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episode2

 シャロンさんと俺は、薔薇垣にそってシャロンさんの家のほうに。このトゲだらけの薔薇垣の中にどうやって入るのかと思ったら、シャロンさんの家の裏手側にある木立に隠れて破れがあり、そこから簡単に入ることが出来た。

 だがシャロンさんに続いて行くと、胸を押されて薔薇垣の外へと追いやられた。


「え? シャロンさん?」

「あなたはここまで。まさか独り暮らしの女の家に上がろうとしたんじゃないわよね?」


「ま、まさか。そんなこと考えては……」

「ないのね?」


「な、ないです」

「じゃあ、そこからお帰りなさい。アートル子爵のご令息さん」


 笑顔でそう言われると、こちらも微笑んでしまう。俺たちは手を振って別れあったのだ。

 なんて、可愛らしい人なのだ、と思って我が家へと帰った。




 次の日からの俺の日々は幸せに変わった。薔薇垣の向こうに彼女を見つけると駆け寄って薔薇垣を挟んでお話をする。

 どうやら彼女の仕事は屋敷の庭の手入れらしく、彼女の家の前の綺麗な花畑があった。それは移植用で、他に薔薇垣の剪定や芝の刈り込みなどもするらしかった。


「お忙しそうですねぇ」

「そうよ。あなたは?」


「いえ私は家の前の畑仕事くらいです。今は草取りくらいしか仕事はありません」

「あら男でしょう? しっかりなさい。もしもの時には親を頼ろうなんて甘えよ?」


「ふわ……!」

「なにが『ふわ』よ。どうやら図星だったようね」


「は、はい。俺……いえ、私にもなにか出来る仕事はありましょうか?」

「なにか得意なことはないの?」


 俺は少し考えてから、シャロンさんに何もない手のひらを見せる。それから薔薇を手の中から出してやる手品をした。

 これは簡単なトリックで、視線を反らさせている間に、手のひらの裏側で指に挟んだ薔薇の花を瞬時に現せるというものだったが、彼女はとても感心していた。


「わ! すごい」

「こんなのどうでしょ?」


「すごい、すごい。とても器用なのね」


 そういう彼女を手招きして、顔を薔薇垣の上に突き出させ、耳の上の髪に薔薇の花を刺してやった。


「あ……!」

「よく似合ってますよ」


「や、やだ。女の髪に触るなんてイヤらしいわね」

「そ、そんな気持ちは……」


「ないのね?」

「ないないない、ないですぅ」


「あら、ないの?」

「いえ、それわぁ……」


「どうしたの?」

「……あります」


「あるんじゃない。汚らわしい。近寄らないでよ、シッシ」


 彼女は犬の子を追い払うような手付きをする。俺は彼女の顔を見ながら、彼女の家の裏手に回り、彼女へと駆け寄って行った。


「あは。シャロンさん、つれないこと言わないでください。俺の気持ちは分かってるのでしょう? だからそうやって遊んでいるのです」

「イヤだ。何が気持ちよ。私は甲斐性なしの益体(やくたい)なしなんて願い下げですからね。せめて一人前に成ってから口説いてちょうだい」


「一人前に? それまで待ってくださいますか?」

「私が? あなたを? 冗談は止めて」


「そんな。俺は本気ですよ、シャロンさん。アートルの小屋に住もうなんて小さなことは言いません。きっと大きな屋敷を買えるくらいになりますから。ですから、そんなことおっしゃらないで……」


 俺はもう彼女に夢中だった。上品に笑う彼女の返事を待つと、ようやく俺の顔を見てくれた。


「こんな歳上の行き遅れでよいのなら。でもあなた心変わりしたら一生恨むからね?」

「え? 本当ですか? 言いましたね。もうお約束ですよ。あなたのためにちゃんと仕事を探します。心変わりなんて絶対にしません。シャロンさんを悲しませることなんて……」


「あっそ。じゃあ待ってる」

「ああ、よかった」


 俺は彼女の肩を抱き寄せて、その小さな唇にキスを落とした。小さくて細くて抱き締めたら壊れそうな彼女を──。




 手先が器用なら、町中にある時計屋の弟子になったらどうかとシャロンさんは提案してくれた。どうやら知り合いらしく、口を聞いてくれるらしい。

 何から何まで世話になりっぱなしで、これは将来頭が上がらないなと、それでもいいなと思いながら彼女について、時計屋の親方の元へと行った。


 こうして俺は時計屋に就職することとなった。父や兄も喜んで、住んでいる小屋とその前の畑を贈ることを約束してくれた。俺は小さいながらもちゃんとした家と土地と職を手に入れたのだ。

