6話 妹よ!俺がお兄ちゃんだ!
「おはよう、グロウ。」
「よく眠れたかい?」
どうやら俺の事はグロウと呼ぶようになったらしい。
まあちょっと長いもんね。
眩しい名だねえ、今日からお前はグだ。
もしかしてうちってタヌキなのん?
「まあなんとか寝れてぇえおおおおお!?」
おい全裸やんけ!両親!
「全裸やんけ!服を着んさい服を!」
「なんで急に西方訛りなのよ。いいじゃないの。ママのおっぱい飲む?」
「パパのあとのおっぱいなんて飲めるかあ!」
「ひどい事を言うじゃないか、グロウ。パパは昨日お風呂に入ったから綺麗だよ。」
「いや、パパが汚いなんて思ってないんだけど……。あれ?なら別に問題はないのか?」
「そうよーなんの問題もないのよー。ほらいらっしゃい。お腹すいたでしょ?ママのおっぱい飲むでしょ?」
「ま、まあお腹は空いてる……。じゃあ……ちうちう。」
うーんなんか色々ダメだった気がするんだけど、ママのおっぱい美味しい。
まあ俺一歳だし、難しい事考えるもんじゃないか。
「そうよー。余計なこと考えてないで、ママの腕の中でおねんねしてなさーい。」
「うむぅ……。ちう……。」
「ふふふ、子供は寝ることが仕事だからね。前世では赤子じゃなかったとしても、今は赤子だから。よく食べてよく寝てよく育つのよ。」
「じゃあ僕たちも朝ごはんにしようか。」
「そうね。昨日のとり肉を冷凍してあるから、そぼろ丼とかどうかしら?」
「いいね、世界樹の葉の漬物も食べたいな。」
「じゃあお味噌汁も作って朝定食と洒落込みましょう。」
「ところで、次の子の魂は見つかったのかい?」
「うーん。いくつか候補は居るんだけど、いまいちピンとこないのよね。本気で転生したいって思ってそうな子はあんまり居なくて。」
「そりゃあそうだろうね。グロウはあれでかなり病んでたみたいだからね。」
「それに加えて、ハイエルフとドラゴンの子供に相応しい子となると、ね。みんな人間が良いみたいだし、千年も万年も生きたくないっていう子が多いみたい。」
「そうなのか。僕らからすると、すぐ死んでしまう人間は大変そうだけどね。」
「私もそう思うけど、まあ人間になってみないと分かんないのかもね。」
「種族の壁というのは、大きいね。」
「……ええ。」
「そうだ、次の子が出来たかどうか、見てみようか。」
「あ、じゃあお願いするわ。」
「よし、透視魔法、起動。うーむ……。お、これは、次の子が宿ってるよ!」
「本当!?じゃあ早いところ次の魂を見つけないとね!」
――――――――――
「んあぁ……いまなんじ?」
「今は昼の一時よ。」
「あぁ……。また昼まで寝たのか俺は……。はあ……。」
「別にいつまでだって寝てていいわよ。」
「あれ?ママ?あ、そうか、転生したんだったな、俺。」
「そうよ。今はエルフなんだから、人間みたいにせかせか生きなくていいのよ。エルフの年寄りなんて起きてる時間より寝てる時間の方が長いんだから。」
「そっか……。」
なんか、前世で悩んでた事を全部許してくれたような言葉だな。
今、めちゃくちゃママって実感した。
「さ、今日もあなたの妹の魂を探すわよ!」
「うん。わかった。」
俺の妹も、人間という種のしがらみに飲まれないように、救ってあげないとな。
沢山は救えないだろうけど、妹になる子くらいは、ね。
―――――――――
「見つけたわ!この子にしましょう!」
「お、どんな子どんな子?」
「地方都市の高校生みたいね。グロウみたいに異世界転生ものが好きで、web小説を読んでる子でね。この子もすっごいマイペースで、エルフになりたいんだって。竜になって空を飛びたいとも言ってるわよ!異世界に行けるなら今すぐ死ねるそうよ!」
「殺しちゃダメだよ、ママ?」
「わ、わかってるわよ。まだお腹の子が成長してないし、迎える時期じゃないわ。」
「えっ!もうお腹の中にいるの!?」
「そうみたいよ。今朝、あなたが寝てる間にパパが透視魔法で見てくれたの。」
