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20 獣 2

「ノーラちゃん~!危ないから出てきてください~!」


 ランタンで足元を照らしながらモニカは草をかき分けて進んだ。


 背後ではナタリアが同じようにノーラを探している声がする。

 日暮れまであと少し。

 完全に日が暮れてしまえば、真っ暗になり捜索どころではない。

 

(早く探さないと)


 獣が居るかもしれないという恐怖に怯えながらノーラの名前を呼び続ける。


「ノーラちゃん」


 何度も呼び掛けていると、ガサリと後ろの草が揺れモニカは素早く振り返った。

 もしかしたら獣かもしれないと、じっと見ているとガサガサと草が揺れて犬が顔を出す。


「シロ!どうしたんですか?」


 尻尾を振りながら近づいてくる白い犬の頭を撫でていると、シロはクンクンと弱い声を出した。

 モニカから離れるとじっと見つめて、また奥の草むらを見る。


「ついてこいって言っているのかしら」


 シロが何か言いたそうに草むらの奥を見つめてモニカを何度も振り返る。

 モニカがシロに近づくと、尻尾を振って犬は歩き始めた。

 あとを付いてきているのを何度も振り返って確認をするシロの行動に確信をする。


「やっぱり、付いてきて欲しかったのね。ノーラちゃんがいるの?」


 ノーラという言葉にシロは反応して尻尾を振りながら吠えた。


 シロがノーラの居場所を教えてくれているのだと確信をしてあとをついて行った。

 ひざ下ぐらいだった雑草は背丈ほどの高さになり進むのが大変になってくる。

 ゆっくり進むモニカをシロは時折立ち止まって待っていてくれる。


「シロ、もう少しですか?」


「ワン!」


 モニカの問いに答えるとシロは尻尾を振りながら走り出した。

 平たい広場のような場所に出てモニカはホッとしながら後ろを振り返る。

 草と木々の合間から屋敷の窓から漏れる光が見える。


 (思ったほど遠くに来ていないようだわ)


 それでもお屋敷の敷地の外に出ているのは間違いない。

 いつ柵を超えたか分からない。


 獣が出るかもしれないという恐怖はあるが、犬が傍に居るだけで心強い。

 シロは尻尾を振りながら奥へと進んでいく、水音が聞こえてくるが暗闇と霧のせいで遠くが見えない。


「シロ、ここは湖のあたり?」


 聞いても理解できないだろうと思いつつ不安を紛らわすために問いかけた。

 シロは前に進みながらワンと返事をする。

 ピチャピチャと波打つ音が聞こえて、水の匂いも漂っている。

 日が暮れはじめ薄暗く霧の為にどこまでが湖の淵かさっぱり見えない。


 水の中に足を踏み外さないように気を付けながら歩いていると、シロが大きく何度も吠えた。


「どうしたの?」

 

 何度も吠えるシロに答えるように少し離れた場所から犬が答えるように吠える。


「もしかして、クロがいるの?」


 モニカは問うとシロは尻尾を振ってついてこいというように振り返りながら走り出した。

 

「シロちょっと待って!」


 モニカは呼びかけながら小走りをしていると子供の鳴き声がかすかに聞こえる。


「ノーラちゃん?どこにいるの?」


「モニカ叔母様……」


 モニカが呼びかけると、泣きながらノーラが答えた。


 シロの後をついて行くと、暗闇の中で座り込んでグズグズとノーラが泣いていた。

 駆け寄ってランタンで照らす。


「ノーラちゃん大丈夫ですか?」


「うわぁぁん、転んじゃった」


 モニカの姿を見て安心したのか、ノーラは大きな声を上げながら両手を伸ばしてくる。

 涙と鼻水で濡れている顔を拭ってやりながらノーラの前にモニカも座る。


「痛いところはありますか?」


 転んだと泣きながら訴えるノーラの手を取って怪我の確認をするが、手のひらは泥が付いていて小さな傷が所々できていた。

 両ひざも泥まみれで大きな怪我ではないが血が出ている。

 

「綺麗に洗って消毒すれば大丈夫ですよ。さぁ、お屋敷に帰りましょう」


「痛くて立てないの」


 泣きながら訴えるノーラは立ち上がろうとしないのでモニカは背を向けてしゃがみこんだ。


「おぶっていきますよ。お母さまも心配していましたよ」


「うん」


 モニカにおんぶしてもらえると知りノーラは頷きながら立ち上がる。

 痛いと訴えていた割には元気に立ち上がった姿を見てモニカはほっとする。

 足は痛めていないようだ。

 

 獣が唸るような鳴き声が辺りに響いた。


 モニカ達の周りをウロウロしているクロとシロが唸ったのかと視線を向ける。

 犬は二匹とも尻尾を下げてモニカ達の後ろをじっと見つめていた。

 犬たちの緊張感から何かが近づいてきているようだ。

 モニカは息を殺して犬が見ている方に注意を向ける。


 低い唸り声を出しなら何かがガサガサと木々をかき分けて近づいてくる気配がする。

 

 

