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前編 テネブリス王国のレーネ

 レーネは五歳の時、屋敷の庭で遊んでいるところを何者かに連れ去られた。

 連れ去った者の人数も、顔も、性別さえも記憶がなく、覚えているのは胸の痛みだけ。チクリとした痛みが走りながら、何の傷も残ってはいなかった。

 身代金を要求されることもなく、その日の夜には聖堂の椅子の上に寝かされているところを司祭に発見された。

 娘が無事に戻ってきたこともあり、この事件は何もなかったことにされた。

 しかし、この日を境にレーネは魔法を発することができなくなっていた。


 レーネの住むテネブリス王国の者は幾分かの魔力を持っており、日常生活で小さな魔法を使うのは市民でも当たり前、大きな魔法を使えるものは魔法使いとして称えられ、国を守り人々を守る役割を担っていた。

 レーネも小さな魔法ではあったが、手の中に炎を宿すことはできていた。それなのに連れ去られて以降、何の魔法も出てこない。

 魔法医に見てもらっても、魔力が消えたわけではなかった。

 母親がレーネが誘拐されたことを話すと、医師は精神的な衝撃で一時的に魔法が使えなくなっているだけでしょう、としばらく様子を見るよう勧めた。実際、それ以外にできることはなかったが、迫りくる七歳の刻限を前に、母は魔法が戻ることを祈り、魔力の回復に効くという薬草をレーネに食べさせ、他の兄弟同様に魔法の訓練も続けた。

 しかしレーネの魔法が戻ることはなく、日を追うごとに活発さもなくなっていき、日々をぼんやりと過ごし、次第に口数も減っていった。


 貴族の籍を持つ子女は、七歳になると聖堂でそれぞれの魔法の適性を測り、特に力の強い者は魔法使いを育成するための特別な学校に集められた。

 わずかでも魔法が使えるならその特性を生かし、各自のできる範囲で市民として国に貢献すればよし。全く魔法を使えない者であっても、もともと魔力がなければやむを得ないものとされた。

 しかし、魔力がありながら魔法が使えない者は、その力を魔法を使える者に預け、国に奉仕する「魔法使われ」となることが決められていた。

 魔力を預けるとは聞こえのいい言い方で、実際には「魔法使われ」は国を守る魔法使いの所有物となり、自らの持つ魔力を命が続く間補給し続ける。いわゆる奴隷と変わらなかった。

 そしてレーネは、七歳の誕生日を境に、「ツカワレ」と呼ばれるようになった。


 この国では家から「魔法使われ」を出すのは恥だと思われていた。

 聖堂から戻ると、レーネ自身は何も変わらないのにまるで呪われた存在になったかのように毛嫌いされた。父と四人の兄弟は「ツカワレ」となったレーネを避け、母は憐れみながらも諦めた様子で、レーネに接することはなくなった。


 屋敷内の家族が住む母屋から、下働きの者が住む部屋に移され、外へ出歩くどころか廊下に出ることさえ許されず、部屋に閉じ込められ、逃げることもできないように施錠され、その存在を隠された。風呂に入ることもなく、メイドよりも粗末な服は同じものを着たままで、食べる物も充分には与えられず、みるみる痩せこけていった。

 そんな待遇にもかかわらず、レーネは反抗することも、泣き叫ぶこともなかった。



 一年後、今まで見たこともない笑顔を浮かべた父親に手を引かれ、屋敷の外に連れ出された。

 外に出るにもかかわらず風呂にも入れられず、髪も服もボロボロのままだったが、それを恥ずかしいと思う気持ちさえ失っていた。


 連れて行かれたのは、自分の家と比べても倍はありそうな大きな屋敷だった。

 屋敷のあちこちから魔法の気配がして、剣を持つ者も多くいた。

 広間に連れて行かれると、そこには白いローブを着た魔法使いがいた。ずいぶん高位の魔法使いに見えた。魔法使いはレーネの顎を手に取ると、顔を左右に動かし、時に手から魔法を流してその反応を見た。

