28 甘い世界 2
「嫌ぁぁ!どういうことなの?」
レジーナの絹を裂くような悲鳴でモニカは目を開いた。
一体何を騒いでいるのだろうと身動きをするとすぐ横に綺麗なカイトの顔があって驚いて声を上げる。
「わぁ、どうしてカイト様が?」
自分がどこに居るのか理解できず、視線を彷徨わせる。
カイトの大きなベッドに二人で横になっていた。
それもカイトの胸に顔を埋めるようにして寝ていることに気づいて慌てて起き上がろうとするが眩暈が酷くへなへなと力なく倒れた。
再びカイトの胸に倒れ込む。
「さっさと離れなさいよ!このあばずれ女が!カイト様が迷惑をしているでしょう!あんたは掃除でもしていればいいのよ!」
眉を吊り上げて大きな声でレジーナは怒鳴っている。
カイトは気だるげに起き上がると、迷惑だというように睨みつけた。
「人の部屋に勝手に入ってきて何なんだお前は、いい加減出て行ってくれないか」
「カイト様、ご迷惑ですよね!モニカが勝手にそんなところに入ってきて」
「言葉が通じないのか?この女は」
カイトが呆れていると、開いたままのドアからナタリアとダミアンが顔を出した。
モニカが力なく寝ているのを見て、ナタリアとダミアンも大きな声を出した。
「どういうことなの?ねぇ、何があったの?いつの間に二人はこういう関係になったの?」
「どういう心境の変化?僕いい所見逃していた感じ?」
部屋に入ってくるなり大きな声で捲し立てるナタリアとダミアンにカイトは軽く手を振った。
「うるさい。大きな声を出すな。モニカの体調が悪い」
「……ごめんなさい。まだ良くならないの?この女のせいじゃない?」
ナタリアは謝ると隣に立っているレジーナを睨みつけた。
レジーナも負けじと睨みつけ返す。
「失礼ね。モニカが勝手に悪くなっているだけじゃない!体調管理もできない最低の女よねぇ」
「……まさか5人目の犠牲者になるかもしれないね」
声のトーンを低くして静かに言うダミアンに一同は視線を向けた。
先ほどまで怒っていたレジーナも眉をしかめる。
「モニカが死なないから私が代わりにお嫁に来ようと思ったんだけれど、呪いみたいなのは冗談なんじゃないの?」
「違うよ。実際花嫁が4人死んでいるのは真実だ」
本当に花嫁が死んでいることを目の当たりにしてレジーナの顔色が悪くなってくる。
ぐったりとベッドに横になっているモニカを見つめる。
「まさか、カイト様の花嫁は死ぬってこと?」
ナタリアとダミアンは視線を合わせて頷いている。
「やっぱりそうなのね。悪くて言えなかったのだけれど、実はベッツア家に嫁入りした人は代々早死になのよ。モニカちゃんがもし死んだら99人目になるわ。死んでもいいというのならレジーナも嫁になればいいじゃない。100人目になるわよ」
「はぁ?私は死なないわよ」
明らかに馬鹿にした口調で言うレジーナだが顔は真っ青だ。
「みんなそう言っていたわ。モニカちゃんも一昨日までは元気だったのよ……」
涙ながらに語るナタリアにダミアンも頷く。
「どの花嫁も急に死んでしまったけれどね。君も死にたくなければ早く帰った方がいい。可愛いんだから、こんな霧がかった太陽が出ない、遊ぶところが何もないようなところで人生を終えるのはよした方がいい」
真剣に言うダミアンにレジーナは顔を顰めた。
「太陽が出ない?遊ぶところがないって店ぐらいあるでしょう?」
「来るときに見なかったのかい?店なんて1つも無いよ。ちなみに村人も居ないなぜならここが一番危険な地だからだよ。なぜなら獣が出るから」
「獣が出るですって?」
「あれ?知らなかったのかい?カイトの仕事は辺境貴族だけじゃなくて砦で団長をしている。獣を国に入れないためにある砦だね。たまに塀を乗り越えて獣がやって来るんだよ。そのせいで、モニカちゃんがこの前襲われちゃって生死の境をさまよったんだよ」
