23 新しい髪型 2
「まぁまぁ、何年ぶりでしょうね。以前はお嬢様の髪の毛をカイト様が切っていましたね。懐かしいわね」
ポーラが微笑みながら庭に椅子を置いてモニカに座るように促す。
座ったと同時に首元にケープがかけられた。
「カイト様がお姉さまの髪の毛を切っていたんですか?」
女性の髪の毛をカイトが切るというのが想像できずにモニカが聞くとポーラは嬉しそうに準備を進めながら頷く。
「そうですよ。意外と器用で、お嫁に行ってからも里帰りの時はカイト様に切ってもらっていましたよ。ちょっと前もノーラ様の毛を切ってあげていましたよ」
「あのカイト様が……」
騎士服を着て男らしいカイトが女性の髪の毛をきめ細やかに切っているイメージがわかずにモニカは今だ信じられない気持ちだ。
剣の達人ということだが、あの腰にぶら下げている剣で髪の毛を切るのかと想像して身震いをする。
(間違えて首を斬られたりしないわよね……)
とんでもない想像をしているモニカの元にナタリアとノーラも庭へとやって来た。
「カイトに髪の毛を切ってもらうんですって?」
「はい。ナタリア様は昔切ってもらったことがあるとか……」
不安そうなモニカの顔を見てナタリアは思わず吹き出して笑った。
「大丈夫よ。すっごく素敵な髪型にしてもらえるから。カイトは意外とセンスあるのよ。気が向かないと切ってもらえないんだけれどねぇ」
「そ、そうなんですね。その……カイト様が髪の毛を切るときに使う道具はハサミですか?」
青い顔をして聞いてくるモニカにナタリアは大きな笑い声をあげて頷いた。
「当たり前じゃない。モニカちゃんまさかと思うけれど、カイトが剣で髪の毛を切ると思っているの?」
ズバリ言われてモニカは頷く。
「剣の達人というからそうなのかと思いまして」
「そんなわけがないだろう。剣で髪の毛を切るのは流石の俺も無理だ」
何時から聞いていたのだろうかカイトは呆れながら近づいてきた。
黒い騎士服を脱いで長袖のシャツを腕まくりをしている。
手にはハサミが握られていた。
ハサミを使って切ってくれるのかとほっとしてモニカははにかんで笑った。
「そうですよね。まさかと思いまして……」
カイトはモニカの横に立つと髪の毛を櫛で梳かして直ぐにハサミで切りだした。
躊躇ないカイトの行動に大丈夫かと不安になりながら動かないようにじっとする。
どんな髪型になるのか不安になるがカイトを信じよう。
意を決したモニカを面白そうにナタリアはじっと見つめている。
「いいなぁ。次ノーラも切って」
羨ましそうにカイトに髪の毛を切ってもらっているモニカを見つめてノーラが催促した。
カイトはチラリと視線を向けると軽く頷く。
「今日は無理だ。今度の休みかな」
「わーい!ありがとうカイト叔父様」
カイトの手が髪の毛を触るたびに胸がドキドキして息がしにくくなる。
(好きな人に髪の毛を切ってもらうなんて。生きていてよかったわ)
髪型がどうなるかよりも、大好きなカイトが自分の為に髪の毛を整えてくれているという状況が嬉しすぎて心臓がどうにかなってしまいそうだ。
カイトが自分に触れているという状況が恥ずかしくて直視できずにモニカはギュッと目を瞑った。
しばらくして、カイトが頭を両手で力強く撫でてくる。
「おわったぞ」
「ありがとうございます」
そっと目を開くと目線と同じ高さにカイトの美しい瞳があってあまりの近さに思わずのけぞる。
「ひー。近いです!」
顔を真っ赤にしているモニカを見てカイトは微笑むと手鏡を渡してくる。
「どうだ?傷もうまく隠れているが」
手鏡に映った自分の髪型を見てモニカは目を丸くした。
髪の毛を切っただけなのに、田舎臭さが抜けている。
両側の髪の毛が短く切られちょうど傷が隠れている。
不自然な感じもなく、傷も隠れなおかつ可愛くなっている自分を見てモニカは微笑んだ。
「ありがとうございます。なんだか可愛くなっているような気がします」
ほめるモニカにカイトは苦笑するとモニカの髪の毛を両手で撫でつける。
「モニカは可愛い。犬のように可愛い。毛が少し傷んでいるから油を塗るといいかもな」
カイトに可愛いと言われて頭がパンクしそうになる。
何も考えられないまま真っ赤な顔をしてモニカは頷く。
「は、はい」
「よかったわね。本当に可愛くなっているわよ。カイトが女性を褒めるなんて奇跡だわ」
ナタリアの満面な笑顔にカイトは肩をすくめた。
「俺だってそこまで捻くれていない」
「でも犬はないわー。いくらカイトが犬好きと言っても、女性と犬を同類に扱うなんて……」
呆れているナタリアにカイトはもう一度肩をすくめて見せた。
「モニカ叔母様、あの本を取って!」
新しい髪型になって数日、モニカは図書室に居ることが多くなった。