「なるほど。…確かにツカワレだな」

 そして満足そうににやりと笑うと、

「いいだろう。ここで引き取ってやろう」

 そう答えた魔法使いは、父親に金貨の入った袋を三つ投げ渡した。

 袋からあふれ、転がった数枚を慌てて拾い上げると、父親はレーネには目もくれず、その場を立ち去った。


 魔法使いは炎の魔法で鉄の焼きごてをあぶると、レーネを二人掛かりで押さえつけ、その腕にXの焼き印を押し付けた。

 猛烈な痛みと肌の焼ける臭いで、レーネは絶叫したが、他の者たちは慣れたもので、顔色一つ変えなかった。

「連れて行け」

 そして魔法使いの指示のまま、レーネはその屋敷の地下にある、ツカワレ達が暮らす部屋に連れて行かれた。


 そこにいたのは、八歳から十二歳くらいまでの子供で、みな身なりは粗末で、腕には同じ焼印があった。

 レーネだけでなく、そこにいるツカワレ達は誰もが表情もなく、部屋の中に自然と決まったそれぞれの定位置に転がっていた。

 本や遊び道具もない、無機質な部屋。

 食事は日に二回、時間になるとパンやイモなどが床にばらまかれ、それを拾い、時には奪い合って口にしていた。

 共に話す者もなく、互いを警戒し、時にすすり泣く声が聞こえた。


 時々呼び出しがあり、数人がまとめて連れ出された。

 全員が戻って来ることもあれば、一人、二人戻らないことも、誰も戻ってこないこともあった。それでも数日後にはまた新しい子供が連れて来られ、常に十人くらいの子供がこの部屋の中で過ごしていた。


 一カ月ほど経った頃、レーネは他の二人と共に部屋の外へ連れ出された。

 部屋を出る前に首に金属の輪をつけられ、太く長い鎖がつながっていた。鎖の先は呼び出した者が握っていた。

 レーネは言われるままについて行ったが、一人が激しく嫌がった。抵抗する者はむりやり鎖を引かれ、引きずられながら屋敷の広間へと連れて行かれた。


 広間には、この屋敷に最初に来た時に会った魔法使いがいた。

「出発前に、腹を満たすがいい」

 魔法使いが手で合図すると、普段は出ない白くてやわらかなパンや新鮮な野菜、肉の塊が目の前に運ばれた。

 珍しく皿に乗っていたが、置かれたのはいつものように床の上だった。絨毯が汚れるのを嫌ったのだろう。

 広間に来るのに抵抗していた者も目を光らせ、三人は出されたものをがつがつと口にし、その有様を見て側付けの騎士は鼻で笑い、魔法使いは笑み一つ浮かべず、うんざりするような目で見ていた。


 食事を終えると、三人は馬車に乗せられた。粗末で揺れも激しいが、逃げ出せないように鍵だけはしっかりとかけられていた。

 移動すること三日目、それまでの粗末な馬車から魔法使いの乗る馬車に移された。内装も美しく、柔らかな座席で揺れも少ない上等な馬車だ。その奥に座らされた三人はあまりに場違いだった。

 首からつけられた長い鎖の先は魔法使いが手にしており、逃げ出すそぶりを見せたり、馬車を汚したりすれば鎖を通して雷魔法の仕置きを食らった。隣にいた者にも雷の余波で痛みが走り、何もしていないレーネも何度か顔をゆがめた。

 やがて周囲には焼け焦げた臭いが立ち上がるようになった。

 他の魔法使いの馬車や馬に乗った騎士も合流し、着いた先には遠く青い旗を掲げる軍勢と赤い旗を掲げる軍勢が対峙していた。

 今、戦が始まろうとしている。


「ディオニージ様、お待ちしておりました」

 軍の司令官が魔法使いを出迎えた。魔法使いは馬車から降りると、鎖を強くひいた。三人は外に出ようとしていたが、もたつく者の鎖をせかすようにさらに強く引き、一人が馬車から落ちた。レーネが手を引いて立たせると、立たされた者は掴まれた手を振り払い、威嚇するようにうなり声をあげ、目をそらせた。


