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婚約破棄してくださいな

作者: 瀬嵐しるん
掲載日:2023/05/03

「婚約破棄してくださいな」


女は、歌うように軽やかに強請る。

王宮の紅薔薇と呼ばれた美しい令嬢。

顔は二つ名に違わぬが、身なりはボロボロ。


「婚約破棄などしない」


男は、はっきりと答える。


「では、国外追放してくださいな」


そう言って、わずかに小首を傾げる彼女。


「国外追放などしない」


王宮に戻ることのない王子に、そんな権限はないのだから。



「塔の中に幽閉は?」


「塔の中に幽閉などしない」


「地下牢に閉じ込めるのは?」


「地下牢に閉じ込めたりしない」


「うーんと、後は……」


「体力を消耗するから、少し黙ったほうがいい」


「わたしなど足手まといにしかならないのですから、置いていってくださいな」


「そんなこと出来るわけがない」


「餞別を差し上げたいところですが、生憎、手持ちはこの腕輪だけ」


「その腕輪は簡単には外れないだろう」


「ええ、わかっています。

ですから、ザックリと腕ごと切っていただければ」


いざとなれば女性の方が度胸があると聞いたことがあるが、それは本当だと男は溜め息をつきつつ思う。


「何を言っているんだ。

貴女を傷つけることなど、ありえない!」


「もう思い残すことなどないのですもの」


「私には思い残しばかりだ」


「でしたら、貴方は一人でも生き延びて」


「貴女がいない世界で生き延びろと?

なんと残酷なひとなんだ!」



一頭の馬が夜の森を駆けていた。

その背中には一組の男女。


背中の傷口から出血が止まらない女。

騎乗はしているものの、傷ついた脚に力が入らず、降りて歩くことはままならぬ男。


彼らを乗せて駆けるのは男の愛馬。

二人の危機を察知し、間一髪で迎えに来てくれたのだ。

そうでなければ、満身創痍の男に操れるはずもない。


馬は追っ手をまき、大きな森の中へと走り込んだ。

そして、恐るべき身軽さで樹々を躱し、奥へ奥へと進む。


やがて、広い水面が現れる。

馬は勢いを殺すことなく湖に飛び込んだ。


男は腕の中の恋人を強く抱きしめた。

二人はもう助からない。

せめて、命が尽きるまで、貴女を抱き締めさせてくれ。

彼が願うことのできる望みは、もうそれだけだった。






「……ここは?」


気付けば見知らぬ花畑の中。

男の目の前には妖艶な美女がいた。


「いらっしゃい、人間の男。

ここは妖精の国。

あのままでは貴方は死んでいた。

わたくしが治療したの。

ねえ、お礼がしたいでしょ?

この美しいわたくしの刹那の恋人になってくれるわね?」


美女がぐいぐいと迫って来る。


「助けていただいて感謝します。

だが、私には唯一がいるのです。

自分の心を偽ることは出来ません」


「あらぁ、頭が固いのね! 一夜だけでいいのよ」


「申し訳ないが、お断りする」


「そこをなんとか!」


言っている内容のわりに色っぽさの欠片もない会話だった。

そこに助け船が入る。


「母上! 彼を困らせるのは止めてください!」


「もう、なによ! 久しぶりに帰って来たと思ったら、お土産が死にかけカップルなんて! 少しぐらい揶揄って遊んでもいいでしょ?」


「駄目です。彼は堅物なんですから。

それに、彼女が悲しむのを見たくない」


「本当に入れ込んでるのね。

可愛い息子の頼みなら仕方ないわ」


美女はさっさと行ってしまう。


「息子? 君はだれ?」


「僕は貴方の愛馬です。

そして、妖精国の女王の子」


「え? 私は妖精国の王子殿下に跨ってたのか!?」


「ちょっと語弊があるけど、そういうことです」


美しい青年は、よく見れば愛馬と同じ瞳をしている。

男は、彼の話を聞いた。


「母と言い合いになりまして、人間の国に潜入していたのです」


「言い合い?」


「真実の愛があるかどうかについて」


「それを証明するために、人間の王国で馬を?」


「妖精国では何でもありだから、どうにも証明が難しかった」


「証明できたら、王太子になれるとか?」


「いえ、僕の気が済むだけです」


次代の妖精の女王、あるいは王は花畑で生まれるという。

女王は恋多き女性で、あちらこちらに出かけては、彼が知るだけでも五百人以上の子をなしているのだとか。


「僕の父親は騎士の乗る馬でした。それで僕も馬の姿になれるのです」


妖精女王は、その時、雌馬のふりをしていたらしい。



「お話は一段落したのかしら?」


女王が戻って来た。彼女が手を引くのは、背に生えた翼をゆっくりと羽ばたかせ地面から浮き上がった娘だ。


「無事だったのか!」


男は蹄の音を立てて駆け寄った。


上半身が人間で、腰から下が四つ足の馬の身体になった男が手を差し伸べる。

背中に翼の生えた女は、ゆっくりと、その手を取って微笑んだ。


「ほら、母上、これが真実の愛ですよ!

