第三話 溢れる想い
〝そうクン! つぎこの子うごかして!〟
〝こんなかんじでいい? つーちゃん〟
屋敷の一室で、幼い二人は人形を使って遊んでいる。側から見れば、単なる人形を使ったままごと遊びに見えるだろう。だがしかし、実際は異なっていた。
サイズこそ人形サイズではあるが、操太が操っている人形は、都来莉が作り上げた魔導人形であるからだ。齢七歳にして、都来莉の人形師としての腕は、現代においては右に並ぶ者無しと表され、歴代一の人形師との呼び声も小さくないほどであった。
複雑な可動術式、合成素材の柔軟な発想による耐久性の向上、何より魔導人形には不可能と言われていた魔導人形が使用可能なスキル付与は、都来莉のみが成功させることが出来る神技であった。
しかし、これほどの実力を持ちながら、彼女は一年前までは〝ガラクタ姫〟と蔑称で呼ばれるほどだった。
一型家では物心つく頃から、本格的に魔導人形を作製を始める。それは、魔導人形作製を行うことで、魔導具開発の全てが含まれているからであり、その分野において頂点を極める一型家において、魔導人形を作製できる事は、当たり前のことを通り越し、人であると認められるか否かというほどだった。
そんな環境の中で、都来莉の創る魔導人形は、誰も操る事が出来なかった。それは三歳児の時に作った小鳥の魔導人形でさえもだ。
魔導人形を操るには、それを生業とする者達すなわち任せる必要があるのだが、一型家令嬢の作品ということで、繰り師の家系の中でも最も古い家系である空栗家の宗家自らが出張ったが、都来莉の魔導人形を動かすことが出来なかった。
魔導人形内のブラックボックスは、制作者以外は確認することが出来ない。その内部には、その人形師の文字通りに全てが詰まっている。そしてそれこそが、〝人形師〟都来莉が持つとしてのユニークスキルだった。
これは都来莉のみが持ち合わせているスキルであり、その為、都来莉が許可しない限りに、他の者がブラックボッスクスの中身を確認する事は不可能な為、都来莉の作った魔導人形が動かない原因は判明に到らなかった。
何故なら、三歳児であったしても都来莉は、自身の全てである魔導人形のブラックボックスを他人に見せることはなかったからだ。
本来であれば、子がそのように物心つくころに既に職人としての心得を得ていることを喜び、見せないと言ったところで、幼子が寝入ってから、ブラックボックスを開け、魔導人形が操れない原因を把握し、それとなく伝えて改善させる事だろう。しかし、都来莉のブラックボックスはスキルにより作製されたものであり、都来莉が寝たとしても、他人が中を確認することが出来なかった。
その結果として、都来莉の魔導人形はガラクタと評されることになる。
彼女はそのままであれば、都来莉は一族の恥として、屋敷に監禁されたまま一生を終えるか、最悪は病死を偽装されて亡き者とされる可能性もあった。
そんな彼女の運命は、ある一人の幼い繰り師の手によって、大きく変わることになる。
空栗家の分家の子で、都来莉と同い年に生まれた空栗 操太。
彼は一型家への正月の挨拶に訪れた際に、両親と逸れた先で一型家のガラクタ姫とその魔導人形と出会うことになる。
誰も動かす事ができない事が何故なのか、それを理解することが出来ない天才人形師である彼女は、奥座敷の縁側から自身の作った魔導人形達を、毎日眺めていた。
三歳からの三年間、創れど創れど誰一人として操れる繰り師はおらず、とうとう製作すらさせてもらえなくなってしまった。そして製作した作品は、おざなりに屋敷奥の裏庭に打ち捨てられるように並べられている。
一型家当主の娘という立場でありながら、このような仕打ちを受けるのは、全て〝ガラクタ〟しか創れないという一点のみの理由だ。
そんなガラクタ扱いされた自分の子供とも言えるような作品達の前に、自分と同じくらいの年に見える少年が現れ、自分に一瞥した後は、一直線に作品群に向かって歩いていく。
〝……コレ、あそんでいいの?〟
〝……しらない〟
彼女は、人として扱われなくても気にせず、将来がなかったとしても、絶望することはない。
ただ、彼女の心を砕くのは、誰にも動かしてもらえることのない彼らが、朽ちていくところを見せれば良いだけだ。
逆に、彼らが動くことさえ出来れば、
彼女の心を
魂を
想いを
壊すことなど、誰にも出来はしないということだ。
だからあの日、その少年の手によって動き出した彼らを見た時、都来莉の心は幸福で満たされる。
否、満たされるのではない。もはや、溢れ出すといって良い。
「うぅん……何がどうなったんだ……?」
操太が目を覚ますと、そこは先程までいた座敷ではなくなっていた。視界に入ってくる工具が、ここが作業場であることを物語っているが、どうにも見慣れた都来莉の工房では無いことは分かった操太だったが、この状況が飲み込むことが出来ていない。
「目が覚めたようだな。ほれ、水でも飲むが良い」
「あ、うん。ありがとう」
工房らしき部屋に入ってきたなり、操太へと水の入ったペットボトルを投げ渡すと、都来莉は椅子に座り、簡易ベッドに座っている操太の横顔真剣な眼差しで見つめる。
「ねぇ、知らない人形があるんだけど」
「くくく、知らない天井、ではないのだな」
操太の瞳は、ただそこに佇んでいるだけで王者の風格と威圧を見るものに与える人形に釘付けとなっていた。
「これはの、私の趣味と浪漫のみで創った〝ボクの考えた最強の人形〟というやつよ」
熱い眼差しを人形に向ける操太を、それ以上の熱を帯びた瞳で微笑む都来莉であった。