 同行するツカワレたちのペースなど考えることなく、魔法使いディオニージは鎖を強く引きながら戦場を見渡せる崖の先に行くと、右手を宙に広げ、杖を突いた。

 すると、遠く離れた戦場の一角が突然闇色の巨大な球に包まれ、そのまま爆発した。

 同じような球がいくつもはじけ、敵の陣はあっという間に崩れていった。

 逃げ惑う敵兵。

 味方の兵から感嘆が漏れ、

「さすが、大魔法使いディオニージ様だ」

と誰もが畏敬の念を込めて高台に立つ魔法使いを眺めていた。


 やがて敵の軍が引いて行き、味方の軍は元の陣から動くことなくその日の戦いを終えた。

 あれほどの魔法を繰り出しながら、ディオニージは少しも疲れた顔をしていなかった。

 戻ろうとするディオニージを引き止めるかのように、鎖の先にいたツカワレの一人が倒れていた。館を出る前から行くのを嫌がっていた者だった。ディオニージがぐいっと鎖を引いてもピクリとも動かなかった。

 ディオニージは、そのツカワレと繋がる鎖を放り投げ、残る二人を連れて馬車のある所へと戻って行った。

 残されたツカワレはその場にいた者がどこかへ運んでいき、戻ってきたのは首輪と鎖だけだった。


 その後もレーネは何度か呼び出され、他のツカワレと共にディオニージに連れられ、時には魔物の討伐に、時には戦に連れ出された。何人かのツカワレが命を落としたが、それを悲しむ者はいなかった。



 ある日、五人のツカワレが呼び出された。広間へ行くと、そこにはディオニージのほか、もう一人魔法使いがいた。白いローブを身につけた女は、金色の豊かな髪をひとまとめにし、勝気そうな碧色の大きな目で五人を見ると、

「相変わらず、ツカワレには事欠かないのだな」

と言って、ディオニージに笑みを見せた。

「伝手がありますからな。ご要望とあらば、二、三人お譲りしてもよろしいですが」

「…譲る、ではなく、売る、だろう? …そうだな。三人ほど頼もうか」

 そう言うと、魔法使いの女は五人のツカワレに向かって焼き菓子を投げた。

 ディオニージは菓子の粉が床に散らばるのを見て少し顔をしかめたが、すぐに取り繕い、笑顔を見せた。

 ツカワレ達は床に撒かれた焼き菓子を争って食べ、レーネも足元に転がってきた一つを拾って口にした。

 かつて食べたことのある味だった。しかし、その名が何だったのかさえ、今となっては思い出せなかった。

 ツカワレ達は珍しい菓子の味に高揚し、次を期待して女をじっと見ていたが、女は微笑むだけで、追加を与えることはなかった。

「他にもご覧になりますか?」

「ああ、そうだな」

 女はツカワレ達のいる部屋へ案内された。五人も鎖を引かれ、その後ろについて行った。先ほどの菓子の味を思い浮かべる者、俯いてただ従う者。レーネは俯く者だった。

 部屋につくと、五人も首輪を解かれ、部屋に入れられた。

 しばらく部屋の様子を見ていた女は、さっきの菓子をここでもばらまいた。

 床に散らばる菓子に、さっきの味を知るものは急いで両手でつかみ、ほおばった。それを見て残りの者たちもそれが食べ物だと認識し、競って床に散らばる菓子を口に入れた。形は崩れていたが、甘い砂糖やバターをふんだんに使ったその味は、ここでの暮らしでは決して味わうことができないものだった。

 食べる様子を見ながら、女はツカワレ達の様子を観察し、

「あれと、あれと…あれだ」

と指さした。その中にレーネは含まれなかった。

「かしこまりました。連れて帰られますか? それとも王宮までお届けしましょうか」

「後ほど届けてくれ。おまえも金と引き換えの方がいいだろう?」

「滅相もない。オリヴィエラ王女への信頼は揺らぐところがございません」

 オリヴィエラはにやりと皮肉めいた笑みを浮かべたが、それ以上何も言わなかった。


 指さされた三人は手前に呼び出され、ディオニージが腕の焼印に手をかざすと、皮膚を引きつらせていたXの焦げ跡がきれいに消えていた。

 そしてオリヴィエラは手渡された新たな焼きごてに自分の魔法の炎を当てて、三人の腕に押し付けた。熱に焼かれ、皮膚の焼ける臭いはしたが、驚くほどに痛みはなく、三人は恐怖に引きつらせていた顔を緩めた。

