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22 新しい髪型 1

 ベッドの端に腰かけたカイトは寝たままのモニカに視線を向ける。


「役に立とうなどと思わなくていい。モニカに役に立ってもらおうなどと思ったことは無い」


 モニカの涙を優しくハンカチで拭ってカイトは言った。

 

「やっぱり私は誰の役にも立たないんです。これから先どうやって生きて行けばいいの。私、行く所がないんです」


 ここを追い出されたら路頭に迷ってしまう。

 かといって意地悪なレジーナが居る実家に帰りたくない。

 悲痛な声を出すモニカの前髪をカイトは優しく撫でた。

 長い指先が自分の髪の毛を優しく撫でていくのを視線で追いながらまた悲しくなって涙が零れ落ちる。


「俺はお前を追い出したりはしない」


「だって私なんてなんの役にも立たないのに、お屋敷に居る意味なんてないです」


 絶望的な声を出すモニカにカイトは優しく声をかける。


「モニカは俺の所へ嫁に来たのだろう?」


「最初はそのつもりでしたが、カイト様はお嫁なんていらないって。他の事で役に立てない私はダメ人間です」


 泣きながら言うモニカを見下ろしてカイトは腕を組んだ。

 何かを考えるように天井を見上げる。


「俺はモニカを追い出さない。モニカが怪我をして動けなくなっても絶対に追い出さないと誓おう。モニカはなにもできず役に立たないと言っているが、ノーラが獣に襲われるところを助けてたこれだけで十分役に立っていると思う。あとは、そうだな……」


 カイトは腕を組んだままモニカを見下ろす。

 青い瞳と目があってモニカの心臓が跳ね上がった。


 美しいカイトの長い髪の毛が窓から入った風で揺れる。

 髪の毛で隠れている右頬の深い傷跡もカイトの美貌のおかげで恐ろしくない。


(髪の毛がサラサラで綺麗だわ)


 泣いていて落ち込んでいるはずなのに、美しいカイトを見ているだけで何となく気分が高揚してくる。


「毎日、モニカが見送ってくれるのが俺は嬉しい。帰ると出迎えてくれるのもそれだけでうれしい」


 カイトの意外な言葉にモニカの涙が止まる。


「私が出迎えるだけでですか?」


 嫁気取りのような気がしてカイトに嫌がられていると思っていた。

 それがカイトは嬉しいと言っているのは何かの間違いではないか。

 カイトは言おうかどうしようか迷ってゆっくりと口を開いた。


「……犬のように見える」


「犬……ですか……」


 うれしくてドキドキしていたが、犬と言われて一瞬で気分が落ち込む。

 低い声を出してあからさまにガッカリしているモニカにカイトは言葉を選ぶように考えて口を開いた。


「犬、というのはよくない表現だったな。いや、でも、犬に見える。尻尾を振っている可愛い犬だ」


「ありがとうございます」


 可愛いと言ってくれただけで良しとするかとモニカは引きつった笑みを浮かべる。


「……俺としては犬以上に可愛い動物は居ない。これは誉めているんであって、決してバカにしているつもりはない」


 真面目な顔をして言うカイトにモニカは頷いた。


「カイト様が人をけなすことは言わないと思っているんで大丈夫です」


 (それにカイト様、犬をかなり可愛がっているし。犬が一番可愛い動物だってことかしら。でも動物か……)


 そう言う事にしておこうと自ら納得させる。

 モニカの答えに安心したのかカイトは軽く微笑むとそっと手を伸ばした。

 長い指がモニカの頬を撫で、目元を優しく拭った。


「落ち着いたか?」


「はい」


 いつの間にか涙も引っ込んだことに気づいて恥ずかしそうにモニカが頷くとカイトは再び微笑んで立ち上がった。


「仕事に戻る。何か異変があればすぐに知らせてくれ」


「ありがとうございます」


 貴重なカイトの頬笑みのおかげで再び胸がドキドキしながらモニカは頷いた。


(やっぱりカイト様は優しいわ)


 犬のようでも可愛いと言ってくれればそれでもいいかもしれない。

 傷の痛みも忘れてモニカは毛布を深くかぶって目を瞑った。








 「凄い傷跡……。これ、一生残るのかしら……」


 鏡に映った自分の顔を見ながらそっと傷跡を撫でた。

 

