30 花嫁の呪い 2
「なんだか疲れちゃったわ……」
小さく言ってモニカは瞼を閉じた。
体が重く、目を開けていることも辛い。
「なんかさ、このまま死んじゃうみたいじゃない?」
様子を見守っていたダミアンがポツリというとカイトとナタリアに物凄い目で睨まれた。
「何を言っているの!モニカちゃんが死ぬはずないでしょ。変な男と付き合っているわけじゃないのにどーして死んでしまうのよ!」
「ごめん。死にそうなぐらい弱っているから」
ダミアンの言う通り時間が経つにつれてモニカの生命力も弱まっているのが目に見えてわかる。
押し黙ってしまったナタリアとカイトに、ダミアンは明るい声を出した。
「いや、深刻に考えないでさ。きっと何かいい案があるよ!ね?」
「適当なことを……」
カイトは小さく言うと、静かにソファーに座っているノーラに視線を向けた。
構ってほしくてカイトの周りをウロウロしているノーラが珍しく静かに本を読んでいる。
それもボロボロの表紙だ。
「ノーラ。何を呼んでいるんだ?その薄汚い本はなんだ?病気になるぞ」
埃やカビが付いているような本を読むなんて考えられないと眉をひそめるカイトにノーラは本をかかげた。
「よくわからないの。図書室にあった汚い本」
「あら、それ図書室から入れる地下室の壁に書いてあった文字と似ているってモニカちゃんが言っていた本ね。汚いから読むのをやめなさい。こんなところまで持ってきて……」
文句を言いながらナタリアが本を取り上げた。
その本をひったくるように手に取るとカイトはパラパラとページを捲る。
「確かに地下室の壁に書かれていた文字だ。中身は全く読めないな……」
パラパラと本を捲っていると一枚の便箋が本の間から飛び出して床に落ちた。
ナタリアが床に落ちた便箋を拾い上げると書かれている文字を見て声を上げた。
「これ、お母さまの文字だわ」
カイトも驚きながらナタリアが手に持っている紙を覗き込んだ。
綺麗な文字で儀式についてと題名が書かれている。
「儀式だって……」
困惑しながら呟くナタリアにカイトは頷いて文字を目で追っている。
「なんて書かれているんだ?」
ダミアンが背後から問いかけると一通り読み終わったカイトは険しい顔をして答えた。
「どうやら長男の嫁になる人は儀式をしないと一年以内に死亡をするらしい。不貞行為があった場合は即死ぬと書いてあるが……そんなことあるか?」
信じられないというようにカイトはナタリアを見つめた。
「あるんじゃない?実際、死んでいる人が居るわけだし」
「どうしてそんなことをしようと思ったの?誰がやっているわけ?怖いんだけれど」
身震いしながら恐怖を紛らわすようにダミアンはノーラの肩に手を置いて顎を頭に乗っけている。
「私たちが美しすぎるからよ」
ナタリアの言葉にカイトは何を言っているのだと視線を向ける。
冷たい視線を受けて、ナタリアはカイトを睨みつけた。
「だって、これもお母さまが言ってたのよ。私たちは美しすぎるから、変な女が寄り付かないように代々呪いが掛けてあるって言ってたわ!今思い出したぁ!」
もやがかかっていた過去の記憶が突然蘇りナタリアはガッツポーズをしている。
「ではここに書かれている儀式とやらをすればモニカは助かるのか?」
いまいち信用をしていないカイトにナタリアは頷いた。
「お母さまが呪いで死んでいないという事は、そうなんじゃないかしら?」
「もしかしたら昔の先祖様は女に騙された経験が沢山あるんじゃないの?」
ダミアンの言葉にカイトは遠い目をする。
「そう言われると、そうかもしれないな」
カイトも初恋の女に裏切られ、顔やお金を目当てに来た嫁たちは次々と不貞行為をしていた。
それも4人続けてとは女運が悪すぎる。
先祖から続く女運の悪さだとしたらこれも呪いの一種としか思えない。
「とにかく、その儀式とやらをしようよ。モニカちゃん死んじゃうよ」
ダミアンの言葉にカイトは気を取り直す。
「確かにそうだな。真偽はともかくやってみる価値はあるだろう」
「で、それって何をするの?」
ダミアンは胡散臭そうな顔をしながら聞くと、カイトは肩をすくめた。
「儀式の部屋で、花嫁と血の交換をするらしい」
「血の交換~。気持ち悪い……」
眉をひそめるダミアンにナタリアも顔を顰めながらも頷く。
「お互いの血を飲むんですって。少量でもいいらしいわよ」
「儀式の部屋とやらは間違いなく図書室の奥だろう。そこで血の交換を行うらしい」
カイトはやりたくなさそうな雰囲気を出しながらモニカに近づいた。
目を閉じているモニカの体を軽く揺する。
「モニカ、起きているか?」
「……聞いていました。血の交換をすれば私良くなるんですか?」
ゆっくりと瞼を開いて見つめるモニカにカイトは軽く頷く。
「多分……良くなると思う。とにかく、やれることは全部やろう」
「わかりました」
モニカは起き上がろうとするが、自力で起き上がることも出来ずカイトがすかさず背中に手を置く。
「図書室まで運ぶ」
そう言うとモニカの体に手を入れて難なく抱き上げ歩き出した。
「大丈夫かしらね。心配だわ」
「まぁ、カイトのお母さんがそれで生き延びているんだろうから大丈夫だと思うけれど、血の交換は気持ちが悪い。僕は無理だなぁ」
モニカを抱き上げたカイトの後にナタリア達も続いて歩き出した。
日が落ちてしまい屋敷の中は暗い。
明かりが灯されている廊下を歩き、図書室へと向かう。
屋敷の外れにある図書室までの道のりは明かりがともっておらず真っ暗だ。
「広すぎる屋敷っていうのは幽霊が出そうで怖いよね。なんせ4人もの女性が直近で死んでいるし。そのほかに98人の女の怨霊が渦巻いているような気がしてくる」
ダミアンはランタンで行く先を照らしながら暗闇に怯えながら先導をする。
恐怖を紛らわすようにノーラの手を掴んでいる。
「ノーラはお化け見てみたい!」
「ノーラちゃんは怖いものが無いのかね。おじさん、ちょっと尊敬するよ」
「無駄口を叩いてないでちゃんと明かりを照らせ。モニカを落としたらどうするんだ」
モニカを抱えているカイトの鋭い声にダミアンは嫌々ながらもランタンを照らして先を歩いた。
カイトの腕の中のモニカは意識が遠のきそうになり、目を開けているのがやっとの状態だ。
(今寝てしまったら、もう二度と起き上がれないような気がするわ)
急激に悪化している体調の悪さを自覚する。
レジーナが来た精神的ストレスで体調が悪くなったのかと思ったが、彼女が去った後も時間を追うごとに体力は消耗している。
息をするのも疲れてしまうほどだが、やっとカイトと両想いになれたのに今死ぬわけにはいかない。
気力を振り絞って目を開く。
自分を見下ろしている心配そうなカイトに力なく微笑んだ。
「儀式でよくなるといいんですけれど……」
「きっと良くなる。本当の夫婦になろう」
カイトの言葉が嬉しくてモニカは頷いた。