episode13
そんな日が幾日か続く。屋敷の中の、空気ははりつめ、緊張しているのが分かる。
シャロンさんは部屋に閉じ籠っているようで、姿を見ることがなくなった。
俺は一計を案じて火糞笑えんだ。
「お姉さまと食事?」
「ああそうだ。義姉上は使用人の生活が長い。たくさんの皿が並ぶ料理なんて見たことないだろう。俺だって最近までは芋の筋を噛る生活を送っていたんだ。義姉上は俺のことをよく思ってない。顔を合わせれば喧嘩ばかりだ。そこで、食事のときに俺とローラの仲の良いところを見せれば、ああ、この二人には私の忠言など不要だと思うだろ?」
ローラは俺の言葉に嬉しそうにうなずいた。
「うんうん、そうだわ。さすがジョエルさま。素晴らしいお考えです」
そのままローラは俺に抱き付いて来たが、安定の振り払い。ローラはそこに転げた。
「やめろ。イチャイチャするのは好きじゃない」
「そ、そうでした。申し訳ございません」
俺はローラを一瞥して鼻を鳴らす。それから数日の時を以て、三人の食事会が開催された。俺とローラは上席。シャロンさんは下席という形だが、彼女は嬉しそうにカーテシーを取って挨拶してきた。
「この度は卑賎な身の私めを閣下とご夫人の食卓にお呼び頂く栄誉を授かり、恐悦至極に存じます」
その言葉を俺は座りながら聞き、座るように手で合図をした。
「よいよい。本日は我々夫婦の仲の良いところを義姉上に見ていただこうと思いましてな。まあ一緒にお食事致しましょう」
「まあ、お二人のそんなところを見たら、私めは妬けてしまうことでしょう」
「はっはっは。では食事の用意だ」
俺が指を鳴らすと、使用人たちは食前酒を持ってくる。それを三人は持って、杯を上に上げた。
ローラとシャロンさんは一息にそれを飲み干したが、俺は少しだけ酒の表面をプッと吹きつけて、顎と頬を濡らした。
使用人たちは慌ててナプキンを持ってきたが、手を上げて制し下がらせた。そしてローラを立たせる。
「ローラ」
「はい」
「今日は許す。俺の口の回りについた酒を吸いとれ」
「あ、はい」
ローラは俺に近付いて、唇を尖らせながら口や頬や顎を吸う。シャロンさんは、それに嫌悪を感じているようで、俺を睨んでいたので、俺はローラに聞く。
「ローラ、嬉しいか?」
「はい、とっても──」
ローラは何度も何度も俺に唇を押し付ける。そりゃそうだ。結婚して初めて許されたキスなのだから。濃厚なのも当然であろう。
だがシャロンさんは、その異常な光景に溜め息をつきながら言う。
「恐れながら意見具申致します」
「許す、なんだ」
「閣下、客のいるテーブルでそのような振る舞いは異常ではありませんか?」
それを俺は聞いた上でローラに問う。
「ローラ、嫌なら嫌と言ってくれ。君はキスして嫌だったか? もうこのようなことはしたくないか?」
しかしローラは首を振って答える。
「いいえ、したいです。もっと、もっとしたい──」
「ならば義姉上と、俺の間違っているのはどちらか?」
「それは……、お姉さまのほうです。お姉さま、私たちのことに口出しなさらないで」
「まあ……」
シャロンさんは唸ってしまったが、俺は口を押さえて笑った。傷付け、苦しめ。これはお前が望んだ結果なのだと。
次々に食事の皿が並んで行き、俺とローラは談笑していた。シャロンさんだけ孤立。この時ばかりはローラに優しい言葉を掛けてやっていた。そのうちにスープがやって来た。あらかじめぬるめに作らせていた。それに自身の五指を沈めてから引き抜き、ローラの目の前まで持っていった。そして笑顔で言う。
「ローラ、指が濡れてしまったよ」
