29 花嫁の呪い 1
『私はカイトに殺されたわ。あの人と幸せになるはずだったのに』
口惜しそうな女性の声が聞こえる。
花嫁衣裳を着た綺麗な女性だ。
『私だって悪かったと思うわ。でも、仕方ないじゃない……』
その後の女性の声は小さくなっていき聞こえなかった。
目を開くと心配そうな顔をしているカイトと目が合った。
何度か瞬きを繰り返して、自分がいる状況を確認する。
いつの間にか与えられた自室のベッドに運ばれていた。
ベッドのふちにカイトが座っていモニカを見下ろしている。
「私、寝てしまっていたんですね」
「そろそろ夕方だ。体調はどうだ?」
モニカが起き上がろうとするがやはり眩暈がして立ち上がれそうにない。
手と足に力が入らず静かに再び横になる。
「眩暈がします」
「医者にも診察をしてもらったが、原因は不明のようだ」
眠っている間に診察してもらったのかとモニカは頷いた。
医者が来ても目が覚めないほど深く寝ていたらしい。
「レジーナはどうしました?」
「死にたくないと言って帰った」
カイトが短く言うと、ドアがノックされてどやどやとナタリアとノーラ、ダミアンが入ってくる。
モニカの目が覚めているのに気づいて軽く手を振った。
「モニカちゃん、少し良くなった?」
「眩暈が収まらないようだ。あの女は帰ったか?」
カイトが確認するように言うと、ナタリアとダミアンはレジーナを思い出して握りこぶしを作っている。
「帰ったわよ!この屋敷の物を馬車に詰め込もうとしていたから取り返すのが大変だったんだから!私がモニカちゃんにあげた洋服とか!花瓶とか」
ナタリアに続いてダミアンも頷く。
「そうだよ。果てにはでっかい絵まで持って行こうとしていたんだよ。なんなのあの女。”すべて私の物よ、お土産にこれぐらいいいでしょ”って!いいわけあるかー!」
怒っている二人の報告にさすがのカイトも若干引き気味だ。
「そ、そうか。大変だったな」
「全くだよ。全部、報告させてもらったから。お家取りつぶしになればいいんだよ!人のモン当たり前に盗んで。あれはどこでもやっているね、手慣れているもん。嫁取りと言っても誰でもいいわけじゃないんだよ。来ればいいってわけじゃないのに何考えてんだあの女!」
歯ぎしりしながらダミアンが言うと、ナタリアも頷く。
「あんな女が嫁に来たら一瞬で死んでいるわよ。このベッツア家の呪いでね」
「……その呪いで私は死ぬんでしょうか。体調がどんどん悪くなっている気がします」
朝よりも体力も落ちているし、力が入らない。
そんな呪いがあるのならば自分も死んでしまうのかとモニカは不安になる。
(やっとカイト様と心が通じたところなのに。まだ死にたくない……)
不安な顔をしているモニカを慰めるようにカイトは頭を撫でる。
「大丈夫だ」
「そうよ、あの女たちとは違うんだから」
「どう違うんですか?こうやって原因不明の病気にかかって死んでしまったんですか?」
小さく聞くモニカに、カイトは大きくため息をつく。
「病気で死んだ人は居ない。どの女も突然死んでいる」
「……」
「一人目は俺の幼馴染の女性だった。……まだ俺も若かった、相手も同じ年だった。俺は彼女を愛していたが、彼女は違ったようだ」
「えっ?」
モニカが驚くと、カイトの背後に居たナタリアとダミアンは困ったように頷いている。
言いにくそうにカイトは言葉を続ける。
「結婚式前日に、彼女は言った。俺と結婚できないと、他に好きな人が居て実は付き合っているとまで言われた。そしてその夜、花嫁になるはずだった女と男は俺から逃げるように村を出て事故にあって死んだ」
「駆け落ちよ。村を出て山道から馬車が転落したの、二人同時に死んでしまったのよ」
ナタリアが背後で付け加える。
カイトに好きな人が居てそれも幼馴染だと聞くと少しショックを受けるが、それは仕方ない。
彼だって大人なのだ、恋愛の1つや2つはあるだろう。
モニカが頷いたのを見てカイトは話を続ける。
「そこから俺は女性が信じられなくなった。結婚などどうでもよくなり、嫁に来た女を構いもしなくなった。数年後また勝手に縁談を組まれてやってきた女は、庭に出入りしていた植木職人の男と影で付き合うようになった。そして裏の湖で溺死しているのが見付かった」
「それも植木屋の男と二人手を繋いだまま死んでいたんだよ。心中と言われている」
ダミアンが説明をする。
「3人目は俺に”顔だけ綺麗なつまらない男ね”と言って、他に男を作った。砦の兵士だった」
遠い目をして言うカイトがだんだん可哀想になってきてモニカはそっと手を取った。