「へえーパパそんなことも出来るんだ。」
……透視、か。
あとでパパに教えて貰わなきゃいけないな。
「でもそっかあ。俺にも兄弟が出来るのか。」
「そうよ!あなたの妹になる子よ!」
「そういえばずっと妹候補を探してたけど、妹か弟かって今の時点でわかるの?」
「そんなの魔法でちょちょいよ。むしろまだ形になってない今のうちに女の子にしないと、後からじゃ変更できないわよ。」
「そんなこと出来るんだ。イケメンマガジンを読み聞かせるの?」
「なあに、それ?」
「そういうゲームがあったんだよ。」
「ふーん?」
―――――――――――
8ヶ月後
「この子は今日も下校中に異世界転生もののweb小説読んでるのね。」
「俺もまさか、転生してもweb小説の続きが見られるとは思わなかったよ。」
「スマホ見ながら歩いてると危ないわよー。」
「慣れるとweb小説くらいなら、周りのこと見ながらスマホも見れるよ。まあ、話が盛り上がってくると周りが見えなくなっちゃうけど。」
「やっぱり危ないじゃないの。」
「ちゃ、ちゃんと人通りが多いところでは見ないようにしてたから……。あ、俺トイレ行ってくる。」
「行ってらっしゃい。」
ちょっと怒られそうな雰囲気があったから、逃げて来てしまった。
てかこの家、トイレくらいは壁で囲って欲しいんだけど。
ちなみに異世界のトイレは、水洗だし、ウォシュレットまであるし、排水は魔道具がなんか上手いこと処理してるらしい。
トイレから出る時は、手だけじゃなくおしりまで浄化される魔道具に触れて、綺麗さっぱり。
異世界ものって、大体どこも文明が発達してないけど、そんな訳ないよな。魔法があるんだから。
あ、もしかして、エルフの国だから技術が発達してるのかな?
人間の国は中世くらいだったりするのかも。
いつか行ってみたいな人間の国。
「ふぅ、ママのお叱りからは逃げられたかな。……ん?ママ、何してるんだろ。」
―――――――――――
「ふんふんなるほど、あなたも苦労してるのねえ。お、なになに?雷に打たれて異世界転生したい?オッケー!ママ頑張っちゃうわよ!」
トイレから戻ってくると、なんかママの足元と、顕微鏡みたいな覗き見魔道具の周囲に、馬鹿でかい魔法陣がいくつも出てきた。
眩しいくらいにビカビカ光っててママがよく見えない。
「ママ、何してるの?」
「見てわかるでしょー?魔法使ってんのよ。」
「いやそれは分かるけど、なんの魔法?」
「雷を落とす魔法よー。」
「…………雷?」
なんで急に雷を落とす魔法なんか使ってるんだろう。
てか、雷を落とすだけでこんなに魔法陣ビカビカになるのかな?
お風呂にお湯張るときは、風呂の底の直径1メートルくらいの魔法陣からドバッと出てきて終わりだけど。
「この子が雷落として欲しいらしいのよねー。」
「ふーんあの子がねえ……。」
あの子?ってまさかこれ……!!
「えいっドーン!!」
「うぎゃあ!眩しっ!」
ただでさえ眩しかった魔法陣がさらに眩しく光ると、まだ魔法が使えない俺にも分かるほど大量の魔力が、魔道具に流れ込んで消えた。
これは、もしかして……。
「ね、ねえママ……。」
「しっ!静かにして!今一番大事なところだから!」
「は、はい!」
えっと、今のが俺の予想通り、異世界に雷を落としたんだとしたら、確か次は、魂をこっちまで運んでくるんだったかな。
そう俺が理解している間に、消えた魔法陣と同じくらい馬鹿でかい魔法陣が、ママの足元と魔道具に出現した。
これは確かに、一番大事なところだ。
ここで失敗したら、今死んだ魂は、異世界転生出来ずにあの世に旅立ってしまう。
ママがやっちまった事はあとでパパに叱ってもらうとして、今は無事に成功することを祈ろう。
「ふぬぬぬぬ……。そう、そのまま真っ直ぐ来て……。そうそう、おいでーおいでー。」
めちゃめちゃ緊張してきた。
どうか、彼女の命が無駄に終わりませんように!
