31 血の儀式
図書室にたどり着くと、一番奥の壁へと向かう。
地下へと続く階段をカイトは注意深くモニカを抱えたまま降りた。
「すっごい埃っぽい。ノーラちゃんも来るの?」
カビと埃の匂いに口元を塞ぎながらランタンを手に階段を降りるダミアンの後を平然としているノーラが続く。
「もちろん。儀式を見てみたいわ」
「私も、カイトとモニカちゃんが心配だから見守るわ」
ハンカチで口元を塞ぎながらナタリアも続いた。
階段を降り、地下室へとカイト達は入る。
石の壁一面に掘られた記号の様な文字を見回してナタリアは手に持っていた薄汚い本を開いた。
「同じ記号が書かれているわ。きっとこれは誰かが施した術ね」
「よくやるよね。女に騙されないためとはいえ、恐ろしい呪いだよ」
呆れているダミアンをほおっておいてカイトは部屋の中心に置かれた青いテーブルにモニカを寝かせた。
モニカはぐったりと力なく横たわっているが薄っすらと目を開いてカイトを見つめた。
「モニカ、少し指先を切るがいいか?」
「……もちろんです」
モニカが弱々しく頷くのを確認してカイトは剣を抜いた。
「その剣を使うの?」
指先を切るには大きすぎる剣を見てダミアンがギョッとする。
「仕方がないだろう」
カイトは小さく言うとモニカの手を取って注意深く指先を切った。
切れ味のいい剣で斬られた指先はすぐに赤い血が滲み滴り落ちる。
「花嫁の血をこのテーブルに数滴落とすのだろう?」
カイトが確認するようにナタリアに視線を向けた。
母親が書き残した手紙を確認しながらナタリアが頷く。
「テーブルの溝が花嫁の血を中心に流すって書いてあるんだけれど、そんな数滴で大丈夫かしら」
情けない顔をして言うナタリアにカイトは顔を顰めた。
「母上は数滴でいいと書いてあるが……とてもこの量でいいとは思えないな」
愚痴を言いつつモニカの指先から滴り落ちる血をテーブルの溝に数滴たらした。
わずか数滴の血は机の溝に入ると、細く流れていく。
わずかな量の血液とは思えず流れるように溝に入りテーブルの中央へと流れた。
くぼみに血液が溜まると同時にテーブルに掘られた溝が青白く光った。
「ひ、光っているよ」
怪奇な現象の様子を見守っていたダミアンは情けない声を出してノーラを抱きしめる。
ノーラは目を輝かしてテーブルを見つめている。
「綺麗ね」
「……そ、そうね」
純粋に綺麗と感動している娘に頷いてナタリアも恐怖を感じて輝いているテーブルから距離を取った。
モニカに異変が無いか様子を見ながらカイトはモニカの手を取った。
傷がついた指先は薄っすらと血がにじんでいる。
「姉上、モニカの血を俺が飲むのか?」
「……そうよ。長男の花嫁も血を飲むのよ。お互い交換して飲むんですって……」
母親が書き残した手紙を何度も確認してナタリアは顔を顰めながら頷いた。
できれば血など飲みたくないが仕方ないとカイトはナタリアの指を口に含んだ。
ナタリアとダミアンが顔をしかめつつ見守る中、カイトは血を飲み込む。
「少量過ぎて不安だ」
そう言いつつカイトは腰の剣を抜くと自らの指先を切りつける。
傷から血がしたたり落ちる。
モニカの口元に傷ついた指先を近づけた。
カイトの指先から滴り落ちる血が少しだけ開いたモニカの口の中に落ちていく。
「モニカ、嫌だろうが血を飲み込んでくれ」
静かに言うカイトに頷いてモニカはゆっくりと口の中に入って来た物を飲み込んだ。
目を開けているのもやっとのモニカがゆっくりと飲み込むのを固唾を飲んで見守っていると、青く光っているテーブルの光が強まる。
目を瞑るほど眩しい光がモニカの体を包み、そして光は消えた。
静かな室内でナタリアとダミアンはゆっくりと顔を見合わせる。
「これでモニカちゃんは良くなったのかしら?」
「きっと呪いは解けたんじゃないかな。凄いものを見た感じ……」
呆然としているナタリアとダミアンの前でノーラははしゃいで手を叩いている。
「楽しかった。モニカ叔母様が光っていて綺麗だったわね。これで元気になるの?」
喜びながらノーラはカイトに尋ねた。
「元気になる」
カイトは断言してテーブルの上に横たわっているモニカを覗き込んだ。
眠そうに何度か瞬きを繰り返してモニカは頷く。
「眩暈と体のだるさは消えました。でもまだ体が重くていうことを聞かない感じです」
死人のように生気を失っていたモニカだったが、しっかりと話す様子にカイトはホッと息を吐く。
赤みが差した顔と目の輝きを見てもう大丈夫だと頷いた。
「母上に感謝だな。モニカの命が救われた」
「そうですね」
モニカは頷いて大きなあくびをする。
急に襲ってきた眠気に勝てそうにない。
眠そうなモニカの頭をカイトは撫でた。
「体が疲れているのだろう。ゆっくり眠って大丈夫だ」
命の危機を脱したであろうモニカにカイトは優しく声を掛けた。
様子を見守っていたナタリアとダミアンも生気が戻ったモニカを見てガッツポーズをする。
「良かった」
「しかし本当に術なんてあるんだね。今までのカイトの嫁が死んだのもこのせいなんだね。ちょっと可哀想だ」
余計なことを言うダミアンをナタリアは睨みつける。
「同情をする価値はないわよ。確かにモニカちゃんが死にそうになったのは可哀想だけれど、他の女たちは妻の座を降りればよかったのよ。お母さまの手紙にも書いてあったわ、妻にならなければ術の効果はないってね。二股掛ける方が悪いのよ」
「姉上これ以上あの女たちの事を言うのは止めてくれ」
女性達を思い出したのか険しい顔をしているカイトに睨みつけられて二人は慌てて笑みを作った。
「ごめんなさい。もう言わないわ」
「そうそう。カイトからかしたら沽券にかかわるしね」
また余計な一言を言うダミアンの腕をナタリアは思いっきり叩いた。
そんな会話が面白くてモニカは目を瞑りながら声を出して笑った。
元気を取り戻したモニカに一同は顔を見合わせて微笑んだ。