14 生まれ変わったモニカ
翌朝、カイトが出勤した後ナタリアはニヤリと笑ってモニカを手招きする。
「モニカちゃん。なんだか顔が明るくなったようね」
スッキリした顔をしているモニカを見つめる。
「はい。ナタリア様のお話を聞いていたら私でもカイト様に思いを寄せてもいいのだと思ったのです。私頑張ります」
「そうよ、愛は勝ち取らないと。愛されたいって受け身は良くないわ。でも安心して私は決してカイトに言わないから。だってそれは愛を勝ち取ったことにならないもの。自分の力で勝ち取るのよ」
はっきりというナタリアのあまりの美しさにモニカは目を細めた。
(師匠と呼ばせてほしいわ)
「モニカちゃんがやる気になったところで、カイトの職場見学に行かない?」
「えっ?……危なくないんですか?」
カイトの職場と言ったら砦だ。
獣が頻繁に出るのを防ぐために建てられたと言われている砦は危険だという認識がある。
顔を顰めているモニカにナタリアは首を振った。
「年中獣が出るわけではないから大丈夫よ。カイトなんてほとんど書類整理が主な仕事よ」
「私が行ったら邪魔じゃないですか?」
邪魔をしに行くだけではないかと心配するモニカにナタリアは人差し指を左右に振った。
「カイトは押していかないとだめよ。黙ってたらなーんにも進まないわよ」
実の姉の言葉は妙に説得力がありモニカは思わず頷いていた。
「確かにそんな気がします」
「でしょう?さぁ、そうなれば行く口実を作りましょう。おやつの差し入れが一番喜ばれるのよ」
「そう……なんですか?」
カイトが好んで甘いものを食べているイメージはない。
それなのにおやつを差し入れるのかと首を傾げていると、ナタリアはまた人差し指を左右に振った。
「カイトは食べないかもしれないけれど、差し入れは砦に居る隊員達に好評なのよ」
「なるほど」
為になるとモニカは頷いた。
数時間後、焼き上がったカップケーキを手に持ってナタリアとノーラと共に馬車に乗っていた。
バスケットの中の作りたてのカップケーキは甘いいい香りが漂っている。
ナタリアの前に座っているノーラが鼻をヒクヒクさせてバスケットに顔を近づけた。
「早く食べたい。モニカ叔母様はお菓子作りが上手なのね」
初日に髪の毛を引っ張ったことを忘れたかのように人懐っこくノーラは聞いてくる。
「叔母様……?」
モニカ叔母様と呼ばれたことに驚いていると、ノーラの隣に座っているナタリアが苦笑した。
「カイト叔父さんの奥様だからおば様って呼びなさいって言ったのよ。おばさんって呼ばれるの嫌でしょうけれど我慢してね。そして私は、ナタリアお姉さまって呼んでくれていいのよ」
書類上は叔母で間違いなのだが、そう呼ばれることにこそばゆさを感じる。
「……がんばります」
カイトと同じぐらい美しい女性をお姉さまなど呼ぶことはできないとモニカは曖昧に返事をした。
屋敷を出た馬車は霧がかった山道を通り抜けて小高い丘が広がる道へと入る。
「ほら、あれが砦よ」
馬車の窓をナタリアが指さした。
モニカも窓の外を見ると、丘の上に石でできた塀が続いているのが見える。
終わりが見えない石の塀は獣を入れないようにしているのだろう。
塀と同じ石造りの塔と建物が見えてナタリアが説明をしてくれる。
「あの建物がカイトが仕事をしているところよ。ほとんど団長室で書類整理をしているらしいわよ」
馬車が砦の門に差し掛かると門番をしていた兵士が待ち構えていた。
ナタリアが窓を開けて手を振って対応をする。
「こんにちは。可愛い弟が仕事をちゃんとしているか見に来たのよ」
「お久しぶりですナタリア様。カイト様は団長室におられますよ」
「ありがとう」
ナタリアの顔パスで門を入り、入口にたどり着くとダミアンがニヤニヤと笑って待っていた。
「ナタリアねぇ様はいつも突然来るね」
「弟が心配なのよ」
「カイト叔父様とお菓子食べるのよ」
ノーラとナタリアが馬車から降りるのを手伝っていたダミアンは二人の言葉に苦笑している。
モニカも同じく手を貸してもらい馬車から降りる。
「よく来たねぇ。ここは怖い獣が一番出るところだよ」
揶揄うようにダミアンに言われてモニカは眉をひそめた。
「やっぱり獣が出るんですね」
一回も見た事がない獣は父が危ないというほど恐ろしいものなのだ。
獣が出るかもしれないと背後を見回しているモニカにダミアンは笑った。
「一番危ないところだけれど、逆に言えば一番安全な所だよ。選び抜かれた剣の使い手の隊員が揃っている。そして、国で一番の凄腕カイト団長がいらっしゃるからね」
「ちょっと安心しました」
ダミアンが言うからにはよっぽどだろうとモニカは頷いた。
馬車から降りてきたモニカを見て様子を見ていた隊員たちが誰だろうかという顔をしている。
ダミアンはにやりと笑って、大きな声でモニカを紹介する。
「お前ら、この子が団長の新しいお嫁さんだよ」
「5人目の子か」
「今度は普通の顔をしているな……」
「どうしてお嫁さんがメイドの恰好をしているんだ?」
ダミアンの紹介に様子を見に来た隊員たちがザワつきながらモニカを観察している。
