6 新しい生活 3
「いやー。毎朝、モニカちゃんがカイトを送り出す光景が見慣れてきたねぇ」
のほほんというダミアンの言葉にモニカは照れたように笑った。
お屋敷で暮らし初めて数日間、モニカは毎朝カイトの見送りをしている。
朝食を運んで、一緒にご飯を食べてその後カイトが帰ってくれば夕食も共にする。
昼間は犬に餌をやったり、庭の落ち葉を掃除したり意外とやることが多く忙しく過ごしている。
「ダミアン、なぜ毎朝俺を迎えに来るんだ」
迷惑そうな顔をしているカイトにダミアンは面白そうに笑う。
「お前を迎えに来たわけじゃないの。お前とモニカちゃんの様子を見に見ているだけだよ」
「俺達を面白おかしく見て楽しいか。残念ながら、嫁はいらない。お前らが喜ぶことは何も起きないぞ」
全く変化が起きていないモニカとカイトを眺めてダミアンは頷く。
「だろうね。まー、ゆっくり進めればいいよ。ただ僕が楽しいだけだから」
愉快そうにしながらダミアンはカイトの後ろを歩いて玄関へと向かう。
(仲がいいのね。なんだかんだとダミアン様はカイト様が心配なんだと思うけれど)
冗談を言いながらも歩いてく二人を眺めながら離れてモニカも見送りの為について行く。
モニカはいつもと同じくセバスとポーラの横に並んで頭を下げた。
「行ってらっしゃいませ」
不機嫌なカイトとダミアンがお屋敷を出て行くのを見送った。
「毎日落ち葉を掃除しているけれど、適当でいいんですよ。今日は、掃除はいいから図書室へ行ってみたらどうです?」
ポーラに言われてモニカは思案する。
確かに嫁に来た自分がウロウロとしているのはポーラ達も迷惑かもしれない。
自分をどう扱っていいか困っているのは知っている。
「そうですね」
使用人として働くために来たわけでないのだから、ゆっくりしてほしいとポーラが再三言っていることもあり、モニカは頷いた。
薄っすらと曇っている空のせいもあり、昼でも屋敷の中は薄暗い。
普段使われることが無い屋敷の奥は明かりが灯されていないため、手にランタンを持ちながら廊下を歩く。
「たしか、この辺りに図書室があるって聞いたけれど」
以前教えてもらった時はすぐそこぐらいの勢いで言われたが、実際は廊下をかなり歩いた。
広く薄暗い屋敷だが、定期的に掃除業者を入れているという事もあり埃っぽさはない。
「流石ねぇ。我が家は叔父様に乗っ取られてからお手伝いさんを減らしたせいでいつも埃っぽかったわ。私が毎日掃除していたのに追いつかないんだもの」
ブツブツと独り言を言いながら長い廊下を歩くと、大きな観音扉が見える。
図書室と書かれた古いプレートが掲げられているの確認して扉をゆっくりと開いた。
「わぁ。凄く広い図書室ね」
壁一面に備え付けられている棚に本がびっしりと埋まっている。
図書室の奥が見えないほど広い。
久々に嗅ぐ本の匂いに懐かしさを感じながらゆっくりと室内へと入った。
薄暗い部屋の中を手に持ったランプで照らしながらゆっくり歩く。
本のラベルを見ると、地図や歴史、戦闘に対するものが多く見られた。
どれもモニカが読みたいと思える本が無く、根気よく棚を見ていく。
読み古された本が並ぶ中、真新しい本が並んでいる棚を見つけて良く見えるようにランプをかかげる。
恋愛小説や絵本が集められた棚だ。
天井まで高い棚の中、ぎっしりと女性が好みそうな恋愛小説やエッセイなどの本が入っている。
その一冊を手に取りパラパラと捲るとモニカでも簡単に読めそうな内容だ。
「どなたの趣味かしら。カイト様でないことは確かね……」
女は大嫌いだと言っている人が恋愛小説を読むと思えない。
数冊手に取ってモニカは顔を顰めた。
「もしかしたら、死んだ花嫁さんが持ってきた本だったりして……」
どうして亡くなったのかまだ聞くことが出来ていないが、4人の女性がこの屋敷に来て死んだことは真実だ。
もしかしたこの本も女性達が持って来た物だったらと思うと一瞬背筋がゾッとする。
「本に罪も無いし。ちょっとお借りするだけだから……。読んだらすぐに返します」
いるはずがないと思いつつ、もしかしたら死んだ花嫁たちの私物かもしれないと思いモニカは小さく呟いて図書室を後にした。
図書室から出ても廊下は薄暗い。
廊下の窓から見える景色はどんよりと曇っている空に、霧が勝った森。
見えない何かが後を付いてきているような気配がしてたまに振り返るも、何もいない。
自室まで帰るため薄暗い長い廊下を何度も振り返りながら歩く。
「急に怖くなってきたわ」
4人の花嫁が死んでいる事実を思い出して恐怖を感じながら小走りに歩いているとモニカの耳に足音が聞こえた。
(やっぱり!気のせいではなくて何かが付いてきているわ!)