 それをシャロンさんにいうと、まだまだだと言われた。確かにそうだ。俺はこのままじゃ終わらないぞ。


 酒を飲んだり、喧嘩をしたりなんてことは止めた。時計屋の親方はよい人で、叱ることもあるが筋がいいと誉めてくれた。

 修理に組み立て。仕入れにお使い、店番に集金といろんな仕事を任せてくれた。俺もそれを楽しく勤め、初めての給料を貰った嬉しさは何物にも変えられない喜びがあった。


 休日に目を覚まし窓からお隣の薔薇垣を見つめた。そこは広大な庭をもつお屋敷。

 薔薇垣の少し向こうにある家を見ていると、一人の女性がジョウロを持って出てきて、意識しながら俺の小屋の方に目をやる。俺は急いで小屋から出て彼女に手を振ると、彼女は赤い顔をして目をそらした。俺は薔薇垣へと近付く。


「おはようございます、シャロンさん」

「あらジョエル、おはよう」


 そう言って視線を合わせぬまま、井戸の水を上げている。


「手伝いましょうか?」

「いいえ、結構だわ」


「まあそう言わずに」


 俺はすぐさま薔薇垣をぐるりと回って垣の破れから中へと入る。そこから彼女へと近付いて釣瓶をとる彼女の手を握った。


「こ、こら、ジョエル」

「いいじゃありませんか。誰も見てません」


「そんなの分からないわよゥ……」


 俺はそのまま彼女にキスをした。一度上がっていた釣瓶は、とぷんと音を立ててまたもや水の中に落ちていた。

 キスをした瞬間にシャロンさんは、ぶるりと体を震わせた。俺たちは互いの唇を求めあって吸い続けた。やがてそれを放し、二人とも少し黙った。


「ジョエル。あなたやらしいわねぇ」

「そんなことは……」


「あるんでしょ?」

「あります。でもシャロンさんだって」


「やだ、私はやらしくない!」

「いやいや、そんなことないですよ。シャロンさんは俺の腕を掴む手に力を入れて唇を吸う力を……」


「バカ言うんじゃないわよ、あなたの勘違い」

「そうですかねぇ~」


「もう。朝から何のよう?」

「初めての給料、貰っちゃいました!」


「あらすごい。良かったわね」

「これで町に行ってデートしましょ! シャロンさんもその水撒き終わったらお休みでしょ?」


「バカね。お金がもったいない! 貯めときなさい」

「そんな! デートも大事です」


「まったく。グイグイくるね。分かった」

「えへへ」


 俺とシャロンさんは急ぎ足で水撒きをした。そして着替えをして二人、徒歩で町へと出掛けた。

 互いの腕を絡ませて、街並みや美しい風景を見る。安いパンを買ってその辺に座り、見つめ合いながら食事。それだけで幸せだった。


「シャロンさん、これ」

「ま! プレゼント?」


「そうなんです。俺が組み立てた懐中時計ですよ。親方に安く売って貰いました」

「へー、あんたがねぇ~。すごいすごい! どう? 仕事は楽しい?」


「ええ、やりがいを感じます。一つ一つの歯車を組み合わせて、だんだんと時計になっていくのがとても好きです」

「えらい、えらい」


 シャロンさんはそこで目配せしながら指を立てる。


「どうしたんです?」

「そんなあんたにご褒美をあげよう」


「ご褒美?」

「その辺にある小石を拾って」


「はあ、これでいいですか?」

「いいよ。手のひらに置いて」


 俺はシャロンさんの手のひらに小石を置くと、彼女はそれを握る。そして何やら握った手にまじないをかけ手のひらを開けた。そこには銅貨があった。


「わ! 小石が銅貨になった」

「ふふーん。あんたの真似事。練習したんだ。はい、この銅貨あげる」


「うわー、手品か。マジですげえ。シャロンさんも時計屋になれるんじゃないですか?」

「うーん、なるならお花屋さんのほうがいいかな?」


 そんな微笑む彼女の横へと並び、肩を抱く。彼女は目を閉じたのでキスをした。俺たちの仲はますます深まって行ったのだ。

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