11 新しい訪問者 2
「ノーラ、カイト叔父様と結婚するの!新しいお嫁さんは私よ」
カイトの首に抱き着いて宣言する幼い子供をみてダミアンは苦笑しながら立ち上がった。
「ノーラちゃん残念だけど、姪っ子と叔父は結婚できないんだよ。それに、カイト叔父さんはもう既婚者だ。結婚しているんだよ」
親切ぶって言うダミアンにノーラは唇を尖らせた。
カイトの姉の子供だけあって幼いながらも顔は整っている。
大きな瞳に、カイトと同じ薄い青い瞳をしていてとても可愛い子供だ。
カイトとナタリアは銀色の髪の毛だが、ノーラは金髪だ。
髪の毛の色以外は、血のつながりを感じる顔をしている。
「結婚していてもまたすぐ死んじゃうでしょ?新しいお嫁さんもう死んだ?」
子供らしくない言い方にモニカが絶句していると、さすがのカイトも眉をひそめる。
「あまりそう言ういい方は良くない」
「そうよ!新しいお嫁さんは死んでいないから!まだ生きているわよ」
ナタリアの”まだ”死んでいないという言葉がモニカの心に重くのしかかる。
(死ぬこと前提のようないい方は止めてほしいわ)
落ち込んでしまったモニカを見てカイトはこれ以上何も言わないように姉をとがめた。
「姉上、モニカに失礼だ」
流石に言いすぎたと思ったのかナタリアはモニカをちらりと見て誤魔化すように愛想笑いをする。
「あら、失礼。ノーラ、こちらが新しいお嫁さんのモニカちゃん。仲良くするのよ」
ナタリアに紹介されてモニカは笑顔を作って頭を下げた。
「よろしくお願いします。モニカです」
「普通の顔ね」
カイトと同じことを言われてさすがのモニカもショックを受けてがっくりと落ち込んだ。
(そりゃ普通の顔だけれど、二人に言われるなんてあんまりよ)
俯いてしまったモニカを励ますようにナタリアが明るい声を掛けてくる。
「まぁ、顔は普通だから今度は長く続くんじゃないかしら」
「姉上!そのいい方もあんまりだろう。死ぬ前提で話を進めるな」
「あら、だってみんな死んでしまうんですもの」
気を使って小さな声で言うが二人の会話はモニカの耳に届いている。
「あのさ、そろそろ出勤の時間だけれどカイトはどうする?休む?」
さわやかな笑顔を浮かべているダミアンの言葉にカイトは慌てて懐中時計を取り出した。
時刻を確認すると、ナタリアを睨みつける。
「姉上のせいで遅刻をするところだった。馬を持ってこい」
「はい、はい」
カイトに命令をされてダミアンは手を振って馬小屋へと向かう。
抱き着いたまま離れないノーラをひっぺがしてナタリアに預けモニカを振り返った。
「姉の言葉は悪いが、意地悪な人間ではない。嫌なことはハッキリと言っても気にしない人だから何かあったら直接言うと良い。言いにくければ俺に言ってくれ」
「ありがとうございます」
来たばかりのモニカを気遣ってくれるカイトにお礼を言った。
(やっぱり優しい。いい人だわカイト様)
胸がキュンキュンしながらカイトを見上げると薄い青い瞳と目が合った。
自分を見つめている美しい人の顔をじっと見つめていると心臓が破裂しそうになるがどうしても顔をそらすことが出来ない。
カイトを見つめていると、グイッと髪の毛を引っ張られた。
「イタタタッ」
束で髪の毛が抜けてしまいそうなほど引っ張られて視線を向ける。
ナタリアに抱かれたノーラが力いっぱい引っ張っていた。
「痛いから放してください」
顔を顰めて言うモニカにノーラは唇を尖らせた。
「カイト叔父様は私と結婚するのよ!」
「ひぃぃ。痛い」
子供とは思えない力で引っ張られて悲鳴を上げる。
「止めなさい。モニカちゃんの毛が無くなっちゃうわよ!」
ナタリアが娘の手を掴んで離してくれたので何とか魔の手から逃れることが出来た。
毛が抜けていないか確かめていると、馬を引っ張って来たダミアンが不思議そうな顔をしている。
「何やってんの?」
痛みながら髪が抜けていない確認しているモニカと、まだ髪の毛を掴もうとしているノーラを見て首を傾げている。
「わからん」
カイトも困惑して言うが、ナタリアは意味ありげに微笑んだ。
「私はわかるわヨ。女の嫉妬よ」
「嫉妬?嫁と言っても俺は認めていないが……」
カイトは困惑しながらも馬の手綱をダミアンから預かった。
「女は恋敵に敏感なのよ」
意味が解らないというカイトにダミアンは察知して大きく頷いている。
