54話 石餅
「あの、また石なんですが……」
次は地球人でも食べられるものを出すと、パルさんは確かにそう言っていた。
しかし目の前にあるこれは、明らかに石だ。
「石は石でもこれは石餅。だから食べられる。」
「石餅?」
「そう。さっきの石を臼と杵で搗くと、餅になる。」
「はあ?」
石を搗くと餅になる?本気で言ってんのか?
「今度は食べられるから、食べてみて。」
まあ、揶揄っているようには見えないし、さっき石を食べたんだから一回も二回も同じかな。
騙されたと思って食べてみるか。
そう思い仕方なく手で摘んでみると、なんと、柔らかいではないか!
明らかに石ではなく、餅の手触りがある。
俺は恐る恐る持ち上げて、口の中に入れると、噛める!
これぞまさしく餅といったモチモチ食感。
味こそ餅とは違う不思議な感じだが、これは食べ物だ。
「どう?お兄ちゃん。」
夢中になっていた俺を、心配そうに見つめるトーリア。
こいつめ、また俺に毒見させようとしていたな?まあいいけど。
「凄いぞ。これは餅だ。味はなんかよく分からないんだが、美味い気がするし、食感は完全に餅だぞ。」
「じゃあ、食べてみようかな。」
俺の感想を聞いたトーリアも、石餅を口の中に入れた。
「凄い!本当にお餅みたい!え、これ石なんだよね?」
「そう、石を臼で搗くとこうなる。でもなんでも良いわけじゃない。餅になる石とならない石がある。」
「へえ、石にも色々あるんだねえ。」
「トーリアは餅を食べたことがあったの?」
「うん、食べたことあるよ。石じゃない普通の餅ね。」
「石じゃない餅とは?」
「え、知らないの?お米で作るんだよ。ね、お兄ちゃん。」
「ああ。むしろ石で作る餅なんて初めて聞いたよ。」
俺たちには馴染みのある餅だが、月ウサギの人たちには馴染みが薄いんだろう。
「殿下、米からも餅が作れるというのは本当ですか?」
と思ったが、エルフのルスローさんも知らなかったらしく、餅は石から作られるものだと思っていたらしい。
「あれ?エルフは米を食べてましたよね?」
「米は食べますが、それが餅になるとは知りませんでした。地球では見たことありません。」
思い返すと、転生してから一度も餅を食べていなかった。
エルフは植物に囲まれて暮らしているため、食文化は野菜中心で日本食に近いところがある。
だから勝手にあるものと思い込んでいたが、餅はなかったらしい。そもそも餅米が無いのかな。
「じゃあ折角だからお米の餅を作りましょうよ。普通の米でも多少はモチモチしたものになりますよ。」
「わかった。じゃあ餅つきしよう。」
話の成り行きで餅つきをする事になった俺たちは、また地上へと戻ってきていた。
地上に出ると、いくつかの穴からワラワラと100人近い月ウサギたちが現れた。
みんな白くてモフモフしている。
「こんなに居たんだ。」
「餅つきは私たちにとってお祭りみたいなもの。みんな大好き。」
「なるほどねえ。」
しばらく月ウサギの皆さんを眺めていると、地下から黒光りする臼と杵が運ばれてきた。
日本にあった臼と杵はどちらも木製だが、彼らが使うのは鈍い輝きを放つ金属製のものだ。
まあ石を搗いて餅にするって言ってたから、木じゃ耐えられないか。いや、そもそも月には木が生えてなかった。
「まずは米を臼の中に入れていきますね。」
地上にセットされた臼の中に、俺は魔法ポーチの中に炊き立てのまま仕舞ってあったご飯を入れていく。
月ウサギの皆さんが集まって、興味深そうに覗いてくるのが少しやりにくい。
「よし、じゃあ搗いていきますか。」
俺はパルさんから杵を受け取……れずに、重すぎて地面に落としてしまった。
「おっも……え、パルさん片手で渡してきたよね?」
「そう?別に普通じゃない?」
「マジすか?……トーリアやってくれるか?」
「いいよー任せて!」
出鼻を挫かれてしまったが、今から餅つき開始だ。
「トーリアは餅つきしたことあるか?」
「昔、町の子供会でやったからわかるよ!」
「なら大丈夫か。」
餅つきは、最初はぐりぐりとお米を押し潰していく感じで杵を動かす。
そしてある程度纏まって粘り気が出たら、杵を振り上げて餅になりかけのご飯に叩きつける。
そして俺は均等に搗けるように、水で濡らした手で餅をひっくり返す。
ちなみに水は魔法で生み出したのだが、月面には水蒸気すらないからかなりの魔力を消費した。
「よいしょー!」
「ほい!」
「おいしょー!」
「ほいさ!」
餅つきなんて前世の子供の時以来だけど、意外と出来るもんだな。昔取った杵柄ってやつか。
そして搗き始めて何回か経ったとき、餅が淡く光り始めた。