特にやることも無く、本を読むのが好きだったこともあり午前中はもっぱら読書をして過ごしている。
そこにノーラも途中から参加して二人で本を読むことが最近の日課だ。
次は何の本を読もうかと大きな本棚の前で迷っていると、図書室の奥からノーラの声が聞こえた。
相変わらず空はどんよりと曇っていて、薄暗い図書室は明かりを灯している。
「ノーラちゃんどこですか?」
広い図書室の棚を進みノーラの声は聞こえるが姿は見えない。
モニカが声を掛けるとノーラはすぐに返事をする。
「こっち!」
大きな声で返事をしてくれたおかげで、ノーラが部屋の奥に居るのがわかった。
図書室の一番奥へと向かうと両手を腰に当てて偉そうなノーラが待っていた。
「この棚の本を取ってほしいの」
「この本ですか?」
ノーラが指さした本は小さな絵本のようだ。
シリーズものになっていて数冊がまとまって棚の一番上に入っている。
モニカも手を伸ばしてみるが手が届かず、はしたないが棚に足をかけようと靴を脱いだ。
「ノーラちゃん、危ないからちょっと下がってください」
「大丈夫?」
本当に大丈夫だろうかという目で見られてモニカは頷く。
「大丈夫です。ないとは思いますが、万が一棚が倒れたり本が落ちてきたら危ないので避難してくださいね」
「椅子を持ってくる?」
気を使いながら言うノーラにモニカは首を振った。
図書室に椅子と机はあるが、豪華な造りなために重くてここまで運べないだろう。
重い椅子をノーラと二人がかりで広い図書室の一番奥まで運ぶのも大変な苦労だ。
ノーラが避難したのを確認してモニカは一番したの本棚に足をかけた。
取りたい本までまだ手が届かないためにもう一段上へと足を掛ける。
「なにしているの?危ないわよ」
悲鳴にも似たナタリアの声がしてモニカは棚に足を掛けたまま視線を向けた。
驚きながら本棚の間を歩いてくるナタリアとその後ろにカイトの姿も見えた。
「本を取ってもらっているんだけれど、ノーラも危ないと思う」
ノーラがポツリと呟くとナタリアは頷いている。
「確かに危ない」
カイトにも注意されてモニカははしたないところを見せてしまったとガッカリしながらも本だけは取ろうと手を伸ばした。
手を伸ばしたと同時に棚がグラリと揺れてモニカの体重の重みで前へと倒れそうになる。
「危ない!」
ノーラとナタリアが同時に叫び、カイトは駆け寄って本棚を押さえた。
床と本棚の間にモニカの体が挟まれるかと思ったが寸前のところでカイトが支えてくれ本棚は斜めになったまま止まっている。
衝撃で床に放り出されたモニカが呆然と見上げていると本がバサバサと落ちてきた。
「痛っ」
何冊か頭に落ちてきて声を上げると、カイトが呆れた顔をしてモニカを見下ろす。
「危ない事はするな。椅子を持ってくればいいだろう」
「だって、あの椅子重いんです。とてもここまで運べませんでした」
自分が悪いのだが怒られて何となくばつが悪くモニカは口を尖らせた。
そんなモニカの両脇に手を入れてカイトはグイッと持ち上げて立たせると頭を撫でた。
「怪我は無いか?」
「だ、大丈夫です」
好きな人からの優しい行動に顔を真っ赤にしているモニカの顔を覗き込んでカイトは口の端を上げる。
モニカが真っ赤になって戸惑う姿が面白いのかカイトはたまに不意なスキンシップをすることがまれにある。
そのたびにモニカはどうしたらいいか分からなくなってしまうがどうやらそれが面白いらしい。
正常に対応したいが、カイトが好きすぎてそれも難しい。
モニカはなんどか深呼吸をして心を落ち着かせている間にカイトは棚を立て直し始めた。
重い棚も難なく動かしているのを見ているとやはり男の人だなと感心をして惚れ惚れする。
「あら?棚の後ろにドアがあるんだけれど……カイト知っていた?」
モニカに怪我がないとわかりホッと胸をなでおろしていたナタリアが棚に隠れていた壁を指さして声を上げた。
モニカも視線を向けると、小さな木製の扉が棚に隠すようについているのが見える。
「いや、知らないな」
カイトはそういうと、ドアを開けて中を確認をしだした。
モニカとナタリア達もカイトの後ろから顔を出して中を覗き込んだ。
薄暗いためにランタンを照らして中を見ると下へ降りる階段が続いている。
蜘蛛の巣とかなりの埃っぽさにカイトは顔を顰めた。
「降りてみてよ。私は行かないけれど」
ナタリアに言われてカイトは嫌そうにしながら一歩踏み出した。
「私も何があるか気になるので行きたいです」
モニカが言うとカイトは顔を顰めたまま視線を向けてくる。
「何もないと思うが……」
「図書室の奥って気になります」
「ノーラも行きたい」
キラキラした目を向けてくる二人に観念したのかカイトは頷いて階段を降りて行った。