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第二話 賠償責任と婚約

「私の最高傑作を完全に跡形もなくぶっ壊してくれたのだけれど、何か申し開きはあるのかな、操太?」


 武家屋敷の一室にて、操太は勝ち誇る美少女を前に肩を落としていた。


「そのことに関しては、何も申し開くことはないんだけどさ。何故、僕が都来莉の婚約者になる契約事項が、今回に限ってだけ(・・・・・・・・)含まれ……いや、まさかこれまでの貸与契約書にも?」


 操太はこれまでも何度か都来莉から魔導人形を貸し出され、依頼された任務に向かったことがあるが、その度に魔導人形の扱いに関しての契約書にサインしてきた。


 しかし、これまでの契約書の内容と言えば、簡単に言えば〝持ち逃げすることなかれ〟の一文だけであった。勿論、今回の魔王討伐の際に貸し与えられた〝勇者風吹龍弥(いぶきたつや)〟とて、それは同じはずだった。


 しかし、魔王討伐後に一型(ひとがた)家本邸に今回の顛末を報告しにくると、そこで見せられたのが、炙り出しによって浮き上がりにより追加された一文であった。


 〝貸与魔導人形を修復不可能な状態にまで損壊した場合、繰り人は一型(ひとがた) 都来莉(つくり)の婚約者となる〟


 都来莉のドヤ顔をみて操太は、これまでの全ての契約書に同じ仕掛けがされていたことを察したのだった。


「炙り出しとか古典的過ぎて、まるで気が付かなかった……だけど、流石にこれは悪い冗談が過ぎるよ。一型(ひとがた)家次期当主候補筆頭である都来莉(つくり)が、そんな事をしちゃ駄目だよ」


 空栗(からくり)家とて、由緒ある古い家柄であることは間違いないが、操太自身は分家の出であり、本家に養子に来たに過ぎない。そもそも、魔導人形を操る家柄としては格式高い空栗(からくり)家であるが、一型(ひとがた)家とは格が違い過ぎるのだ。


 老中にさえ影響力を及ぼすほどに権力を持つ一型(ひとがた)家にとっては、空栗(からくり)家は、操者としての優秀さを評価しているのに過ぎず、婚姻関係を結ぶという事自体、考えられるわけもなかった。


「当主候補筆頭である私が、何処の馬の骨ともわからぬ輩を婿に貰うなぞ我慢ならん。で、あればだ。私の全てを受け止め、十全に動かし、意のままに操ることが出来る唯一の男を、私が欲せずして何とする!」


「いや、言い方ね。都来莉(つくり)の魔導人形を操ったことがあるのって、そもそも僕だけでしょ。僕以外に貸し出さないから、結果的に唯一になってるだけで。そもそもそれも操者に対して、注文が多過ぎて貸しだせる人がいなくて、操者の末席である僕に押し付けられ……」


「やかましいわ! この世界は、結果が全て!」


「えぇ……」


「私の要求を全て成し得たのが、操太! お主だけだったのだから、私の初めてを受け取ったと言って過言ではない!」


「十分に過言だよ? あと、言い方ね。だいたい、そんなおもちゃみたいな契約書で都来莉が僕と婚約とかあり得ないからね? そもそも、僕の意思はどこいっちゃったのさ」


「先ず、私と婚約出来て嬉しくない者など、この世にいるはずが無いだろう?」


「……嘘でしょ……どれだけ自分に自信あるのさ」


「それと、コレ(契約書)は今までのおもちゃではなく、正真正銘の真の契約(・・・・)だ。それを証拠に……ほれ、分かりやすい奴が来たぞ、くくく」


「何を笑って……」


「お嬢ぉおおおお!!!!」


 まるでイタズラがバレたのが面白いとでも言いたげなま都来莉(つくり)の笑みは、障子を破らん勢いで中年の男が部屋に入ってきたことで、大笑いへと変わったのだった。


「だぁあはっはっはっは!!! 遅い遅い! 全くもって遅い! 全てはこの私の手の中で、物事は決まっていくのだぁあ!」


「何ちゅうことをしてくれたんだぁあ! このボケぇええええ!!!」


「主人に向かってボケとはなんだぁあああ!!!!」


 突然繰り広げられる言い争いも、操太は慣れたもので、そのままいつもの様に立ち去ろうとすると、今日は逃げられなかった(・・・・・・・・)