最初は気のせいだと思っていたその光は徐々に大きくなり、ついには眩しいくらいに輝きだした。
「え、なんで餅が光ってんだ?トーリアなんかしたのか!?」
「し、知らないよ!アタシ何もしてない!」
「じゃあなんで光ってんだよ!」
慌てて手を止めた俺たちを、パルさんたち月ウサギの皆さんが叱責する。
「手を止めちゃダメ。」
「光ってる時が一番大切。」
「なんで止めるの?」
「地球人は餅も搗けないの?」
月ウサギ的にはありえない行動だったらしく、かなり手厳しいお言葉を頂戴してしまった。
いやだって急に光るとは思わないじゃん、という言葉を飲み込んで、トーリアに続きを促す。
「トーリア、そのまま続けてくれ。」
「わかった。なんか怒られちゃったね。」
俺たちは目を細めながらも餅を搗き続けると、次第に光が弱まってきた。
完全に発光が終わると、臼の中には一つに纏まったまん丸のお餅が完成していた。
これはもち米ではなくうるち米、所謂普通のお米を使って搗いた餅だというのに、見た目は完全に餅になっていた。
「おお、白い餅。初めて見た。」
「食べよう食べよう。」
「長老、いいよね?」
「うむ、食べるのじゃ。」
月ウサギたちは俺とトーリアを押し退け、一斉に臼を取り囲んだ。
切り分けられた餅をまず長老のアオさんが口にすると、他の月ウサギたちも食べ始める。
「美味じゃ!美味じゃぞ!」
「うまい!こんな餅初めて食べた!」
「石にも負けない味!これが米の餅!」
どうやら月ウサギさんたちには好評なようで一安心だ。
俺も食べてみたが、普通に餅だ。
もち米じゃないのに完全に搗きたてのお餅になっていて美味しい。
「普通に美味いな。さっきの光ってたのはなんだったんだ?」
先程の発酵現象について疑問を口にすると、パルさんから不思議そうに言われた。
「なにって、餅つきは光るもの。何を不思議がってる?」
「いやいや、普通、米は光らないですよ。なんで光ってるんですか?」
「そうなの?いつも光ってたけど。」
そこへ、長老のアオさんが話に加わる。
「それは、お月様のお陰ですじゃ。」
「どういう事ですか、長老。」
「搗いた餅が光るのは、月光を浴びたからですじゃ。この臼と杵は月光鉄。月光を吸収する月の金属で出来ておりますじゃ。」
長老は杵を片手に持って、説明をしてくれる。
「太陽光は弾き、月光だけを溜め込みますじゃ。溜め込んだ月光を杵で搗いて食材に移すと、餅になる。」
「へえ、それで光ってたんですね。」
「月光を浴びせると、歯応えのある石もモチモチになるのですじゃ。年寄りの顎には生の石は堪えますじゃ。」
「歯応えなんてもんじゃなかったですけどね、あはは……」
もち米じゃないのにどうして完璧な餅になったのかと思ったが、なるほどそういう事か。
月光にそんな効果があったなんて知らなかった。
「次は皆さんが石餅を搗いてる所も見てみたいですね。」
「なら、今から搗く。いいよね長老。」
「もちろんじゃ。」
別の臼と杵を用意して、月ウサギたちが石餅つきを見せてくれることになった。
実は、石がどうやったら餅になるのか気になってたんだよね。
月ウサギの1人が、地下から一抱えもある大岩を持ってきて、臼の中に入れた。
それを見届けたパルさんが月光鉄の杵を振りかぶり、思い切り振り下ろす。
ドガン!と大きな音を立てて、岩が砕けて粉塵が舞う。
そのままドカンバカンと杵を叩きつけて、岩を砕いていく。
「うん、想像してたけど、餅つきの音じゃないな。」
次第に粒が小さくなり、ザクッザクッといった音に変わった頃、臼の中が光り始めた。
光が強くなるにつれて、先程までの硬質な音がドンッドンッと鈍い音になり、最後には柔らかい餅つきの音に変わる。
月ウサギがその白く長い耳を揺らしながら、ペッタンペッタンと光る餅を搗く様は、まるで童話のような光景だ。
そして光が収まったとき、臼の中には灰色の餅が鎮座していた。
「うん、良い出来。」
するとまたしても月ウサギ達が臼を取り囲み、我先にと餅を切り出して食べ始める。
俺も一つ貰ったが、やはり搗きたてだからかさっき食べた石餅より美味しく感じる。しかもなぜか温かい。
「さっき貰ったのより美味しいですね。」
「それはそう。餅は搗きたてが一番。」
いやあ、搗くところを見たせいで余計に混乱してきた。
搗く前は普通にただの石だったのに、光り始めた途端に餅になるんだもん。
しかも完成したら美味しいし。
でも、みんなで輪になって餅つきをして、搗きたてのお餅を一緒に食べるのは楽しい。
お陰で他の月ウサギとも打ち解ける事ができたし、挨拶という目的は最高の形で達成できた。
まだ着いたばっかりだけど、月、面白いなあ。