それでもどうやって亡くなったのか知りたくてゴクリとツバを飲みこむ。
「その方も事故ですか?」
「いや。二人で密会をしているところを獣に襲われて死んだ」
「それも二人そろって裸だったのよ!一体何をしている最中だったやら呆れるわね」
ナタリアが信じられないと首を振って付け加える。
「4人目は、屋敷の金を使い込んでいた。俺の目を盗んで現金と金や指輪など金になりそうなものを密かに横流ししようとしてその男と湖で死んでいるのが見付かった」
「そ、その方も浮気をしていたのですか?」
モニカが聞くとカイトは肩をすくめる。
「さぁ、俺は興味が無いからわからない」
「多分、できていたと思うよ。その4人目の妻は一番壮絶で不可解な死に方で、口いっぱいにお金が詰まっていたんだよね」
「お、恐ろしいですね。私は大丈夫でしょうか」
ますます死んでしまうのではないかと不安になるモニカに、ナタリアとダミアンは首を振った。
「だって、モニカちゃんは他に男を作ってないしお金も盗んでいないじゃない。呪いがあるとしてそれが発動することは無いと思うのよ」
「それでもモニカは体調を崩している」
カイトが強い口調で言うと、ダミアンは腕を組んで考え込んだ。
「実際、呪いがあるとしよう。でもさ、カイトのお母さんだって生き残っているわけじゃないか。回避する術があるんじゃないの?」
「たしかにそうだ」
カイトとナタリアは今気づいたというように同時に頷いた。
「今まで考えたことが無かったけれどお母さまとお父様は仲が良かったわよね。体調を崩すことも無かったし」
モニカは申し訳なさそうにカイトとナタリアに問いかける。
「あの、差し支えなければでいいんですけれど、ご両親はどうして亡くなったのですか?」
「母は俺が幼い頃に病死して、父は10年ほど前に同じく病死だ」
「呪いとは関係ないと思うわ。どうして私たちの母は嫁に来て一年以上も長生きできたのかしら」
ナタリアは自らの額を何度も叩いて唸り声を上げた。
突然の奇妙な行動にダミアンがギョッとしてナタリアから少し距離を置く。
「ナタリアねぇ様どうしたの?おかしくなっちゃった?」
「違うわよ!何か大切なことを忘れているような気がするのよ。薄ぼんやりと思い出しそうなの。長男の嫁に来たら何かやらないといけないことがあるからカイトにいつか伝えないととか言っていたのよ!」
「それはかなり重要なことじゃない?」
ダミアンが低い声を出すと、カイトはもっと低い声を出す。
「なぜそんな大切なことを忘れているんだ。俺は母上からそんなことを聞いていないぞ」
「だってカイトはまだ小さかったじゃない。お母さんが死んだ時はまだ10歳ぐらいで、カイトにお嫁さんが来るときに伝えると言っていたような気がする。カイトのお嫁さんになる人は大変ねぇなんて笑っていたのを今思い出した!」
「で?そのやらないといけないこととは何だ?」
カイトに鋭い目で見られてナタリアは口を尖らす。
「解らないわよ。私は関係ないからフーンって聞いていただけだし。まさかお母さまがあんなに早く死んでしまうなんて思わないかったもの」
「よく思い出すんだ!もっと何か重要なことを言っていただろう?」
「思い出せないの!ここまで思い出せたのも凄い事よ!10年以上前の記憶よ。それから10歳の可愛くないカイトを育てたのだからありがたいと思いなさいよ」
「それは感謝しているが、何が何でも思い出せ!」
言い合いをしているカイトとナタリアを見つめながらモニカは力ない声を出す。
「やっぱり私は死んでしまうんですか?」
「死なない!」
カイトとナタリアは同時に振り返るとモニカに近づいてきた。
ベッドの上に横たわっているモニカは刻刻と弱っているのが目に見えてわかり二人の表情が曇る。
よっぽど自分の症状が良くないのだとモニカは思いながら何とか起き上がろうとするが体に力が入らない。
「無理に動くな。必ず何とかするから。せっかくモニカと本当の夫婦になることが出来るのに死なせるものか」
カイトの言葉が嬉しくてモニカの目からポロポロと涙がこぼれる。
「嬉しいです」
本当の夫婦という言葉にじんわりと喜びが増す。
嬉しい心とは裏腹に体はいう事をきかない。
(せっかくカイト様が本当の夫婦になろうと言ってくれているのに。どうして私はこんな体なのかしら)
嬉しいのにどうにもならない状況に歯がゆい気持だ。
それでもレジーナが居なくなったことで心が晴れ晴れとしている。
もう一生会うことも無いだろうとモニカは心の中でレジーナに別れを告げた。