生死の境とは言いすぎだとモニカはベッドに横たわりながら思ったが口を挟むことはできない。
カイトも黙って様子を見ている。
「モニカの頬の傷って獣に襲われたの?」
弱々しく寝ているモニカの頬が露になって傷が良く見えている。
レジーナの顔がどんどん青ざめていく。
カイトはため息をついて自らの頬をさらした。
「俺も獣に襲われてこのざまだ」
「ひぃぃー。私、獣に襲われたくないわ。あんな顔になりたくないもの」
はっきりというレジーナの言葉に誰もが殺意を覚えたが堪えてナタリアは同情するように頷いた。
「そうよねぇ。きっとあなたならいい縁談があると思うわよ。貴方のお父様にお願いしてみなさい」
ナタリアの言葉にレジーナは素直にコクコクと頷いた。
「私、命が惜しいから一度失礼するわ。モニカが死んだら教えて頂戴。カイト様も美しいけれど、ちょっと怖いわ。私自分の命が一番大事だから、嫁には来られないかもしれないけれど、どうしてもというのなら考えてあげてもいいわよ」
青い顔をしたまま小声で言うと後退りしながら部屋を出て行った。
「ちゃんと帰るか見守ってくる」
ダミアンはそう告げるとレジーナの後に続いて行く。
「何だったんだ一体……」
カイトがため息をつくと、ナタリアも頷いてベッドサイドまで近づく。
ウトウトしているモニカの額に手を置いて呼びかけた。
「モニカちゃん、大丈夫?」
「目が回って起き上がれません」
力なく言うモニカにナタリアは微笑む。
「無理しないでいいのよ。悪魔みたいな女は出て行くからゆっくり休んで。……気になって仕方ないから聞くんだけれど、カイトに襲われたわけではないわよね?」
「違います」
「失礼な」
カイトとモニカが同時に答えるとナタリアは安心したように頷いた。
「よかったわ。体調が悪いモニカちゃんを襲っちゃったかと思った。どうしてこうなったの?」
「私が、カイト様に話があって部屋を訪れたんです。そうしたら力がでなくなっちゃって……」
力なく言うモニカの頭をモニカは優しく撫でる。
「そうだったのね」
「あのね、ナタリア様。カイト様が私の事犬じゃなくて人間として好きだって言ってくれたの」
また睡魔に襲われているモニカがウトウトしながら呟いた。
ナタリアは驚いてカイトに視線を送るとこくりと頷く。
「子犬のように可愛いが、人間としても可愛いと思っている」
「良かったわ。あとはモニカちゃんが元気になることね。きっといい夫婦になるわよ」
ナタリアとカイトの声を聞いてモニカは安心したように微笑むとそのまま眠りに落ちる。
静かな寝息を立てているモニカを見つめてナタリアは眉をひそめた。
「ねぇ、これって花嫁の呪いかしら」
「あの女が来たストレスで体調が悪くなったのだろう。モニカはあの女たちとは違う」
モニカの頭を撫でながら言うカイトにナタリアも頷く。
「そうね。だけれど、考えても見てよ。文献にあるだけで嫁に来て一年以内に98人も嫁が死んでいるのは事実なのよ。きっと何かがあると思わない?」
「98人というのは初耳だな。誰に聞いた?」
カイトの鋭い瞳に見られてナタリアは肩をすくめる。
「お母さまよ。昔、言っていたような気がするのよねぇー。何か大切なことも言っていたような……」
遠い記憶を思い出そうと額を何度も叩いているナタリアにカイトはため息をついた。
「それよりモニカを部屋に運ぶ。ここでは落ち着いて療養もできないだろう」
「それはアンタでしょ。一緒に寝ていたらつい襲ってしまうなんてことがありそうよねぇ」
冷たい目を向けられてカイトは眉をひそめた。