
それはラッセルもアンリもそうだったようだ。
楽しい時間はあっという間で、滞在期間の1週間が過ぎた。
今度は、なかなか会えないだろうな。
そう思っていると、仲良くなった子供達が大泣きしていた。
離れたくないと言って。
自然に泣ける子になって、本当に良かった。
ここに両親がいれば、みっともないと叱っただろう。
「元気でな、またおいで」
「お兄ちゃん達も、元気でね」
「ああ、病気なんてしてられないからな」
「頑張るよ、爵位をちゃんと渡すまでは」
「もう、爵位じゃないでしょ。幸せで元気でいてよ」
「ああ、そうだな。ウィングルは幸せなんだな」
「当たり前じゃない。モリモリ幸せよ」
「モリモリ幸せって。まあ、良かったよ」
「………お兄ちゃん、もう荷物降ろして良いんだよ。私はもう、不幸じゃないよ」
「ああ、ああ、そうだ。幸せになったんだもんだ」
「うん」
不覚にも泣いてしまった。
笑顔で送るはずだったのに。
でも、マーブルも、ラッセルも、アンリも泣いていた。
みんな声を抑えて子供達に分からないように、目に涙を溜めていた。
最後は笑顔を作り、手を振って見送ったんだ。
結局あれからお互いに忙しく、手紙だけのやり取りが続いた。
私は結局結婚しなかったが、マーブルの子供達に慕われて楽しく過ごした。
両親は田舎の領地から出ないように、護衛と言う名の監視をつけていたので、お互い喧嘩しながら過ごしていた。
買い物も飲酒も、領地にあるから不便はないはずだけど、不満があったようだ。
そのうち二人とも年を取り、療養施設へ移動になった。
今は誰が会いに行っても、2人とも判断できず、「ありがとうね」と笑っている。
見栄で人と比べる苦痛もなくなり、人生で一番穏やかそうだった。
元王太子レナードとルディナは、婚約破棄騒動後すぐに別れていた。
レナードは臣籍降下後、伯爵領を得て引っ込み、愚痴まみれだそう。
子爵令嬢を妻に娶るも、離婚したと言う。
ルディナの男爵家は王家の顰蹙を買い、商売を畳むざるを得なくなった。
今は夫婦で商家の経理仕事をしていると言う。
元凶のルディナは経理のような知的能力はなく、ウェイトレスで日銭を稼いでいるそう。
さすがに家は出されたそうだ。
みんな、それぞれの人生を頑張っているようだ。
「「何でこうなるのー!!!」」
レナードとルディナだけは、まだバタバタしているようですが………………
◇◇◇
ちょっと追加のレナードとルディナ。
『レナードのその後』
「俺は、ウィングルと結婚なんてしたくない。
あいつはいつも、冷たくて蔑んだ目をして見るんだよ!
ちょっと出来が良いからと言ってさ。
もう嫌なんだよー!」
婚約中にそう言って、側近達に愚痴っていたレナード。
彼女がそんな目をしていたのは、レナードにだけではなかった。
扇で表情を隠していたが、彼女はいつも全てを諦めた顔をしていた。
定期的なお茶会で関わることが多かった彼が、彼女の素をたくさん知っていたに過ぎない。
それでも義務だからと、割り切れる王子だったならマシだったかも。
けれど彼の思考は甘かった。
糖度高めの恋愛脳だった。
夢見ちゃんだった。
さらに不味いことに、側近達も甘ちゃんの腰巾着で、諌めることをしなかった(側近達もそのせいで、今は出世ルートから外されてるからね)。
さらにさらに国王も、ウィングルがしっかりしていたから、結婚すれば何とかなると放置していた。
ウィングルが面倒臭がって、注意すらしないなんて思ってなかったのだ。
若い学生のプライバシー保護の為に、王家の影が学園に入れない国だったのは痛い。
なので学園内で、好き勝手出来てしまったのだ。
だって婚約者の公爵家令嬢が何も注意しないのに、他から口出しなんて出来ないものね。
そんなウィングルに不満を持つ彼が出会ったのが、1歳年下の男爵令嬢ルディナだった。
たまたま剣術の授業で負った頬の傷に、「可哀想に」と治癒魔法をかけてくれたのがきっかけだ。
「やっと見つけたぞ、マイエンジェル!
