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第一話 認識

 彼らの周りには、数えきれないほどの魔獣や魔物の亡骸が転がっていた。それは日常とは程遠い異様な光景であり非日常の景色だが、彼らにとっては非日常という程のことではなかった。


「伊達に、魔王を名乗っていることだけのことはある。流石の強さだったよ、先代(・・)


「ふ……もう少し早く……気付いていれば……そこだけが悔やまれるな……」


 風吹 龍哉(ふぶき たつや)に倒され、満身創痍の上に勇者の剣で地面に縫いつけられながらも、未だ魔王の覇気を失わない先代勇者は、鋭い目を勇者に向けながらも、どこか口惜しそうにそう呟いていた。


「だが……コレは……ここで滅ぼさねば……()の私の邪魔になるのでな!」


 何かを覚悟した様に目を見開いた魔王は、勇者と自身を半透明のドーム状の何かで包み込んだ。どうやら、勇者と魔王自身を、魔力の結界の様なものであることは、ここにいる者であれば一瞬で理解できた。


「これは……不味い! 俺に近づくなぁあああ!」


 風吹は、咄嗟に結界の外側に向かって叫んだ。しかし、既に彼らは勇者の声よりも一足早く、行動に移っていた。


「龍哉! 大丈夫か!?」

「龍哉君! 怪我を今のうちに治すね!」

「おいおい、風吹。壁役に向かって〝来るな〟とは、御大層なこったなぁ」


 幕府の依頼で、一緒に魔王討伐依頼を受けた仲間の三人が、風吹が声を上げるよりも早く、勇者の元へと駆け寄ってしまっていたのだった。


 彼らのリーダーであり、弍本国の〝勇者〟である風吹 龍哉を守る為に、仲間である三人は飛び出さずにはいられなかった。


 しかしそれは、ただ一人だけその様子を傍観していた空栗 操太(からくり そうた)を除いての話だった。


 何故なら、時雨 柚乃葉(しぐれ ゆずのは)晴間 琴季(はれま ことき)台地 力雄(だいち りきお)の三人は、〝勇者は人間〟だと思っているのだから。


「はぁ……これ、もしかしなくても〝自爆はロマン〟の流れっぽいんだけど。どうしよう」


 不可視の魔力糸で操られている魔導人形〝勇者風吹(ふぶき)龍弥(たつや)〟を見ながら、空栗 操太(からくり そうた)は嘆息を吐きながら、面倒そうに呟いた。


「勇者一行が、全員来てくれるとは……見るからに罠だというのに、お前たちは本当に信頼し合った仲間なのだな」


 地面に風吹により、大剣で縫い付けられながらも、魔王は皮肉な笑みを浮かべながら告げると、一人結界の外に残っている空栗 操太(からくり そうた)に視線を送る。


 そして、目が合う二人。


「死を迎える魔王が、まさか私達の絆に対して分かったような口をするとは、正直驚いています」


 魔王が視線を送る先にいる人物に気付く事なく、死を前にした魔王が人の陽の力に対して、そんな事を口走るとは予想もしていなかった時雨 柚乃葉(しぐれ ゆずのは)は、目を見開き、風吹の後ろから魔王を見ていた。


 美しく流れる黒髪と切長の瞳、匠の造った日本人形を思わせる顔立ちと、大和撫子を思わせる着物姿が、見るものを魅了する美しさを持った〝聖女〟のジョブを得た天才治癒師〝時雨 柚乃葉(しぐれ ゆずのは)〟。


 数々のクエストをこなしてきた彼女にしても、魔王の今の言葉は予想外であった。


 魔王に対して述べた言葉ではなく、本当に驚き口にした呟きであったが、耳聡く魔王はその呟きを聞いていた。


「皮肉すらも理解できぬ様な低脳に……私が敗れるとはな……」


「あぁん? 誰が低脳だコラァ!」


 魔王の煽りに瞬時に釣られているのは、晴間(はれま)家次期当主にて、晴間(はれま)家歴代最強と謳われる〝晴間(はれま) 無作(むさ)〟の再来と評される程の天才二刀流剣士であり、ジョブもその評判に相応しく〝剣聖〟を獲得している晴間(はれま)琴季(ことき)だった。