「操太殿ぉおお? どこに行こうとしてるんでぇ?」


「……いつも通りに、もうお邪魔させてもらおうかと。路次(ろじ)さんも、都来莉()に用があるようですから。僕の方は終わりましたので、これにて……」


「婚約者に敬称など不要だぞ!」


路次(ろじ)さんからも、ちょっとお願いします。今日の都来莉様は、冗談が過ぎるというか、いつにもまして粘着質でして」


「ね!? 粘着質とはどういうこもがもが!?」


「お嬢は、ちょっと黙っててくだせぃ。特大の説教を今日ばかりはかましたいところですが、その時間が惜しい。操太殿、端的に伝えますが、この拗らせ大バカ嬢との婚約は……成立しています(・・・・・・・)


「……ん? 最後だけ、もう一度お願いします」


「成立しています」


「います?」


「います」


「……はい?」


 操太は、特大の胸騒ぎを感じていると言うのに、路次(ろじ)に羽交締めされた上にく口を押さえられていた都来莉(つくり)は、強引に口から手を退けようと必死にもがいていたが、その表情は何処か嬉しげであった。


「ぶはあ! 成立しているに決まってるだろう!」


「「バカは黙っとけ!」」


「ひや!?」


 操太は背中に冷たい汗が流れるのを感じ、額からは脂汗が滲み出していた。そしてそれは、自分を真っ直ぐな眼差しを向ける路次(ろじ)の顔が蒼白を通り越して、もはや土気色と言えるほどに顔色が悪いことを確認したことで、最悪の事態が起きていることを操太も否応なしに理解させられた。 


「操太殿、とにかく詳しく説明できる時間がありやせん。ただ一つ言えることは、お嬢との婚約が正式(・・)に契約として成り立ってしまったと言うこと。そして、婚約破棄は契約者当人のどちらか死亡するまで、本人でさえも破棄することが出来ません!」


「ちょ!? それって、まさか……」


「お嬢と今後結婚したいと思う輩は、操太殿を殺す必要があると言うことです……チッ、流石に早い……操太殿、失礼します」


「うわ!?」


 路次(ろじ)が操太の腕を掴むと、強引に都来莉(つくり)の方へと投げ飛ばした。


「痛いなぁ。一体、何だって……かは……あぁ……」


「操太!? どうしたのだ!?」


 路次に投げ飛ばされたものの、しっかり受け身を取っていた筈の操太が、突然過呼吸となり、苦しみ出したことで、都来莉(つくり)は慌てふためいた。


「……おい、うちのお嬢の許嫁に、なんちゅう殺気むけてくれとんじゃぁあああ!!!」


 路次(ろじ)の大声は、もはや咆哮と言って良いほどであり、それは部屋の襖を声のみで吹き飛ばした事からも、全く大袈裟ではない。


「きんきんと耳に響く鳴き声が、本当に五月蝿いですね。蜥蜴擬(とかげもど)キめが」


「蝙蝠野郎の耳には、上品すぎる声だったか?」


 路次の吹き飛ばした襖の奥から、足音なく滑るように部屋に入ってきた優男は、塵屑を見るように路次(ろじ)を蔑むが、なおも剥き出しの殺気を操太へと向けているのだった。


「うちのお嬢の許嫁に、てめえの汚ねぇ殺気をむけるんじゃねぇ。〝俺を見ろ〟!」


 路次の瞳が、獰猛な竜の瞳へと切り替わると同時に、操太の嗚咽が徐々に止まっていった。


「あり……がとう……路次(ろじ)さん……」


 息も絶え絶えといった様子ではありながらも、操太は何とか呼吸を整えようとしている。都来莉はそんな操太に寄り添い、その姿を見たならば、今回のことが嘘でなく、本当の気持ちから実行に移したのだと分かるだろう。


 それほどまでに、操太を心配する都来莉の様子は、本物であり、そこには愛があると感じられるものだったのだから。


「ほう……ただ政略結婚が嫌だという、我儘馬鹿女というわけではないと言うことですね」


「舐めんなよ、蝙蝠野郎。うちのお嬢の拗れ具合といったら、天下一品よお! オラァア!」


 路次(ろじ)が気合とともに、正拳突きを突き出すと、衝撃波が路地が蝙蝠野郎と呼ぶ男へ凄まじい轟音とともに放たれた。


「毎度会うたびに、蝙蝠やら何やらの件を繰り返すのも面倒ですので、この辺りで死んでもらってよろしいでしょうかね! キェエエエエ!」


 男は向かってくる衝撃波に対して逃げることもなく、それどころか部屋の障子が揺れるほどの高音の叫び声をあげた。すると次の瞬間、二人の間の空間が爆音と共に爆ぜたのだった。


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