愛してるーーーーー!!!」
レナードが可愛い彼女に即落ちしたのは、言うまでもない。
ルディナは勉強嫌いだったので、早く結婚したいと思い色々な生徒に声をかけて回っていた。
主に顔の良い男子生徒を中心に。
勉強嫌いゆえ、最初はレナードが王太子と知らなかった。
彼に関わったのは、たまたまなのだ。
でも女の子だから、王子とか次期王妃とか憧れちゃって、いけるんじゃないと思ってしまって。
ウィングルを傷つけようとなんて思ってなかった。
普通は知っている婚約者の存在すら、勉強不足なのか知らなかったから。
本当、無知って怖い。
そうこうしているうちに、
「大丈夫だから、幸せにするから!」と、レナードに言われて断罪の場まで行ってしまった。
いっそ憐れである。
あの場の隕石映像はかなりショックだったけど、
「白昼夢みたいなものだな(よね)」と、一晩寝たら立ち直った2人。
メンタルだけは激強なのだった。
だけど王命の婚約破棄で、レナードは有無を言わさず伯爵領に送られた。
勿論、命令に背いたルディナとは別れさせられて。
「ああ、ルディナ、ルディナ。ごめんよ」
未練たらたらの彼だが、遠い領地に送られ他にやることもないので、仕事だけは真面目に熟なしていた。
そのうちに近隣の子爵から、可愛らしい令嬢を紹介されて結婚した彼。
でもいつも、ルディナと比べてしまう。
「ルディナならもっと笑顔で、ルディナなら治癒の魔法が使えて、ルディナならもっと労ってくれる…………」等など。
いつもそんな風に言われれば、どんなに美形の元王子にだって嫌気が差す。
「もう、無理です。実家に帰らせて頂きます!」
(心の中だけでクソが! クタバレ!と呟く賢い嫁)
そう言って、嫁は逃げた。
可愛くて胸も大きい、良い子だったのに。
そしてレナード有責で、離婚となったのだ。
慰謝料もたくさんブン取られて、醜聞? となるルディナに未練タラタラなことも暴露された。
その後は元義父の子爵ともギクシャクしている。
後ろに王家がいるから、あからさまではないけれど、味方を減らしたレナードだ。
そして嫁に来る者もいなくなった。
打診しても受け流される日々。
「私の娘では、奥方はとても勤まりませんので……」と、
避けられ続けるが、本人には理由が分からない。
恋愛中と結婚してからなんて、全く違うのにね。
妻を蔑ろにする者にした報いを受けたのだ。
こんなんじゃあルディナと結婚してたって、喧嘩ばかりだったろうに。
◇◇◇
『ルディナのその後』
ルディナの親は、爵位だけは残った。
けれどあの騒動後、途端に商会は経営破綻し、今は両親共に(経理業務の)出稼ぎを始めた。
有能で引く手数多である。
2人とも貴族生活に未練もなく、わりと暢気に生活している。
ただもう余分な資金もないから、ルディナを働きに出したのだ。
「怒ってないけど、貴女の生活費まではキツいのよ」
「もう大人なんだから、頑張って働きなさい。
週末だけはご飯食べに来て良いから」
と、軽く送り出した。
「そんなー、無理よ」
なんて甘えても母親は元平民なので、
「大丈夫よ、私の元職場を紹介してあげるから」
と、連れ出された。
そこは母親の元職場のレストランで、女将さんとマスターが彼女に料理も配膳も厳しく仕込む。
「フシシッ。こりゃあずいぶんと、仕込みごたえのありそうなのが来たね。
体力が有り余ってるじゃないか?」
勿論住み込みなので、朝早く夜遅くまでスパルタだ。
「もう、嫌よー。帰るー。わーん」と泣いても、
お金もないから馬車にも乗れず、泣く泣く働くのだ。
誰も慰めてなんてくれないし。
「酷いわ、鬼!」とか言っても、わははっ活きが良いなと豪快に笑われるだけ。