 普段の彼女の髪は鮮やかな緋色の長髪であり、瞳は人懐こっそうな丸く可愛い。しかし、刀を一度抜くと、鮮やかな緋色から血の様に濃い紅色に、そして丸く可愛らしかった瞳は、細くなりまるで手に持つ刀の様に鋭くなり、性格もまた厳しく苛烈となるのだった。


「抜刀してる時のお前さんは、本当に頭が悪いなぁ」


「あぁ!? なんだとオッサン!」


「まぁ、だがそれでも、俺の盾よりも前に出ないあたりは、こと〝戦いにおいては冷静〟ってのは、良いけどな」


 風吹 龍哉(勇者)時雨 柚乃葉(聖女)晴間 琴季(剣聖)と魔王の間に入り、手に持つ巨大な大楯を魔王に向けているのは、このパーティーの盾役であり纏め役である台地 力雄(だいち りきお)である。


 幕府の依頼により、これまでにも魔王の討伐経験があり、今回の討伐で合計四回となる。その為、幕府からの信頼も熱く、今回の若く有望な冒険者のサポートの為に選出された。


 銀髪ロン毛の渋みの深いイケオジで、頭部には狼の様なケモ耳がある。すなわち、彼は獣人族TYPEオオカミであった。


 全身を銀色の鎧に包まれ、身長を超える大盾で仲間を護る姿は、まさに壁役のお手本というに相応しい立ち振る舞いである。普段の彼の言動は、騎士とは程遠いようないい加減な性格をしているが、戦闘中の彼の姿は、まさしく〝聖騎士〟のジョブを得るに相応しい振る舞いであった。


 台地(聖騎士)は、大楯から伝わってくる魔王からの圧に、一層足に力を入れて地面を踏みしめた。そんな時、後方から良く響く声が届いた。


「みんな、よく聞いてくれ。魔王は、おそらく俺達を巻き添えに自爆するつもりだろう。この結界は、外からは自由に入ってこれる代わりに、内から外へは異常なほどに強固な防壁となっていて、もう俺達が外には出られることは、魔王が力尽きるまでないと考えた方がいいだろう」


 風吹 龍哉(勇者)は、自身を魔王から護ろうと位置取っている三人の仲間に向けて、淡々とした口調で告げた。


 この魔導人形が話をしているのは、高度な人工知能が搭載されている訳ではない。


 操っている空栗 操太(からくり そうた)が、魔力糸を介して〝腹話術〟をしているだけである。


 彼は、普段から穏やかで激昂することは、殆どない。それは、操り師として人形を繰る際に、自身の感情を人形に投影させぬ様に隠しているためだったが、結果として日常生活でもそれが癖ついているのだが。


 本来であれば危機的状況であるこの場面、〝勇者 風吹 龍哉〟の言動であれば、もっと仲間を鼓舞し、ピンチをものともしない威勢の良さを表現するのが〝正しい〟と言える。


「おいおい、龍哉ぁ? いつもの暑苦しい程の、前向きな態度はどうしたよ」


「龍哉君? いつもと雰囲気が……」


 晴間(はれま)琴季(ことき)時雨 柚乃葉(しぐれ ゆずのは)が、これまでの旅の中で固まっていた風吹 龍哉のキャライメージは、こんな時こそ周りを鼓舞し、決して諦めることなく、暑苦しいまでに〝勇者〟をしていた。