「け、獣でしょうか」


 早く逃げようとノーラの手を掴もうとするがするりと抜けてしまう。


「獣?こっちだよー!ノーラと遊ぼう」


「ノーラちゃん危ないですよ」


 獣に気づかれないように小声で注意をして走り出したノーラを止めようとするが手が届かない。

 無垢な笑顔を浮かべて獣を呼び寄せるノーラを止めようとモニカも立ち上がった。


 ガサガサと音を立てて近づいてくる獣が木々の間から姿を現すと犬たちが一斉に吠えた。


 茶色い毛で覆われた獣は2メートルはあろうかというほど巨大だ。

 大きな牙をむき出して唸っている獣はノーラとモニカを見つめて大きな声で吠えた。


 グォォという腹の底が振動するような低い大きな鳴き声に駆け寄ろうとしていたノーラは驚いてしゃがみこむ。

 しゃがみこんだノーラめがけて獣が飛び掛かった。

 大きな唸り声を上げて歯をむき出して飛び掛かる獣から守ろうとモニカは走った。


「ノーラちゃん!」


 必死に手を伸ばしてノーラを抱え込むと獣の爪が目の前に迫っていた。

 大きく振り下ろされる獣の爪がモニカの頬に当たる。

 頬から肩にかけて大きな痛みが襲いモニカは悲鳴を上げながら倒れた。


 (痛い!)


 熱さの後に強烈な痛みが襲い声が出せない。

 立ち上がることはおろか目を開けることもできない。

 それでも腕の中の小さなノーラだけは守らないといけないとギュッと抱きしめた。


「うわぁぁぁ。おば様!おば様!」


 モニカの腕の中で火が付いたように大声でノーラが泣いている。

 ここから逃れないとと思うが体が思うように動かない。

 

 何とか立たないとと目を開けると目の前に獣の大きな顔が近くにあった。

 歯をむき出して噛みつこうとしている獣を見てもうダメだと再び目を瞑りギュッとノーラを抱きしめた。


(カイト様に会いたかった)


 先ほど会ったばかりなのに最後はやっぱりカイトに会いたい。

 

 もうこれでお終いだと覚悟を決めた時、会いたい人の声が聞こえた。


「モニカ!ノーラ!」


 カイトが自分を呼んでいる声に何とか目を開ける。

 獣とモニカの間に入ってカイトが剣を振り降ろしているのが見えた。


 袈裟懸けに斬られた獣は鳴き声を上げると一歩引くが、再び大きな手を振り降ろして襲い掛かった。

 カイトはもう一度剣を振り上げた。

 振り上げた剣は獣の首を見事に切り落とし大量の血しぶきが上がる。

 血しぶきを上げながら獣はゆっくりと後ろへ倒れた。


 動かなくなった獣を確認してからカイトが振り返った。


「モニカ!怪我をしているな」


 怪我の痛さに声すら上げることが出来ないモニカの傍にカイトは座り怪我の具合を確認する。

 腕の中のノーラが無事なのか確認することもできないほど、痛みでモニカはうめき声をあげた。


「叔母様!死なないで!」


 泣き叫んでいるノーラをモニカの腕からカイトが引きずり出して抱き上げているのが薄っすらと見えた。


(私、死ぬほどの怪我なの?痛くて体が動かないわ)


 ノーラが泣き叫ぶほどの大怪我なのかと薄く目を開けるとカイトが手を伸ばしてきた。


「大丈夫だ。心配するな」


 不安な顔をしていたのだろう、モニカの頭を撫でるとカイトはモニカの怪我の状態を確認する。

 二匹の犬が大きく吠えている中、ガサガサと数人の足音がしてダミアンの驚いた声が響く。


「モニカちゃん!怪我をしているのか」

「獣にやられた。噛みつかれてはいないようだ。引っ掻かれたな……」

 

 モニカの怪我を確認しながら冷静に言うカイトの背後からダミアンは顔を出す。

 周りを囲むように数人の隊士が警戒をしているが、モニカの傷を見て顔を顰めた。


「かなりの怪我だな」


 (やっぱり私は重症なのかしら)


 地面に倒れているモニカの怪我を見てダミアンが暗い顔をしている。

 狂ったように泣いているノーラをカイトはダミアンに託した。


「医師を屋敷へ手配してくれ」


 カイトは適切に指示をすると、見守っていた隊士が数人頷いて走り出した。

 

 自分の怪我の状態を知りたいが、声が出ない。

 右側が激痛で腕一本動かせないモニカの頭をカイトはもう一度撫でる。

 痛みが襲う中、カイトの暖かい大きな手を感じてモニカは目を閉じた。


「無理に動くな。大丈夫だ。屋敷まで運ぶが少し痛いかもしれない。我慢してほしい」


 優しく言うカイトにモニカは痛みで呻きながら何とか頷こうとするが首が動かない。

 それでもカイトはモニカの意思が通じて頷くとそっと抱き上げた。


 初めてカイトの体温を感じることが出来るチャンスなのに痛みでそれどころではない。

 

 (もう死んじゃうのは辛いけれど、カイト様の腕の中ならそれもいいかもしれない)


 強烈な痛みが襲う中、カイトに抱かれていることがモニカは少し嬉しくなる。

 だんだんと視界が暗くなりモニカは目を閉じた。





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