そんな彼女も逃げずに頑張ったから、今では看板娘になっている。
溢れる笑顔で元気いっぱいに。
「いらっしゃいませ、いつものですね」
「ああ、それと葡萄酒も頼むよ」
「はい! ありがとうございます♪」
「こっちも頼むよ」
「はーい、少々お待ちくださーい!」
最初はぎこちない接客で、笑顔さえ作れなかった。
お皿を洗えば何度も落として割り、料理が重くて転んだり、配膳を間違えたりと目茶苦茶だった。
「ぎゃー、また割れたー!」
「安心おし、給料から天引くから」
「だからイヤなのよ、鬼ババア!」
「主人にその口はアウトだ。罰として、ちょっと多めに引いとくよ」
「イヤーン、もう給料なくなるじゃない」
なんて数か月はこんな感じで。
今までお嬢様してたから、初めてのことばかりだったし。
でも客層が良いのか、誰も文句は言わずに彼女を見守り、女将とのやり取りにも楽しそうに微笑む。
仕事上がりに、可愛い女の子の笑顔は癒しになるものね。
気取りがなくてホンワカとする。
そのうちに余裕も出来て、お客さんと自然と話せるようになれば、偽人が分かり気心も知れた。
その中でも大工のゲンさんが、彼女のお気に入りとなった。
すごく美形ではないが、優しくて誠実で時々小さな花束をくれる人だった。
口数は少ないが、筋肉モリモリの頼れる30代だ。
「彼なら良いかな?」なんて考えていると、女将さんが後押しする。
「ルディナ、あんた分かりやすい子だね。ゲンが好きなんだろ? フシシッ」って、文字通り彼の方に背中を押して運ぶのだ。
(えー、ちょっと、女将さん。タイミングって知ってる? なんで言っちゃうのよ!)
なんて顔を真っ赤にしていると、ゲンさんがボソッと呟く。
「お、俺はいつまでも待ってるよ。結婚してくれるのを」
と、告白してくれた。
彼も顔が赤かった。
「あ、あっ、その。よろしくお願いしたいです」
私も勢いで返すと、
「ヤッター! 幸せにするからな」
って、そのままお姫さま抱っこされて、その場をグルグルと回られた。
レストランのお客さんも全員でお祝いしてくれて、拍手でいっぱいだった。
「あーあ、俺達の看板娘は拐われちゃうな」
マスターが寂しく言うと、
「まだまだ働いて貰うさ、子が出来るまではね。ワッハッハッ」
なんて女将さんが豪快に笑っている。
マスターもゲンさんもお客さんも、みんな笑顔で嬉しそうだ。
勿論両親も「良かったね」と、結婚を喜んでいた。
時々来るお客さんの中に、母様の両親がいることを知ったのはつい最近だ。
(此処はお母様の生家近くで、私は守られていたみたい。
みんな心配だったんだね。
馬鹿やったのに、見放さないでくれてありがとう。
これからも頑張るよ)と、心に誓ったのは言うまでもない。
「すり傷くらいしか治せない治癒の力だけど、頬笑みパワープラスで、かなり癒されるとゲンさんには好評なのよ」
どうやらルディナの方が、先に幸せを掴みそうです。
文中で兄弟達に従順、執事へは柔順と使用している箇所があります。
親から息子への一方的に従わせる態度と、金の為に動く執事とはニュアンスが違うかなと思い、別の漢字にしています。
心配して伝えて下さり、ありがとうございます(*^^*)
誤字脱字多いので、いつも助かっています。
6/26 22時 日間純文学(短編) 62位でした。
ありがとうございます(*^^*)
6/27 8時 日間純文学(短編) 7位でした。
13時 4位でした。
23時 3位でした。
ありがとうございます(*^^*)♪♪♪
7/13 0時 日間純文学 (すべて) 2位でした。
わーい嬉しい(*´▽`*)♪♪♪ ありがとうございます♪♪