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episode3

 俺とシャロンさんのそんな日々が続いた。ある日の休日、少しだけ早起きをして顔を洗って薔薇垣のほうを見ると、彼女の家のほうへと近付くものがいる。

 それは美しい少女で、ドレスを着ている。そんな少女は、木陰に隠れたり、忍び足をしたりしているがバレバレである。

 そのうちに足を窪みに引っ掻けたのか、道にスッ転んだので笑ってしまった。その少女はもがいていて、なかなか起きないので仕方なく垣の破れから中へと入り、少女の元へと近付いた。


「オイオイ、あんた大丈夫か?」

「あ……はう……、だ、大丈夫で……」


「ほれ、立てるか? 手を貸してやる」

「あ、ありがとうございます……」


 少女は俺を見るなり大きな目を潤ませてキラキラと輝かせていた。俺は興味なく溜め息をついて、力を入れて少女の身を起こした。


「お前しっかりしろよ。ちゃんと立てるのか?」

「はい、あのぉ、い、痛!」


「おい足を怪我してンのかよ。しょうがねぇな。ほれ、おぶってやる。そのまま俺の背中に倒れて来な」

「は、はい」


 俺が身を屈めて背中を向けると、ぽふんと、その小さな身が倒されたことが分かったが、全然軽い。そしてコイツは誰だか分からないので、とりあえずシャロンさんの家で手当てでもして貰おうと思ってそのまま歩き出した。


「あんた、家はどこだ?」

「あ、あの、ここから東の……」


「だろうな。この西の外れからなら東にしか家はねーもの。当たり前のこと言うなよ」


 そう言いながら、ソイツを支える尻に回した手でペンとそこを叩いた。


「きゃん!」

「なんだ子供の癖に、女みてぇな声出して。まあ後で送ってやらぁ」


「あの、降りても大丈夫で……」

「子供がそんな心配すんなよな。お前いくつ? ちびこいもんな。12歳くらいか?」


「あの……、ジョエルくんと一緒で……」

「はあ? なんで俺の名前? そんでお前、そんな成りして17歳かよ。かー、そりゃ悪かったな」


「い、いえ。大丈夫で……」


 背中に押し付けられる少女の胸の鼓動が、なぜかドキドキと早くなることに気付いたが、その時シャロンさんの家の扉が開いて、中から彼女が出てきたので驚いて直立不動の姿勢をとって、17歳の女を背負ってることをバツが悪いと思い、慌ててふわりと下ろした。


「い、いや、シャロンさん、これは違うんです。この女が転んだんでね、シャロンさんの家で手当てしてやろうと思って。オイ、お前からも何か言え」


 そう言って、背中にいた女をポカリと叩くと、そいつはシャロンさんに声を上げた。


「お姉さま!」

「ローラ。ローラなのね?」

「い? 妹さん? そ、そういえば利発そうで、どことなくシャロンさんに似て可愛らしさもあるようで、はい」


 俺は相当に慌てた。この疫病神のお陰で俺に対するシャロンさんの印象が悪くなるのではと必死だった。


「ほ、ほら、妹さんのローラさん。僕の手を掴んで。さあさあ、家の中に……」


 するとシャロンさんは美しい柳眉を吊り上げて言う。


「あんたの家じゃないんだけど?」

「まぁまぁ、今は緊急時ですし、ね」


「ローラだけ置いて、あんたは外で待ってな」

「まあ、そうおっしゃらずに」


 するとローラは、おずおずといった感じで声を上げる。


「あ、あの。お姉さま?」

「なあに、ローラ」


「このかたは、私を介抱してここに連れて来てくださったのです。どうか邪険になさらないでください」


 俺はローラの言葉にガッツポーズを取った。そしてシャロンさんの背中を押す。


「そう言うことです。かー、なんて聡明な妹御(いもうとご)なんだ~。はっはっは、シャロンさん。はっはっは、シャロンさん」

「うるさい、お前。転んで机の角に頭ぶつけろ」


 そんなこと言われながら初めてシャロンさんの家へと入った。ほー、ここがシャロンさんのおうち? なんともかぐわしい香りです。調度品も質素ではございますが、よく片付いていて、うーん、これはこれは素晴らしい。

 俺は感動してシャロンさんに抱き付きたい衝動にかられたが我慢した。俺の横には邪魔者の妹ローラがいる。くぬぅ。


 俺はドキドキが最高潮で気付かなかった。俺の手を握り締め、見上げながら胸を高鳴らせていたローラの存在に──。




 驚いたことに、ローラはこの領主の娘でモンテローズ伯爵のご令嗣(れいし)さまということだった。つまり、伯爵の後継ぎだ。

 そしてシャロンさんは、その姉。実はモンテローズ伯爵が、下女に手をつけて生まれた庶子だったそうだが、正妻の伯爵夫人は相当な焼きもち焼きで、シャロンさんと母君はここに押しやったのだそうだ。