どうか、ママの子として生まれることに了承しますように!
「来た!」
「おお!」
あれが魂か……。
なぜ俺にも見えるのかは分からないけど、なんかよく分からない丸っぽいものが顕微鏡の接眼レンズから出てきた。
「そう、そこよ。そうそう。」
魔道具から出た魂がママの膨らんだお腹の中に収まった。
俺もあんな感じだったのか。
「おーい。おーい。聞こえるかしら?」
俺の時もあんな風に話しかけられてたんだな。
何も知らない人が見ると、自分のお腹の中の子に気さくに話しかけるお母さんって、奇妙な光景だろうな。
「あ、聞こえた?そうそう。私?よくぞ聞いてくれました!私の名前はアンジャベル・マギア・ユグドラジール!アルフヘイム連合王国の女王よ!」
あー、あの口上めっちゃ聞いた覚えある。
「違うわよ。私は神じゃないわ。神は他にいるわよ。神じゃないけど、あなたを異世界転生させてあげようと思ってね!どうかしら!」
みんな考えることは同じだな。
神だと思うよな普通。
てか、神は他に居るって、俺の時も言ってたな。
神様が居るのかこの世界。
あとでママに聞いてみようかな。
「本当!?良かったあ!じゃあこれから私の子供としてよろしくね!」
お、無事に話がまとまったみたいだ。
拒否されなくて良かった。
もしも拒否されてたらママがガチの犯罪者になるところだった。
いや、まあ今でも罪がないわけじゃないけど……。
「あ、あなたには兄が居るんだけど、構わないかしら?そう言ってくれると思ってたわ!じゃあ今私の視界を繋げてあげるから、ちょっと待ってね。」
まあ、お兄ちゃんが欲しかったってよく言ってたもんな。
ちゃんとそういうところは抜かりなくチェック済みですとも。
「ほら!映った?この子があなたの兄、グロリオーサよ!」
「あ、どうも、兄のグロリオーサです。異世界も中々大変だけど、一緒に頑張ろうな。」
「あ、そうよ!この子もあなたと同じ世界から来たのよ!あなたは雷だったけど、この子は隕石で死にたいなんて言ってね!」
「あ、ママ、やっぱり雷で殺したんだ。」
「あ!いや、その、あの、えーと……。」
「ただいま二人とも。なんかすごい魔力を感じたけど、何かあったのかい?」
「あ、アレイクスおかえり。あはは……。」
「パパおかえり。聞いてよパパ。ママったらもうやらないって言ったのに、またやったんだよ。」
「また?なんの話……って、もしかしてまた!?」
「そう、今度は異世界に雷を落としたんだって。」
「あ、グロウ、言わないで……。」
「アーンー?」
「ひぃっ」
パパが笑顔で怒ってるけど、こればっかりは、ママには大人しく怒られてもらおう。
やらないって言ってたもんね。
妹の教育のためにも怒られるべきだと思う。
「アン、君はグロウを連れてきた時になんて言ったか覚えてるかな?」
「え、えと……。もう、やらないって……。」
「そうだね。異世界に攻撃魔法を打ち込むなんて、一歩間違えればとんでもないことになるんだよ?その危険性を分からない君じゃないよね?」
「はい……。ごめんなさい、アレイクス……。」
「その言葉は僕に言う言葉じゃないよね。」
「あ、あの!アレイクス、さん?えっと、アタシ、怒ってないので、その、あまりアンジャベルさんを怒らないであげていただけると……。」
「君は殺されたのに、なんとも思ってないのかい?」
「何とも思ってないわけじゃないですけど、異世界転生はしたかったですし、雷でって言うのも本気で思ってましたし、痛みもなく一瞬だったので、まあ……。それに、異世界転生と言ったら事故ですけど、事故なんてそうそう遭うものじゃないし、これくらい強引じゃないと、転生なんて出来ないんだろうなって思いますし。」