モニカの耳には幻聴でなく確かな足音が聞こえる。
恐怖を感じながら勢いよく振り返ると、廊下の角から1匹の犬が歩いてくるのが見えた。
モニカの姿を見つけると尻尾を振って近寄ってくる。
「幽霊か魔物かと思ったわ」
ホッとしながら近づいてくる犬の頭を撫でた。
毎日餌を上げているので懐いてくれているようでうれしい。
犬を飼いたいと長年思っていた願いが叶った気がしてモニカは頭を撫でているといつもより毛がふわふわしていることに気づいた。
顔を近づけて毛の状態を確認すると、石鹸の匂いがする。
「ワンちゃん。お風呂に入れてもらったの?」
モニカの言葉が解っていると思えないが、犬は嬉しそうに尻尾を振りながら小さく吠えた。
白色の犬の毛が綺麗になっているのを確認してモニカは顔を撫でながらまた犬に問いかけた。
「私の部屋に来る?」
意味は分かっていないだろうが問いかけると犬は尻尾を振りながら吠えると、モニカの後をついてくる。
(賢い犬だわ。もしかしたら、カイト様が洗ってくれたのかしら)
まさかと思いつつ、モニカが犬と一緒に寝たいという願いを聞いていた。
尻尾を振ってモニカの後を付いてくる犬を見ながらモニカは暖かい気持ちになる。
(絶対にカイト様が洗ってくれたんだわ。そうに違いない!)
犬が一緒に居るだけで先ほどまでの恐怖心が無くなったことに気づく。
明るい気持ちで部屋に戻ると、当たり前のように犬も部屋に入って来た。
モニカよりも早くソファーの上に飛び乗るとぬくぬくと横になる。
大きな犬が一匹乗ってもまだ広さに余裕があるソファーにモニカも座った。
「可愛い。犬とこうして生活できるなんて夢のようだわ」
犬の背を撫でながらうっとりとモニカは呟く。
尻尾を振って答えてくれる犬が可愛くてひたすら気が済むまで撫でた。
一息ついて机の上に置いていた借りてきた本を開く。
少しだけ古い本をパラパラと捲る。
「本をゆっくり読むことが出来るなんて。みんなが嫁に来ることを嫌がってくれて感謝だわ」
もしかしたら一生実家の掃除をして人生が終わっていたかもしれない。
意地悪ジーナも居ない生活はストレスが無く伸び伸び過ごしている。
「掃除だって強制されないし!ご飯も出て、雨もしのげてその上本まで読める。素晴らしい環境だわ!」
何となく死んでいった花嫁たちのおかげかもしれないと思い始めてモニカは一人で微笑んだ。
「死んだって言っているだけで本当は出て行ったのかもしれないわよね」
レオナルドが嫁を取りたくなくて脅かすために言っているだけかもしれない。
そう思いなおしてモニカは犬の毛を撫でながら本を読み始めた。