当たり前のようにメイド服を着ていたために、着替えずに来てしまったことを後悔する。
(また普通の顔って言われた……)
美しいとは思っていないが、何度も普通と言われモニカは何度も落ちこむ。
「普通とか失礼だぞ、可愛いだろうが。さ、団長室へ行こうか」
コソコソ話している隊員たちを怒鳴りつけてダミアンはモニカ達に笑いかけるとノーラの手を引いて歩き始めた。
不躾に隊員たちに見られて居心地の悪さを感じながらモニカもバスケットを持ちながらダミアン達の後ろを歩く。
綺麗なドレスを着ているナタリアの後姿を見つめて小さくため息をついた。
(ナタリア様は見た目も美しいから綺麗な洋服も似合って羨ましいわ。私は普通だからメイド服がお似合いなのよ)
いつもの卑屈な自分が出てきたことに気づいて慌てて首を振る。
変わろうと思ったのに、これでは何も変わらなではないか。
(意地悪なジーナはもう居ないんだし。私は今出来る事を頑張って自分に正直に生きるのよ)
生き生きとしている美しいナタリアのように頑張ろうと心で誓う。
団長室と書かれたプレートの前でダミアンは立ち止まった。
笑みを浮かべながらダミアンがドアをノックした。
返事を待たずにドアを開けて入ってくダミアンを押しのけてノーラが部屋の中へと駆けて行った。
その後を続いて一番最後にモニカは部屋に入る。
「姉上。仕事の邪魔をしに来たのか」
うんざりした顔をしてカイトはノーラを抱き上げた。
「叔父様に会いに来たのよ。いっしょにおやつを食べようと思って」
大好きなカイトに抱き上げられてノーラは喜びながらはしゃいでいる。
「差し入れを持ってきてあげたのよ。沢山カップケーキを焼いたからおすそ分けよね?」
大きなバスケットを持っているモニカを振り返ってナタリアはウィンクをする。
カイトはモニカの荷物を見て眉をひそめた。
「カップケーキ?まさか姉上が作ったのか?」
「まさか!モニカちゃんが作ったのよ」
ナタリアの言葉にカイトは安心したように頷いた。
「それなら食べられる物のようだな。……まさか、姉上が手伝ったりしていないだろうな?」
疑いの眼差しを向けられてナタリアは頬を膨らませた。
「手伝っていないわよ。カイトは私が作ったものは一切食べないじゃない」
「当たり前だ。何回、体調を悪くしたと思っているんだ。姉上が手を出した食い物は一生口にしないと決めている」
お菓子など持ってくるなと怒られるかと思ったがどうやらモニカのカップケーキは食べてくれそうだ。
一安心して、モニカは部屋を見回してお茶のセットを見つける。
まだ言い合いをしているカイトとナタリアをそっと見つめながら茶葉を入れて蒸らすのを待っている間、ダミアンにもう1つの大きなバスケットを手渡した。
「あの、これ皆さんでどうぞ。足りるかしら?」
出来るだけ多く作って持ってきたが、モニカが思っていたより砦が大きく働いている人も多そうだ。
「ありがとう。適当に分けてあいつら食うから。きっと喜ぶよ」
人数分のお茶を淹れてローテブルの上に置いていると言い合いをしていたカイトとナタリアがソファーに座った。
お菓子を待っていたような様子が微笑ましい。
モニカがバスケットを開くとノーラが待ちきれないとばかりに覗き込んできた。
濃厚なチョコレートとプレーンの二種類のカップケーキがバスケットの中に並んでいる。
「どれを食べますか?」
モニカが聞くとノーラはチョコレートを指さした。
「チョコがいい」
「俺は普通のだ」
ノーラの背後からカイトもバスケットの中を見て無表情に指定をする。
その様子が可愛く見てモニカは微笑んだ。
取り分けられたプレーンのカップケーキは生クリームがかかっていてチェリーがトッピングされている。
可愛らしいカップケーキにダミアンがフォークで切り分けながら確認をしてきた。
「何度も聞くけれど、生クリームもナタリアねぇ様が手伝ったりしていないよね?」
「失礼ね。全部モニカちゃんが一人で作りました」
「それなら安心して食べられる」
ダミアンは頷いて大きな口を開けて食べ始めた。
カイトもカップケーキを食べて頷く。
「姉上の手は入っていないな。普通においしい」
美味しいと言われてほっとしながらモニカは軽く頭を下げた。
「ありがとうございます。……カイト様が食べてくれるとは思いませんでした」
正直に言うモニカにカイトは軽く眉をひそめた。
「……俺が甘いものを食べないとでも思ったか?」
「私の作ったものを食べて頂けないかと思ったのです」
「まさか。嫁気取りで大きな顔をしなければ別にいい」
冷たく言うカイトにナタリアとダミアンが揶揄う。
「偉そうに。嫁なんだから気取ったっていいじゃないねぇ?」
「そーだよ。カイトの正式なお嫁さんなんだから大切にしなよ。そんな酷いことを言ってモニカちゃんが可愛そうだよ」
二人に責められてカイトは手を上げる。
「責めたわけではない。モニカが自由にしてくれればそれでいいと言っている」
(やっぱり優しい人だわ)
気遣ってくれているカイトの言葉にモニカは胸が暖かくなった。