4 新生活 1
「あの、ポーラさん、ちょっとお願いがあるのですが」
翌朝、日の出前にいつものように起きたモニカは屋敷の中をうろつきやっと見つけたポーラに声をかけた。
食堂で忙しそうに動いているポーラの手を止めるのは申し訳ないが、誰も居ないので仕方ない。
「あら、モニカ様おはようございます。こんな早くからどうしました?」
ニコニコと微笑みながら挨拶をしてくるポーラをみていい人なのだと安心してモニカも微笑んだ。
「おはようございます。お忙しいところ申し訳ないのですが、何か私に仕事を与えてくれませんか?」
「へっ?仕事?」
目を丸くしているポーラにモニカはオズオズと申しでる。
「何をしたらいいか分からず困ってしまって……」
「困るって……。モニカ様はお嫁としてきたのだから何もしなくてもいいですよ」
「一日暇なのも困るので、せめて掃除だけでもさせてもらえませんか?」
両親が死んでから毎日やっていた掃除を急にやらなくていいとなると何をしたらいいか困ってしまう。
夜明け前に目が覚めて、自室を掃除をしたがそれだけで時間が潰れるわけもなく困り果てているのだ。
「掃除って、そんなことはしなくていいんだよ。そうだねぇ、カイト様にお伺いして見たらどうかしら?」
「解りました。ありがとうございます。それから、朝食はどちらで頂けるのでしょうか」
申し訳なさそうに聞くモニカにポーラは笑みを浮かべたまま答えてくれる。
「後でお部屋にお伺いしようと思っていたけれど、こんなに早起きとは思わずごめんなさいね。カイト様と、この食堂で朝食を採っていただく予定ですよ」
「わかりました。私もお手伝いしますね」
ポーラがそこまでしなくてもという前にモニカはさっと布巾を手に取ってテーブルを拭いていく。
「何をしているんだ?」
一生懸命テーブルを拭いているモニカの背後からカイトの声が聞こえた。
低い声に驚いて振り返ると、黒い騎士服に身を包んだカイトが眉間に皺を寄せて立っていた。
朝なのに薄暗い部屋の中でも、カイトの銀色の髪の毛は輝いて見える。
「おはようございます。少しでもお役に立てるように、お手伝いをしていました」
「手伝い?そこまでして俺の気を引きたいのか?」
「はい?」
カイトの気を引くためでなく、やることが無いと落ち着かないので手伝いを申し出たのだ。
何を言っているのだろうと首を傾げるモニカにカイトは首を軽く振った。
「なんでもない。掃除でも何でも好きにしろ」
カイトの許可が降りたとモニカは喜んで頭を下げる。
「ありがとうございます。ポーラさん、カイト様の許可がおりました!なんでも言ってください。掃除は得意です」
「なんでもって、そういう訳にもいかないですよ。ねぇ、カイト様」
妻としてやってきたモニカを下働きのように使うわけにもいかないと助けを求めるようにカイトを見た。
カイトは諦めたように手を軽く振る。
「俺は嫁と認めていないから、なんでも仕事を押し付けろ。嫌になって屋敷から出て行くかもしれないから。そうしたら正式に離婚が出来る」
諦めたように言うカイトにポーラはため息をついた。
「そうはいっても、困ったねぇ」
困っているポーラにモニカは微笑んだ。
なんだかんだとみんな優しいのだ。
「ポーラさん、お食事お運びしますよ。教えてください」
「困ったねぇ」
ポーラは困ったと言いながらもキッチンへとモニカを案内する。
キッチンではコックが一人で食事を作っておりモニカが入ってくると驚いた顔をして料理の手を止めている。
「初めまして。今日からお世話になるモニカです。なんでも言ってください」
「この子はカイト様の新しい奥様だよ。とりあえず、何か手伝いたいんだって。困ったねぇ」
元気よく挨拶をするモニカを遮るようにポーラが付け加える。
コックは一応頷いたものの、あまり関わらないでおこうと思ったのか料理を再開しだした。
お皿に盛られた朝食を台車に乗せてモニカはポーラを振り返った。
「こちらをカイト様にお出しすればよろしいですか?」
「モニカ様の朝食も一緒に持って行ってくださいな」
「はい」
(そうか、一応私はカイト様の奥様ですもの。食事はご一緒できるのね)
ガラガラと二人分の朝食が乗った台車を押して食堂へと戻る。
すでに着席していたカイトは手にしていた書類を片付けながら呆れた顔をする。
まさかモニカが本当に手伝いをすると思わなかったのだろう。
「仕事をする花嫁は今まで居なかったな」
「そうですか」
何となく自分より前の嫁の話をされるのは嫌な気分になる。
死んだことも気になるが、カイトとはどのような関係だったのだろうか。
昨日会ったばかりだが、見た目の美しさと意外な優しさに心が引かれているのに気づく。
(書類上ではなく本当に夫婦として過ごせたらいいのに……)
彼に愛されたいとほのかに思いながらモニカは朝食をテーブルに並べた。
「まぁ、まぁ、手際が良い事で。こちらは人が少ないので手伝っていただけるのは助かりますけれどねぇ」
ポットを持ったポーラがモニカの仕事ぶりを見て褒めた。
的確に素早く料理が乗ったお皿をテーブルに並べていくモニカは一流のメイドのようだ。