 獣に襲われてから数週間が経過し、医者からもう治療は終了と言われ完璧に包帯もガーゼも取れた。

 痛みが完全になくなったわけではなく、動くとピリついた痛みが出る程度でモニカも日常生活へと戻っていた。


 以前ほどポーラの手伝いをするわけでもなく、やることと言えば犬の餌やりだ。

 カイトが嬉しいと言ってくれたお見送りと、お出迎えは毎日欠かさない。

 あれから何か変化があったわけではないが、カイトがモニカを見る目が優しい。

 それだけでモニカは嬉しい気分になる。

 追い出すことは無いと言うカイトの言葉もあって不安なく過ごすことが出来るようになった。

 


 ガーゼが取れたモニカの顔の傷を見てノーラが再び泣いたのだが、泣きたいのはモニカも同じだ。

 獣の爪でえぐられた頬の傷は綺麗に3本の線の跡が残っている。

 赤くミミズ腫れしている頬を見てため息をつく。


 傷は塞がったものの、顔に傷がついている。

 自慢をするような美貌ではないが、それでもやはり顔に大きな傷がついて鏡を見るたびにため息が出る。


 一瞬だけ見たカイトの顔の傷跡を思い出す。


(そういえばカイト様の傷跡はかなり酷かったわ)


 右半分を髪の毛で隠しているのは傷跡を見られたくないからだろう。

 カイトには傷は気にならないと言ったが自分の顔に傷がつくとやはり隠したくなってくる。

 

 肩まである赤茶色の髪の毛はいつも1つにまとめているが、カイトと同じように右頬を隠すように右側でひとまとめにしてみる。

 鏡に映っている自分を見て全く似合っていないとがっかりする。


「やっぱりあの髪型は顔が良くないと無理なのよ。私はどうやったら傷を隠せるのかしら……」


 頬を隠すように無理やり髪の毛を前に垂らして結んでいる姿はまるで幽霊のようだ。

 

 「だらしがない人に見えるわね……」


 傷はうまく隠れているが水から上がった幽霊のように乱れた髪型だ。

 ため息をついているとドアがノックされた。


 時計を見るといつの間にか昼過ぎになっていて、きっとカイトが様子を見に来たのだろうと返事をしながら迎えに出る。


 モニカの予想通り、仕事から一時帰宅したカイトだった。

 獣に襲われた日からカイトは毎日一時帰宅をしてモニカの部屋を訪れて様子を見に来てくれていたが、元気になった今でもそれは続いている。


 医者の回診ですら終わったのだからカイトは来なくても大丈夫なのではないかと思うが、こうして昼に会いに来てくれるのは嬉しいので断ることもできない。


 「なんていう髪型をしているんだ……」


 右側だけ不自然に結ばれたモニカの姿を見てカイトは一歩下がって驚いている。

 

(しまった!髪そのままだったわ)


 慌てて髪の毛を縛っていた紐を解いて愛想笑いを浮かべたが傷が引きつって痛みで顔を顰める。


「す、すいません。ちょっといろいろ模索していて」


「まだ傷が痛むのか……」


 一瞬顔を顰めたのを見逃さずにカイトは手を伸ばしてモニカの顎を掴むと傷が良く見えるように角度を変える。

 じっと頬の傷を見られてカイトの顔が近くにあってモニカの心臓が飛び出しそうだ。


「ひぃー。あの大丈夫ですから」


 顔を真っ赤にして狼狽えているモニカにカイトは噴き出すように笑うと手を離した。


「悪かった。傷は悪くなっていないようだ」


「そうですか」


「傷を隠そうとしていたのか?」


 カイトに聞かれてモニカは仕方なく頷く。


「はい。傷を見るとノーラちゃんが泣くし、傷を見せるのも申し訳ないと思いまして」


「なるほど……。モニカの気持ちは俺もよくわかる、だがあの髪型は似合っていない」


 ズバリ言われてモニカはゆっくり頷いた。


「ですよね。どうやって傷を隠そうか悩んでおりまして、もう一度ガーゼを貼って誤魔化そうかしら」


 困ったように頬に手を当てるモニカにカイトは手を伸ばした。


 髪の毛を掴んでモニカの顔を覗き込む。


「横の毛を切って傷を隠せばいいかもしれないな」


「はぁ……」


 じっと顔を見られていることが恥ずかしくて顔を赤くしながらモニカは頷いた。


「俺が切ろう」


「はぁ?」


 どうしてカイト様が?と驚いているモニカにカイトは軽く微笑んだ。


「俺は髪の毛を切るのが得意だ。姉上の髪の毛も俺が切ってやっていた」


「え~っ?そ、それ本当ですか?」


 カイトらしくない意外なエピーソードにモニカは驚いているとカイトは廊下を歩きはじめる。


「庭でやろう」


 さっさと後をついてこいと言う目で見られてモニカは慌ててカイトの後をついて行った。






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