 しかし、今自分達の目の前にいるのは、これまでとは〝まるで別人〟のような雰囲気を醸し出す青年がそこに立っていた。


「風吹、事態はそこまで深刻という事か? このチームの全力で防御に振れば、何とか耐えられるとかではないのか?」


  台地 力雄(だいち りきお)の問いに、風吹は静かに首を振った。


「この結界さえなければ、それは可能だっただろうが、この狭い限定された空間で、奴の魔力を全部注ぎ込まれた自爆なんてされたら、防御障壁は持たんさ」


「そうか……ちなみにだが、俺達が飛び出して来なければ……風吹にだけだったら、何とかなったか?」


「いや、その場合は、犠牲が俺だけだったというだけだろうさ」


 すなわち、誰一人犠牲者は出ないということを操り師である空栗 操太(からくり そうた)は、風吹(人形)を介して話している訳だが、当然それは伝わることはない。


「龍哉君……貴方と言う人は! 前々から注意している通りに、貴方は自分を大事にし無さすぎます! 貴方がこの国の〝勇者〟であったとしても、それは貴方が死んでも良い理由にはならないのですから!」


 瞳を潤ませながら、風吹に向かって叫ぶ時雨 柚乃葉(しぐれ ゆずのは)の拳は、怒りに震えていた。


「そうだぜ、龍哉ぁ! この剣聖よりも強い勇者がたかが三流魔王の最後っ屁で勝ち逃げする事は……私が許さないんだから!」


 刀を鞘に納めた晴間(はれま)琴季(ことき)は、本来の彼女の丸く大きな瞳から涙を流しながら、龍哉の前に柚子乃葉と共に並び立った。 


「と言う訳でだ、風吹。勇者と剣聖、聖女に聖騎士が揃ってるんだ。何とかなるだろ、今までみたいによ」


 そして、台地 力雄(だいち りきお)もまた、彼女達と一緒に並び立った。彼らは、何となく察している。きっと、この勇者は自分を犠牲にして、この場を収めるつもりだと。


 その様子を、結界の外から眺めている空栗 操太(からくり そうた)は、正直焦っていた。魔王が、変なことを口走る前に、この場を何とかしなければ、自分がこの場にいることが、勇者パーティーの者達に〝認識〟されてしまう。


「魔王に感づかれるとは、僕もまだまだなんだなぁ……はぁ、自分の腕の低さに嫌気がさすよ、全く。ということで、眠ってもらうのが一番だけど……」


 そこまで独り言を呟くと、空栗 操太(からくり そうた)は〝聖女〟と〝剣聖〟を見ながら、少しだけ眉間に皺を寄せながら息を吐いた。


「かは……龍哉……君……」


「ぐ……龍哉……お前……」


 空栗 操太(からくり そうた)が口から息を吐いたと同時に、風吹 龍哉(ふぶき たつや)の拳が、正面に並んで立っていた彼女達の腹にめり込んでいた。


 しかし、殴られたはずの二人の表情は、悲しそうでもあり、どこか悔しそうでもあった。


「で……俺には眠り薬って訳……か……クソッタレが……」


 台地 力雄(だいち りきお)は、足に刺さっている針の様なものを力任せに抜きながら、片膝をついた。悪態を付きながらも、その瞳には憐れみの色が見えた。


 三人共に魔王討伐に選抜される程の強者であったが、この状況での風吹による不意打ちは想定していなかった為に、完全に不意を疲れた形となっていた。


 しかし、すぐに意識を失うこともなかった三人は、倒れ込みながらも、その光景を見ていた。


 〝勇者〟風吹 龍哉が魔王の元へと一人歩み寄り、そしてその直後に閃光がその場にいる者全員を包み込んだ。その強い衝撃と共に、遂に三人は意識を手放したのだった。





 魔王が討伐された日から数日後、空栗 操太(からくり そうた)は、自身がまるで操られていない人形の様に、微動だに出来ずに固まっていた。


「魔導人形〝風吹 龍哉〟の全損喪失が確認された結果、契約違反により、空栗 操太(からくり そうた)は、一型 都来莉(ひとがた つくり)の婚約者となるものとする」


 何故なら、彼は突然に婚約者が出来たからだった。


「嵌められた……」


 そうして彼は、この国を代表する大財閥の令嬢であり、彼の幼馴染でもある〝一型 都来莉(ひとがた つくり)の屋敷にて、勝ち誇ったように笑みを浮かべる少女の前で、がっくりと肩を落としたのだった。

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