3 突然の結婚 3
「謝ることは無いよ!カイトの花嫁がみんな死んでしまっているんだもの、そりゃ誰も嫁に来ようとは思わないよねぇ」
俯いているモニカを励ますようにダミアンが明るい声を出した。
「俺のせいではない、あいつらが勝手に死んでいったんだ」
納得できないと不機嫌にカイトは呟く。
「私頑張りますのでどうぞお傍に置いてください」
意地悪なレジーナの元に帰りたくない一心でモニカは頭を下げる。
「頑張るっていったい何を頑張るんだ……。嫁はいらない」
ますます呆れているカイトにダミアンは嬉しそうに手を叩いた。
「良かったじゃないか。やる気があるお嫁さんで」
「まだ嫁に取ったわけではない」
不機嫌に言うカイトにダミアンはにやりと笑って書類を懐から取り出した。
「お前が毎回結婚を渋るから、今回もお前のお姉さんと国王が勝手に婚姻の書類を出されて受理されている」
「なんだと!」
ダミアンから書類をひったくるように手に取ると目を通しカイトは青ざめた。
一体何をそんなに驚いているのかと首を傾げるモニカに、カイトはため息をついた。
「最悪なことに俺とお前は正式に結婚をしたようだ」
「元からそのつもりでしたが……。すでに結婚が受理されているのは驚きました」
サインなどしたつもりもないが、書類上正式に結婚されているならば無理に追い出されることもないだろう。
少しホッとしているモニカに、カイトはますます呆れている。
「この領地は薄暗くいつも霧が出ている。そのために獣が頻繁に出る地域だ」
「獣が出るとは初めて聞きました。でもそれを守る騎士様達が居るから安心だと聞いたことがあります」
「簡単に言ってくれるな。いくら騎士と言えども、獣に立ち向かうのは手練れの者でなければ無理だ。もし取り逃がしでもしたらお前はおろか、町へ降りて人を襲う。引っ掻かれただけで毒に犯されて死ぬこともある。この領地はその獣が頻繁に出るところだぞ。特に我が屋敷は国の一番外れに建てられている、どういう事か分かるか?」
カイトに問いかけらえてモニカは頷いた。
「このお屋敷が一番危ないという事ですか?」
「そうだ。それでも俺の顔や地位を狙ってきた女たちは、こんな何もない所は居られない獣も怖いと言い始めた。お前もどうせそうなる。早く実家に帰った方がいい。書類上結婚をしているが、そのあたりは何とかしよう」
早く帰れというカイトにモニカは首を振った。
両親が生きていれば帰ったかもしれないが、もう帰る場所など無い。
両親が亡くなってから家に乗り込んできたハンネス家族たちの監視の目がないだけでここ数日は伸び伸び過ごすことが出来た。
イレーネが居る生活はモニカが思っていたよりストレスを感じていたようだ。
またあの生活に戻るのかと思うと心が重くなる。
「ここに居させてください。私に帰る場所は無いのです」
あの生活に戻るくらいなら獣が出るかもしれないぐらいはなんてことない。
結婚相手のカイトもモニカが想像していたより素敵な男性でこちからかお願いしてでも結婚したいぐらいだ。
頭を下げるモニカにカイトは顔を顰めた。
「帰る場所がない?俺の所によこすぐらいだから一応貴族だろう?」
不思議そうにしているカイトにダミアンは分厚い釣書を机の上に投げた。
広い机の上を滑っていく釣書をカイトは拾い上げる。
「結婚相手の釣書ぐらいみておいたら?」
「本当にやってくるとは思わんだろう。花嫁が4人も死んでいるんだぞ」
そう言いながら釣書を開く。
(私の事が書かれているのかしら……)
何を書かれているのかドキドキしながらカイトが読み終わるのを待つ。
眉間に皺を寄せて読み進めていくカイトはため息をついて乱暴に釣書を机の上に叩きつけた。
「なるほど、両親が亡くなっているのか……」
「はい、5年ほど前に」
何を書かれているか不明だが、帰る場所がない事情は察してくれたようだ。
「言っておくが、俺はお前を妻と認めたわけでない。妻気取りで俺に指図するな。お前を愛することも無い。それでもいいならば屋敷に居ることを認めよう」
「ありがとうございます」
(見た目は少し怖いけれど、意外と優しいのね)
人間離れした美しい見た目に人を近づけさせないようなピリッとした冷たい空気感に怖い人なのかと思ったが案外いい人だ。
モニカはホッとして息を吐いた。
「それから、いつ死んでも俺は知らないからな!俺は愛していなかったがどの妻も一年以内に死んでいる。お前もそうならない様に早く出て行くのがいいと思うぞ」
「大丈夫です。私は意外と丈夫なので死なないと思います」
はっきりと言うモニカにカイトは呆気に取られて目を丸くする。
「体の頑丈さは関係ないと思うが……そこまで言うなら好きにしろ。それから、森には近づくな、獣が出るから」
「わかりました。ありがとうございます」
嬉しくて笑みを浮かべているモニカにダミアンは手を叩いてお祝いをしてくれる。
「良かったねぇ。死んじゃうかもしれないのに屋敷に居てくれるのは本当にありがたいよ。きっといい夫婦になると思うよ」
「絶対にならない!俺は女を信用していないからな!」
吐き捨てるようにカイトが言った。
ダミアンは肩をすくめてモニカに視線を向けてくる。
「嫁が4人も死ぬと、こうやって捻くれるんだよ」
「あいつらの頭が可笑しいからだ。俺は女なんて大嫌いだ」