「はい」
ローラはためらいもなく俺の手を取って口に一本ずつ含んで舐めとる。シャロンさんは『あっ』と声を上げていたが、俺はローラの元へと椅子を近付けてやりやすいようにしてやった。
「ローラは指をキレイにするの上手だね」
「はい、ありがとうございます」
シャロンさんは激昂して立ち上がると、俺の頬を張り付けて来た。
「なんてことなさるの!? 私の大事な妹に! 妹はものじゃないのよ!?」
「なにがだよ。二人の愛し方にケチつけて欲しくないな」
「なにがよ! ローラの心を踏みにじって!」
「ローラがそう言ってるのかよ?」
「言わなくてもローラのことは私が一番知ってるわ!」
俺はシャロンさんに目を合わさず、ローラへと問うた。
「ローラ、愛しいローラ。お前の姉さんは、俺をヒドイやつだという。どうなんだ。お前の口から姉さんに言ってやってくれ」
「お姉さま、私たち上手くやってますのよ?」
それに俺は失笑してシャロンさんへと言う。
「そーゆーことですよ。これはローラが望んでいるのです。勝手に自分の尺度で愛を語るの止めて頂きたい」
「コイツ、もう許さない! あんたなんかにローラを任すんじゃなかった!」
シャロンさんは、俺の椅子を蹴倒して、倒れた俺に組み付いて、そのまま腕を捻り上げた。痛みに苦しみながら少しばかり昔を懐かしんだが、ローラに助けを求めた。
「ローラ、ローラ、助けておくれ! 姉さんに言っておくれ!」
「お姉さま! お止めください! ジョエルさまは私の大事な人なんですよ!? 護衛のものは入ってきなさい!」
シャロンさんは、たちまち護衛に取り押さえられてしまったが、俺は手を上げて放すように命じる。しかしシャロンさんの怒りは消えておらず、拳を握りながらローラへと訴えた。
「ローラ。辛いことされているんでしょう? 痛かったり、傷付いたり、嫌なことはちゃんと嫌って言わなきゃダメよ?」
「お姉さま。私もう子どもじゃないですわよ。ジョエルさまは優しいのです」
「ローラ。お姉さま心配なのよ。ジョエルに乱暴されてない? ヒドいことされてるのでしょう?」
「やめてください。お姉さま、変ですわ!?」
「変じゃない! ジョエルなんてヒドいヤツよ! ジョエルなんてこの家にいれるんじゃなかった!」
「なによ。お姉さまに何が分かるの? ジョエルさまは私の思いに応じて来てくださったのよ? 私の好きすぎる思いを暴走しないように押さえながら、ちゃんと合わせてくれるのよ?」
「で、でも暴力振るわれてイヤじゃないの?」
「イヤじゃない! ジョエルさまがそうしたいんだもの、私が合わせるだけですわよ。なんです、お姉さまなんて、いつまでもあんな指輪後生大事にしなすって。自分が振られたからって、人の愛し方にまで介入しないで!」
振られた。
振られたからって──。
ローラ、それは違う。そうじゃない。
譲った。大事なお前に譲った恋だ。
シャロンさんは目いっぱい涙をたたえたが言葉が出ない。
「どんな理由があるにせよ、お姉さまを連れて行かないヤツなんてロクなもんじゃないですわよ。それに安そうな指輪。なんですの、それは。早く捨ててしまえばいいのに!」
シャロンさんは──、カッとなってローラの頬を叩いた。驚いたローラはシャロンさんの顔を見つめる。涙を流して唇を震わせていた。そしてローラは叫んで部屋を飛び出した。
「なによ。お姉さまなんて! お姉さまのほうがよっぽど暴力よ!」
ローラの言葉が部屋にだけ残る。少しずつ。少しずつ壊れていく。それは俺が望んだ結果。
何故だろう。笑って喜ぶべきことなのに。俺の頬に一筋の涙が流れていた。