姿がこんなに変わっても、彼等の愛情は不変だ」


「えー!?

確かに命の危険があって、応急処置だから本人の希望は訊かなかったけどー。

羽付き娘可愛いし、下半身馬男カッコいいじゃないー」


「下半身馬言うな! なんとなくハシタナイ」


「いつまで経っても青臭い息子だこと。

まあ、お前も相変わらずで安心したわ。

ところで、ご両人、応急処置なのでその姿だけど、身体が回復したら人間の姿にも戻れるから」


「女王陛下、なんとお礼を言えばいいのか」


「女王陛下、ありがとうございます」


「いいのよー。それでね、ここからが本題なんだけど。

もしも、人間の世界に戻って復讐したいなら、協力するわよ。

って言うか、出来れば復讐したい! わたくしは恨みはないけど。

復讐だったら、思いっきり悪戯できるじゃない?」


恋人たちは顔を見合わせる。



そもそも、彼等が満身創痍で逃げる羽目になったのには理由がある。


男はさる王国の第二王子だった。

特段野心もなく、王太子の手助けをして一生を国に捧げるつもりだった。


そして女はその婚約者だ。

政略として組まれた縁組ではあったが、二人は相性が良く、穏やかに愛を育んでいた。


ところが、女が成長するにつれ、国一番の美姫、王宮の紅薔薇と評判が上がって行った。

そうなると、側妃でもよいから王太子に嫁がせたほうが一族の得になる、と考える者が現れた。

その企みで命を狙われた王子を、婚約者の令嬢が庇い、共に命にかかわる傷を負わされた状態で城を逃げ出したのだった。



「復讐を考えないこともありませんが、彼女とこうして生き永らえたのです。

他に望むものはありません」


「わたしもです。出来れば、女王陛下のもとに置いていただければ嬉しいのですが」


「まあ、可愛いことを言うのね。

わかったわ。妖精の国に、貴方たちを歓迎します」


「ありがとうございます」


「あ、でも、気が変わったらいつでも言ってね。

復讐、悪戯大歓迎よ!」



「僕からもお礼を。

母上、ありがとうございます。

ところで、僕の愛しい、あの子は?」


「あの小さな子なら、もしも踏みつぶしでもして、帰って来たあなたに文句を言われたくないから、花の蕾で寝かせてあるわ」


「母上……」


花の蕾のベッドは、妖精の女王最上級のもてなしだ。


「お前ったら、芋虫を拾ってきて、僕の愛しい子って言うんですもの。

さすがのわたくしも驚いたわ」


息子は一瞬、母親を感謝の眼差しで見たものの、その後の話を聞いてはいなかった。

足早に、花畑の一隅へ向かう。


「僕の愛しい子、さあ、目覚めておくれ」


膨らんだ蕾が、呼びかけに応えて少しずつ開いていく。

皆が固唾を呑んで見守る中、現れたのは美しい蝶の羽を持った小さな少女だった。


「わたしのあなた」


蝶は羽ばたきながら段々と大きくなり、恋人の腕の中へ納まった。


「おやまあ、ずいぶんと美人さんになったこと。

これで新たな恋人が二組。

これは夜通し宴会ね!」


女王が手を叩くと、あちらこちらから小さな妖精たちが繰り出して、瞬く間に花畑は宴会場へと姿を変える。


人間の国から来た恋人たちは、絵本でしか見たことのない幻想的な姿の生き物たちに驚くばかり。

それでも互いの姿をよく見れば彼等もまた、この国の住人に相応しい姿をしているのだった。


「よかったら、私の背中に乗らないか?」


「いいの? じゃあ、甘えさせていただくわ」


女は馬の背に乗ると、そっと羽を畳み、男の背中に頬を付けた。


「ここは天国かしら? それとも夢の中?」


「君と一緒なら、どちらでも」



「ご両人! 花のお酒をふるまうわよ。

こっちにいらっしゃいな」


妖精の女王が呼んでいる。

男は女を乗せたまま、ゆっくりとそちらへ歩き出した。




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― 新着の感想 ―
[一言] 蜜を含んだように甘やかな霧に包まれて微睡む中で見る夢の如き幻想的なハッピーエンドをありがとうございました。
[良い点] ハッピーエンド! あと、真実の愛(笑) お二人もそうですが、王子といもむし(蝶々)ちゃんw [気になる点] 安心しました。 朝は人、夜は馬 朝は鷹、夜は人 という、あの有名な、二人が人と…
[一言] いいね! こういう話大好き!
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