 所有者の変更を済ませると、オリヴィエラはツカワレ達のいる部屋から立ち去った。


 その日の夜、三人は珍しく風呂に入れられ、入念に洗われた。翌日、清潔な服に着替えたが、やはり首には首輪が巻かれた。つけられた鎖は銀色でありながら、わずかに青みを帯び、ディオニージが普段使うものとは違っていた。

 ここで暮らすツカワレ達はみな無表情だったが、三人はわずかではあるが人らしい、希望をもった表情を見せて部屋を出て行った。残された者はより深い絶望を感じ、嗚咽を漏らす者もいた。



 時にディオニージが率いる討伐にオリヴィエラが参加することがあった。

 この国の第三王女にして炎と土の魔法を使う優秀な魔法使い。その側にはディオニージから譲り受けたツカワレが控えていた。三人はディオニージの屋敷より恵まれた生活をしているようで、時に笑顔を見せ、清潔な衣類をまとい、しっかりと食事をとっているらしく血色もよかった。

 ツカワレであることには変わりないが、自分たちが仕えているのは王族。明らかに扱いもよく、自信をもった彼らは、かつては同じ部屋で暮らしたディオニージのツカワレ達に対して侮蔑する態度を見せるようになった。


 ディオニージのツカワレとして火竜の討伐に同行したレーネは、他のツカワレ達と違い、オリヴィエラの側に控えるツカワレ達の態度の変化をさほど気に留めず、うらやむような眼で見ることもなかった。それが面白くなかったのか、主人(あるじ)の目を避けながら突き飛ばされたり、足を踏まれたりされることもしばしばあった。しかしレーネはツカワレ達の手の届かないところへ黙って移動し、目を合わせることも、反撃することもなかった。


 討伐が始まると、ツカワレ同士がやりあう暇などなかった。ディオニージやオリヴィエラの魔法の発動を邪魔することは許されず、自身も竜や魔物の攻撃をよけなければならない。逃げることは許されず、自分の仕える魔法使いが攻撃や防御の魔法を放つたびに魔力を抜かれ、体が重くなっていくのを感じた。

 ツカワレの扱いは最悪だったが、ディオニージの魔法は確かに強く、自身を守るための盾はついでながらもその側にいるツカワレの身も守っていた。王族であるオリヴィエラの守りもまたディオニージが担っていて、繰り広げられる魔法の数はオリヴィエラの倍以上。火竜の翼を落とし、首が胴から離れるまでに、四人連れていたツカワレの二人が倒れ、うちの一人はすでに息をしていなかった。

 ディオニージは倒れた二人の鎖を放り投げ、顎で指図すると、手下の者が首輪を解き、首輪と鎖を回収した。死んだツカワレはそのまま、まだ息のあった者も助かる見込みがないとわかると、何の治療も試みられず放置された。

 オリヴィエラのツカワレも一人が命を落としていた。レーネに突っかかってきた仕方のない奴だった。オリヴィエラは目を見開いたまま死を迎えたツカワレの目を閉じさせ、鎖を回収したが、死んだツカワレを討伐地から連れ帰ることはなかった。


 その後も時々オリヴィエラや他の魔法使いがツカワレを買い求めにディオニージの館に来た。

 オリヴィエラは館を訪れる時はいつも何か菓子を持ってきていて、ツカワレ達のいる部屋でばらまいた。一度オリヴィエラを見た者は、菓子をくれるものだと認識して、オリヴィエラが床に菓子をばらまくのを期待を込めた目で待っていた。

 オリヴィエラは食べっぷりの良い者、動きが素早く多くの菓子を拾える者を見極め、連れ帰った。選ばれたものは喜んで屋敷を出て行った。


 ツカワレがいなくなってもそうしないうちに補充され、気が付けば他のツカワレは皆入れ替わり、レーネが古参になっていた。一年もツカワレとして残っているのはレーネだけ。ひときわ長持ちする消耗品にさすがのディオニージも興味を示したらしく、レーネの鎖だけ黒く鈍い光を放つ魔鋼に替えられた。