「なーるほど。確かに女の闘いだ」
「ねー!」
ダミアンとナタリアはお互い顔を見合わせて仲良く頷いている。
理解できないと言いながらカイトとダミアンは砦へと出勤して行った。
カイト達を見送った後、ナタリアとノーラの荷物を部屋に運び込み遅い朝食を取り一息つく。
夜通し馬車を走らせてきて疲れたのかノーラは部屋でお昼寝をしていて食堂にはナタリア一人だ。
「お嬢様は早くにご結婚をされたんだけれど、たまに実家に戻ってきていたんですよ」
お茶の準備を手伝っているとポーラがナタリアについて教えてくれる。
コックが忙しく働いているのを見ながらモニカは頷いた。
「美しすぎる姉と弟ですね」
「そうでしょう?そりゃあれだけ美しければ引く手あまただけれど、お嬢様が選んだのはパッとしない男性でしょう?仲良くやっていると思っていたんですけれどねぇ。一体何があって離婚だと言って帰って来たのか……」
心配そうに頬に手を当てながらポーラは小さくため息をついた。
「心配なんですね」
「そりゃそうですよ。お嬢様が生まれた時からお世話していますから。はい、これお嬢様とモニカ様のお茶ですよ」
「私のも?」
二人分のお茶セットが乗ったお盆を渡されて驚くモニカにポーラは頷く。
「お嬢様がぜひお茶でも飲みましょうと言っていましたよ」
「……わかりました」
特にやることもないのでお茶のお誘いを断る理由がない。
カイトに嫁として認められていないのに、屋敷に居座っていることを指摘されたら嫌だなと思いつつ食堂へワゴンを押して歩く。
「お茶をお持ちしました」
お茶のセットの乗ったワゴンを押してきたモニカに座って本を読んでいたナタリアは微笑んだ。
「ありがとう。まさか、モニカちゃんが運んでくれるなんて嬉しいわ」
美しすぎてキツイ雰囲気があるが、カイトと同じく優しい言動にモニカは密かに感激する。
(レジーナにお礼なんて言われたこと無かったわ)
両親が死んでから家の手伝いとして働かされたが、お礼どころかいたわりの言葉だって一言もなかった。
誰が見ても綺麗な状態の場所をもう一度掃除しろと言われた生活を思い出す。
(このお屋敷は誰も掃除しろって言われないし。むしろ、しなくていいとまで言われるなんて本当にみんないい人だわ)
テーブルの上にカップを置いてお茶を注いでいく。
紅茶のいい香りがするカップをナタリアの前に置いた。
自分の分も用意をしたが本当に座っていいのだろうかと困っているとナタリアは微笑んで椅子に座るように促してくれる。
「どうぞ、座って。お茶に誘ったのは私なのに用意をさせてしまってごめんなさい」
「とんでもないです」
軽く頭を下げてモニカは椅子に座った。
紅茶の入ったカップを手に取って匂いを嗅ぎ一口飲んでナタリアは微笑む。
「美味しいわ。モニカちゃんはお茶を淹れるの上手ね」
「慣れているので……」
両親に褒められたことはあれど、叔父達に家を乗っ取られてから文句ばかり言われていたのでナタリアの言葉が心に染みる。
お茶が熱すぎるや、香りがしないから淹れなおせなど機嫌が悪いと何度も呼びつけられたことを思い出す。
(本当に最低の生活をしていたわね)
悲しい過去を思い出しているモニカにナタリアは話しかけた。
「私、料理も苦手でお茶を淹れるのも苦手なのよ。それをこんなにおいしく淹れることが出来るなんて凄いわね。モニカちゃんは、お屋敷の手伝いをしているみたいだけれどそんなことしなくていいのよ。カイトのお嫁さんなんだから!」
心配そうに言ってくれるが、モニカは軽く首を振った。
「嫁と言っても、カイト様はいらないとおっしゃっていますし。せめて手伝いだけでもさせて頂きたいと思いまして」
本当は追い出されるのが恐ろしいのだが、もっともらしいこと言っておく。
「カイトもねぇー。4人も花嫁が代わると色々あるのよ」
「亡くなったとお伺いしておりますが」
どうして死んだか聞けるかもしれないとドキドキしながらモニカが聞くと、ナタリアは顔を顰めた。
「まぁ、死んだことに間違いはないんだけれどね……。ちょっといろいろあったのよ。これ以上はカイトから直接聞いてちょうだい。言わないと思うけれど」
「……かなり怒っているようでした」
死んだ3人の墓を見つけた時を思い出してモニカが言うとナタリアは大きく頷いた。