よっぽど何かがあったのだろうとモニカはとりあえず愛想笑いをうかべてやり過ごす。
何があったのか、女性達はどうして死んだのか気になるが今は聞けない雰囲気だ。
「まぁ夫婦関係は僕が介入することではないから何も言わないけれど、モニカちゃんの部屋ぐらい案内してあげたら?せっかくこんな辺鄙な場所まで来てくれたんだし」
ダミアンに促されてカイトは舌打ちしながら立ち上がった。
机の脇に立てかけてあった金色の剣を取るとモニカに近づいてくる。
金色の剣は鞘に細かい細工の模様が施してあって美術品のように綺麗だ。
剣をボーっと見つめているモニカにカイトは眉をひそめた。
「お前を斬ることは無いから安心しろ」
「そんなこと考えていませんでした……」
物騒なことを言う人だと驚くモニカにカイトは肩をすくめた。
「4人も妻が死ねば俺が殺したと噂されているのではないか?」
王都では面白おかしく噂が流される場所だ。
自虐的に言うカイトにモニカは首を傾げる。
「さぁ?社交界の事はよくわかりません」
「……なるほど。とにかくお前の部屋に案内しよう」
歩き出したカイトについて行っていいのかとダミアンを見ると面白そうに微笑んで頷いている。
振り返ることなく部屋を出て行くカイトに慌ててモニカはついて行った。
薄暗い廊下を歩き、カイトは階段を上がっていく。
屋敷というよりは城と表現した方がいいほど広い。
モニカより頭2つほど背が高いカイトの歩くペースは速く、息切れをしながら付いていく。
上から下まで真っ黒な騎士服姿のカイトは暗闇に紛れて少し離れるとよく見えなくなる。
姿を見失わない様にカイトの後を小走りについて行く。
広い階段を上がり、しばらく長い廊下を歩き中央付近のドアの前でカイトは立ち止まった。
「お前はこの部屋を与えよう」
扉を開けてモニカに中へ入るように促す。
軽く頭を下げてモニカは室内へと入った。
「広いお部屋……」
使用人として与えられていた部屋は日の当たらない小さな部屋だった。
カイトに与えられた部屋はその部屋の倍以上はある。
ソファーとローテブルが置かれその奥には大きな窓。
続く部屋に大きなベッドと備え付けの机が置かれている。
予想よりも広い部屋に驚いているモニカをカイトは冷めた目で見つめた。
「無駄に広い屋敷だ。これぐらいの部屋の広さで驚くことも無いと思うがな」
「嬉しいです。ありがとうございます」
喜ぶモニカにカイトは肩をすくめ、備え付けのクローゼットを顎で指す。
「ちなみに歴代の嫁たちもこの部屋を使っていた。荷物がまだそのままになっているかもしれないが適当に使ってくれて構わない」
「はぁ……」
すでに亡くなった人の遺品を使うほどモニカは無神経でない。
流石に表情が暗くなったのを見てカイトは喉の奥で笑った。
「気になっていたのだがお前の荷物はそれだけか?」
モニカは頷いて持っていたトランクを軽く持ち上げた。
「元から荷物は少ないのでこれだけです」
「……それだけでは不便だろう?我が家に来た女たちは大量の荷物を持ってきていたぞ」
「大丈夫です」
両親が亡くなってから使用人の制服を着ていたので洋服に不自由することが無かった。
今回も花嫁として期待されていないのならば使用人の服一枚で足りるだろう。
幸いなことに外に出る用事もなさそうだし、店もなさそうだ。
そう考えて頷くモニカを不思議そうに眺めてカイトはもう一度肩をすくめて背を向けた。
「なにか不自由があれば遠慮なく言ってくれ。期待に応えられるかどうかは分からないが考慮しよう」
「ありがとうございます」
(なんだかんだ言っても優しい人ね……)
最低の人間たちを見てきたので、カイトの言葉が心に染みる。
冷酷そうな言い方だが、かけてくれる言葉は優しい。
「花嫁としては歓迎しないが、ゆっくり休んで今後を考えろ」
早く出て行けと言っているようだが、モニカはここを出て行くつもりはない。
軽く頷いて頭を下げると、カイトは部屋を出て行った。
一人になった部屋でモニカはやっと一息つく。
「大変な数日間だったわ……。でも、意地悪なレジーナが居ない生活が始まるのよ」
声に出して言うとやっと時間が湧いてきてモニカは嬉しさのあまり両手を上げる。
「嬉しいわ!あの意地悪なレジーナが居ないのよ!」
喜びながら窓を開ける。
昼間なのに薄暗い空を見上げて大きく息を吸い込んだ。
たとえ獣が出ようとも、天気が悪い地域だとしても大きな部屋を与えられて意地悪なレジーナが居ない生活が出来る。
それが嬉しくてモニカはもう一度大きく息を吸い込んだ。
「お父様!お母さま!私頑張るわ!たとえ、妻として見てくれなくても……」
(カイト様は私の事は妻と認識しないと言っていたわ……)
顔も人並で美人とはいない、レジーナからもらったワンピースは胸元が緩いということは胸も小さいという事だ。
女として見られ貰えないのは仕方ないが、これから頑張ろうとモニカは決意を硬くした。
あの美しい人が書類の上だけでも夫となったのだ。
そう思うと嬉しくて笑みが出てくる。
男性などどうでもよかったが、想像以上の美しい人が自分の夫になったのだ。
「何か間違えて私を好きになってくれないかしら……。まぁ、無いか」
女が大嫌いだという言葉以前に自分が女性として魅力がないことを思い出しモニカは息を吐いた。