 シャロンさんの母君はすでになくなっているが、モンテローズ伯夫人には睨まれて使用人として暮らしているという分けだ。

 お屋敷からは遠く離れているので、こちらの方に人が来ることはまずない。

 今までシャロンさんは伯爵の長女と言っても寂しい生活を送っていたのだ。


 しかし、このご令嗣のローラはその現状を打破したく、姉であるシャロンさんにもよい暮らしをして欲しいと現状を確認に来たのだとか。なかなか立派な娘である。そして一緒に屋敷に住まないかと提案してきたのだ。


 だがシャロンさんはそれを断った。


「私、ここが気に入ってるのよね~」


 そう言って俺のほうをチラリと見る。俺の胸はズキュンと撃ち抜かれた。つまり、シャロンさん、そういうことだよね。と思ったのだ。


 時が来て、ローラは屋敷に戻るとなったが足を痛めて立てない。だからまた俺が背負うことになった。

 赤い顔をするローラを背中に背負い込み、シャロンさんの家を一歩出ると、少し先に鎖を手に持った使用人らしき男が立っていた。三十歳を越えた浅黒いせむしの小男で、俺を睨んでいたのだ。そして言う。


「お嬢さま……」

「あらトビー。どうしてここに?」


「お嬢さまを探していたのですよ。さあ屋敷に帰りましょう」


 そう言ってローラを俺の背中から下ろすと近くの荷車に乗せた。そして鎖をジャラジャラさせながら俺に詰め寄る。


「お嬢さまは人を疑うことを知らん天真爛漫なお方だ。貴様は何者だ。なぜモンテローズの敷地内にいる? 次に会った時にはこの鎖で頭を勝ち割ってやるからそう思え!」


 それは妙な気迫で、俺は今まで喧嘩してきた相手よりも恐ろしいと思いビクついた。しかしトビーという小男はそのままローラを乗せて荷車を引いていった。





 さてそれからしばらくして、俺は山に入って好物のアルケルビの実を取りに行った。アルケルビは秋の果物で、山に自生している庶民の味だ。

 俺は手提げ籠にどっさりとアルケルビを詰め込んで、むしゃぶりつきながら家路についていると、薔薇垣の外の石に腰を下ろしたローラがいた。


「よお、ローラお嬢さまじゃねーか」

「あ、あ、ジョエルくん!」


「そーだよ。お前、なんで俺の名前知ってんの?」

「あの、小さい頃、よくお屋敷の庭で遊びました。ジョエルくんはアートル卿に連れられて昔は当家に来訪されていたので……」


 う、そうだったのか。確かにお菓子目当てで父に引っ付いてモンテローズには行っていたような気がするけど。知らないとか言うと、シャロンさんに何か吹き込まれるかもしれんから適当に誤魔化そう。


「へー、お前記憶力すごいじゃん。さすがご令嗣さまだな」

「あの! あの時、ジョエルくんは、私を将来……」


「ま、いいや。ほら、食えよ」


 俺はアルケルビの実を一つ取り出してローラへと渡した。


「あの、これは?」

「あー、そうか。お嬢さまは食ったことねーか。アルケルビの実。果物だよ。うめーぞぉ。こうやって食うんだ」


 そう言ってカプリと音を立ててアルケルビの実を食う。頬が果汁で少しばかり濡れた。


「汁を垂らさないようにな。ほら食えよ」

「へえー……、きゃん! 虫!」


 見ると、実の上に小さな虫が一匹ついていたので摘まんで捨ててやった。


「なんだよ、虫が怖いなんてやっぱお嬢さまだな~。お前のねーちゃんならきっと平気だぞ?」

「あ、あの、ごめんなさい……」


「そんな反省すんなよ。お前みたいなお子様には、そうだな。こっちなら大丈夫だ。食ってみろ」


 と、別な小さいのを取って虫がいないかチェックした後で、上着でゴシゴシと磨いてから渡してやると、ローラは小さく口を開けて食べていた。


「あ、甘い!」

「そうだろ? 甘いだろ? へー、お前、おっきな声も出せんじゃん」


「うふふ。ジョエルくん、やさ、優しい……」

「ん? そうか? 俺は三つもあればいいや。あとはやるからねーちゃんと食えや」


 俺は手提げ籠から三つ取り出すと、ローラをそのままにして小屋へと帰った。

 後日シャロンさんからアルケルビの実が旨かった話とお礼を言われたので、ローラはちゃんとお使いを果たしてくれたと思った。


「ありがとうね。私、好きなんだ、アルケルビの実」

「いやだなぁ。お礼なら態度で示してくださいよ」


「だから言ってるじゃない。ありがとうって」

「違いますよ」


 俺は自身の唇を指差す。シャロンさんは呆れて声を上げる。


「かー、あんたやっぱりイヤらしい!」

「だってお礼でしょ? そしたら俺の望むことしてくれなきゃ」


「嫌嫌、イヤ! しないからね。エッチ、スケベ、変態!」


 俺は抵抗するシャロンさんの両手を掴んで強引にキスをした。彼女の抵抗はポーズだ。そのうちに力を弱め、逆に吸う力を強めたのが分かった。


「えへへ。俺たち仲良しですね」

「バーカ。これでお礼はおしまいですからね」


「じゃあ、また何か持ってきます」

「まったく。分かった、分かった」


 俺はますますシャロンさんが好きになっていったのだった。

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