 テネブリス王国の宿敵だった隣国レドテッラが東の帝国グラシエスの手に落ちた。

 レドテッラ国とは互いにけん制し合うことで、危ういながらもバランスを保っていたが、帝国が絡んでくるとなるとそのバランスを維持するのは困難だった。

 旧レドテッラとの国境を維持すべく、戦場にディオニージが派遣された。ディオニージは手持ちのツカワレ全員を連れて戦地に向かい、うちの四人を選び、戦場に立った。

 先手必勝で敵の戦意を喪失させるべく、ディオニージが得意の闇色の魔法を放ったが、地面に届くより早く空中で雷の魔法に撃ち落された。そして、次の魔法を放つよりも早く、向こうから灼熱の魔法が撃ち込まれた。防御魔法を放ったが、十のうち七つは止められたものの、残り三つは地面に落ち、瞬時に周囲十メートルの人や馬を焼き放った。

 立て続けに魔法が放たれ、攻撃する間もなく防御に専念したが、共に来ていた魔法使いは眼下の熱地獄に恐れをなし、ろくな攻撃を放つことができなかった。かと言って防御にも役に立たず、みるみるうちに敗戦の色が濃くなっていった。

 いらだつディオニージの防御が乱れ、真上に放たれた灼熱魔法を完全に消し去ることができなかった。とっさに自分の防御を固め、爆風に備えて身を屈ませた。自分の周囲一メートルほどに狭められた防御膜がびりびりと揺れたものの、潰れる気配はなかった。

 衝撃波が徐々に収まって行く中、ゆっくりと立ち上がると、自分の周囲は黒焦げになり、背後にいた魔法使いもまた自身を守ることもできず、黒い灰になっていた。

 帝国相手に碌な魔法使いもつけなかった王に恨み言を言いながら、手にしていた鎖を放り投げたが、とたんに魔力ががくんと落ちたのに気が付いた。

 ゆっくりと周囲を見ると、黒焦げになった三人のツカワレを前に、膝を突き、項垂れている者がいた。

 その首には黒い首輪がはめられ、その鎖の先はつい今まで自分が握っていた。

 煤をかぶり、黒ずんではいたが、あの灼熱の魔法を受け、生き残っていようとは。

 すぐさま黒い鎖を手に取ると、黒い首輪のツカワレの魔力が吸い寄せられてきた。

 ディオニージは、これほどまで魔法を繰り広げながらも、まだ使いきっていなかったツカワレの魔力に歓喜した。この力を使えば、まだまだ魔法を放ち、敵を追いやることができる。

 連れて来たツカワレは他にもいる。まだ勝算はある。明日には別の魔法使いが派遣されてくるだろう。明日こそ…


 ぷつり、と補充していた魔力が切れた。

 自分の頭上に影が差したことに気が付いたディオニージが見上げると、黒いマントをまとった男が、その手にある黒い剣で特別製の黒い魔鋼の鎖を断ち切っていた。易々と切れるはずもない鎖を…

 帝国の魔法使いだ。

 気が付いてすぐに放った闇色の魔法は片手で打ち消され、そのまま掌から放たれた灼熱の魔法は、ディオニージの頭部を炭にして吹き飛ばした。頭をなくした体がゆっくりと倒れていった。


 魔法使いの男は、すぐ隣にいながら今の攻撃でも何の傷も負っていないレーネを見て、その守りの魔法の威力に驚いた。

 しかし、テネブリス王国で魔法使いが魔力を搾取する「魔法使われ」は、魔法を発動できないと聞いていた。一体どうなっているのか。

 ばたりと倒れたディオニージの体が立てた音にも動じることなく、ただぼんやりと鎖につながれたツカワレ達の亡骸を見ているレーネ。

 腕にあった所有の焼印は、主人となる魔法使いの死をもって無効となり、剥がれるように風に飛ばされ、消えていった。


「来るか?」

 魔法使いの男はレーネに声をかけ、手を伸ばした。

 レーネは剣で切れた黒い鎖の先を手に取り、男に手渡した。

 男は鎖ごと手を握ると、鎖を一撃の魔法で粉々に砕いた。魔法が広がり、同じ素材でできた首輪もまた粉々に砕け散った。レーネを縛るものは何もなかった。

 テネブリス王国の筆頭魔法使い、ディオニージを倒した男は、レーネを連れて戦場を離れた。


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