褒められたことに喜びながらも、カイトの正面に自分の朝食を置いて困惑しながら訪ねた。
「あの、本当に私がここで朝食を頂いてもよろしいのでしょうか」
正式な妻と認められていないのに、カイトの前で座っていいものかと困るモニカ。
「いちいち許可を取るな!書類上は正式な妻なのだからサッサと座れ!」
イライラしたようにカイトに言われてモニカは慌てて席に着く。
不機嫌そうなカイトに気を使いながらモニカは頭を下げた。
「あの、頂いてもよろしいでしょうか」
「俺の了承をいちいち聞くな!」
「す、すいません!いただきます」
頭を下げて挨拶をするとゆっくりと朝食を食べる。
モニカが朝食を食べたのを確認してカイトも食事を採り始めた。
(本当にご飯を食べているわ……)
彫刻のように人間離れしたカイトが口を動かしてご飯を食べる様子を見てモニカは感激をする。
モニカにじっと見つめられてカイトは居心地が悪そうに睨みつけてみた。
「なんだじっと見て」
「いえ、普通の人のように食事を採るんだなと感激しました」
正直に言うモニカにカイトは眉をひそめた。
「当たり前だ!俺は人間で生きている!俺を何だと思っているんだ」
「す、すいません」
人間離れしているからとはいえずモニカは謝った。
(食べている姿も美しいのね……)
朝食を採りならもカイトを盗み見る。
どんなことをしていても絵になるカイトは見ているだけで胸がときめく。
意地悪レジーナから離れられたことだけで満足だったが、今は余計な野望が生まれてくる。
(カイト様に愛されたらどれだけ幸せなのかしら……)
そんな日は来ないと知っていながら、夢を見ながらモニカは朝食を食べた。
朝食を終えると、カイトは書類を手に持ち立ち上がった。
モニカも慌てて立ち上がる。
「お仕事ですか?」
「そうだが……」
「どちらまで行かれるのですか?」
騎士服を着ていることから何処かへ行くのだろうとモニカが聞くとカイトは無表情に答えてくれる。
「砦だ。お前は何も知らないようだから教えてやるが、俺達は獣が町へ降りない様に砦で守っている。そして俺はそこの団長だ」
「なるほど。大変なお仕事をされているのですね」
納得しているモニカにカイトが呆れていると、爽やかな笑い声が響いた。
「二人ともお似合いだねぇ」
いつの間にかダミアンが室内に入って二人を笑いながら見ていた。
「なにかあったのか?」
緊急事態かと眉をひそめたカイトにダミアンは首を振る。
「いや、二人がどうしているか心配して見に来たんだよ。仲良くしているようで安心したよ」
「仲がいいだと?どこをどう見たらそう見えるんだ?」
不機嫌に言い返すカイトにダミアンは爽やかに微笑んだ。
「だって、カイトが自分の仕事を説明をするなんて優しい事をしているから」
「コイツが何も知らないからだ!」
「あはは、いやーカイトがこんな優しい人だとは知らなかったなぁ」
ダミアンは笑ったあとにモニカを振り返った。
「僕も教えてあげるけれど、カイトは王家も認めるぐらいの剣の使い手で獣を一人で殺すことが出来る国で勇逸の最強騎士なんだよね」
パット見た目そこまで筋肉質にも見えないカイトの体を見つめてモニカはゆっくりと頷く。
「そうだったのですね」
それも、腰に付けている細い剣で大きな獣を斬る事ができるのか。
驚いているモニカにダミアンは笑いながら付け加えた。
「どうも最強の剣の使い手というのは血筋らしくて代々受け継がれている。この地を守るように王家から言われているわけ。その血を途絶えさせたくないからこうして嫁が男子を生むまで嫁が送られてくるんだよ」
「いい加減にしてほしいものだ。俺は女を信用していない」
何度目かのカイトのセリフにモニカはどうしてそこまで女性を信用していないのか聞きたくなるがぐっとこらえた。
4人の妻がなぜ死んでいるのかも判明していない。
「まーた始まったよ。4人の妻に死なれた人間不信。少しはモニカちゃんをかまってあげなよ」
「十分かまってやっている!」
なぜか怒りながら歩き出すカイトにダミアンは軽く笑ってモニカに手を振った。
「じゃ、仕事に行ってきまーす」
「お見送りします!」
妻と認めてもらわなくても、一応は妻なのだ。
出来る限りの事をしようとモニカは慌ててカイトの後を追いかける。
「おっ、なかなかいいねぇ」
ダミアンは上機嫌に後ろをちょこまかと付いてくるモニカを褒めた。
ちらりと歩いてくるモニカを見てカイトは鼻で笑う。
「何がいいものか。妻気取りは迷惑だ」
「でもお世話になっているので、出来ることはします!」
断言するモニカにカイトは諦めたように歩き出す。
玄関まで行くとカイトのお見送りのため居ポーラとセバスが既に待機していた。
カイトの後をついて歩いてくるモニカを見て少し驚いた顔をする。
「まぁ、まぁ。旦那様のお見送りですか。立派なことですね」
ポーラが褒めるとカイトは顔を顰めた。
「旦那様ではない。コイツが勝手にしていることだ」
「いいではないですか。坊ちゃま、行ってらっしゃいませ」
セバスが頭を下げると、カイトはため息をついて片手を上げた。
「留守を頼む」
「行ってらっしゃいませ」
モニカも慌てて頭を下げてカイトを見送った。