「うんうん。わかるぞ妹よ。事故なんてそうそう起きないよな。そもそもマイペースだから、自転車乗っても勝手に安全運転しちゃうもん。」
「あ、わかります!私は普通に乗ってるだけなのに、いつも友達に置いていかれるんですよね。だから急いで漕いで追いつくんですけど。」
「ごめん、俺、身長は高かったからタイヤも大きくて、自転車で置いてかれる事はなかったや。」
「えーひどい。仲間だと思ったのにー。」
「でも朝に弱いところは仲間だぞ。俺も高校の時はしょっちゅう遅刻してた。」
「そうなんですか?うちの学校、遅刻すると次の日すごい朝早く行かなきゃいけないんですよ。それが本当辛くて。」
「うちの学校と一緒だわ。うちは5日間朝早く職員室に行かなきゃいけなくてさ、本当辛かった。1分の遅刻くらい許して欲しいよな。」
「わかりますー!1分遅刻したくらいで何も変わらないですよねー!」
「クラスみんなの1分を奪ったから30分の時間泥棒だとか、意味の分からないこと言われてもさ。じゃあ30人でカップ麺作ったら6秒で出来るのかって話よ。」
「うわ、それどこの学校でも言うんですね。マジ意味わかんないですよね。」
なんか俺、妹とめっちゃ気が合いそう。
今のところすごく仲良くなれそうだよ。
「ねえ、アレイクス、人間って1分遅刻するだけでそんな怒るの?」
「うーん、どうだったかな?もう長いこと人間と会ってないから分からないね。」
「エルフの国で1分の遅刻を取り締まってたら、誰もいなくなるわよ。」
「ドラゴン族の里でもそうだね。というか、ドワーフや魔族だってそうじゃないか?」
「あの、ママ、パパ。1分の遅刻で怒るのは、多分異世界でも俺たちの国だけだと思うよ。」
「アタシもそう思う。電車が時間通りに来るのは日本だけなんでしょ?」
「そ、そう。あなた達が異世界に転生したかった理由がよく分かったわ。」
「そうだね。それは生きづらそうだ。それはそうとアン。お説教はまだ終わってないよ?」
「うぇ!?もうその話は流れたんじゃ……。」
「ダメだよ。ここで甘い顔をしたら、また同じ過ちを繰り返しそうだからね。これはアンのためなんだよ。」
「うぅ……。ごめんなさい……。」
ママはこのままお説教か。
まあ、今回ばかりは仕方ないよね。
「ねえ、妹も一緒にお説教聞くの可哀想だから、今日は俺が預かってて良い?」
「そうだね、彼女は被害者だ。お説教を聞かせるのは忍びない。アン、この籠に魂を移してあげて。」
「うぅ……一緒にお説教受けてよお……。」
「え、えーと、アタシは悪くないかなって思います。」
「そうだけどー!あ!グロウは、止めなかった責任があるでしょ!」
「うぇえ!?ちょ!そんな無茶言わないでよ!トイレから帰ってきたらママが魔法陣光らせてたんだよ!?なんの魔法使ってるのかなんて分かんないよ!」
「まだ魔法が使えないグロウに責任を問うのもお門違いだね。というか、一歳の赤子に責任を問うのはどうかと思うよ、アン?」
「うぅ……。アレイクスぅ、優しくしてね?」
「もちろん。優しくお説教してあげるからね。お腹の中の子に影響が出ないように、優しくね。」
こ、怖あ……。
笑顔で怒ってるパパが既に怖いのに、わざわざ優しくって言われると何されるのかわかんなくて怖い。
「妹よ、パパを怒らせるのはやめような。」
「そ、そうですね。えっと、お兄様?」
「俺はお兄ちゃんって呼んでほしいな。」
「じゃあ、お兄ちゃん。……えへへ。お兄ちゃんって呼ぶの夢だったんです。私一人っ子で。」
うおおおおお!!!!
お兄ちゃんって呼ばれるの良すぎ!
俺がお兄ちゃんだ!
「……ごほん。じゃあまずは、あと二人の家族を紹介しよう。」
そうして俺は、妹の魂を収めた籠を持って、ドライアド二人がよく潜ってる土のあたりへと向かった。