53話 月ウサギのおもてなし
「はじめまして、グロリオーサ・マギア・ユグドラジールです。」
「長い。短くして。」
「えーと、グロウと呼んでください。」
「ん、グロウ、よろしく。」
ここ昼月の月星人こと月ウサギのパルさんを紹介され、俺たちも軽くだが挨拶をする。
「アタシはトーリアだよ!」
「僕はベリルです!」
「私はベールです。」
「トーリア、ベリル、ベール。覚えた。多分。」
一通り自己紹介を終えると、パルさんから質問を投げかけられる。
「あなた達は、エルフ?なんか少し違うけど。」
「俺はハイエルフで、トーリアは竜人っていうドラゴンとハイエルフのハーフで、ベリルとベールはドライアドです。」
「ふーん。よく分からない。」
「あはは、ですよね。」
これだけの会話でも、なんとなく文化が違うなというのがわかる。
俺は翻訳の魔道具を耳に付けているお陰で声のように聞こえるが、パルさんの口は動いていない。
多分念話とかテレパシーとか呼ばれるやつだと思う。
俺が魂だけの頃にママやパパと話していた時以来だ。
「パルさん、このお二方はアンジャベル陛下のお子様なのですよ。」
「おお、アンの子供。」
パルさんはウサ耳をピクピクさせながら、俺とトーリアをじっくりと観察し始めた。
さながら美術品でも鑑賞するかのように、腕を組みながらジロジロと見られている。
「うん、確かに二人とも魔力が似てる。グロウはアンっぽいね。トーリアはアレイクス似。」
「そ、そうっすか。」
「えーほんとー!アタシとパパってどこが似てるの?」
「色。」
「い、色……そう……」
珍しくトーリアが引き攣ったような愛想笑いを浮かべている。
うん、確かに二人とも白いけど、それで似てるって言われるのもちょっと複雑だよな。
その程度でいいなら目の前のパルさんも白いから似てるって事になるんじゃないかな。
「ぜひ歓待させてほしい。ついて来て。」
パルさんは一人で納得して踵を返し、そのまま穴の中へ戻っていってしまう。
仕方ないので俺たちもあとを追って穴の中を降りていく。
斜め下に向かって伸びる洞穴は、下は段差が掘られて階段になっている。これが以外に歩きやすい。
パルさんが壁に触れて魔力を流すと、壁に埋められた石が淡く光って足元を照らしてくれた。
かなり深くまで降りると、重厚な鉄の両扉が現れた。
パルさんが何事か唱えながら魔法を発動すると、魔法陣が現れて鍵が開き、扉が勝手に開き始める。
その先に見えるのは、美しい石造りの部屋。
壁には一切の継ぎ目がなく、洞窟の石壁をそのまま磨き上げたであろう事が伺える。
その上に施された幾何学的な彫刻はどれも美しく、遺跡めいた趣きも感じられる。
「おお、綺麗な部屋だな。」
「すっごーい!うちの王宮より綺麗かも!」
「流石はアンの子供。見る目がある。」
俺たちが素直に感想を口にすると、パルさんは胸を張って誇らしげに答える。
「月ウサギは石材に関してはドワーフすら凌ぐほどの技術を持ちますからな。」
「ドワーフよりも!?凄いっすね。」
そこまでの技術を手に入れた理由は簡単で、単純に月には石以外の建材がほとんどないからだ。
必然的に、幼少期から石に触れて石材加工に精通するのだとか。
エントランスを抜けて廊下に出て、幾つかの部屋を通り過ぎ、大きなテーブルのある部屋に通された。
「ここで待ってて。宴会の準備をしてくる。」
「わかりました。」
部屋には俺たち5人だけが残された。
ルスローさんに席順を聞いてみると、普通に奥から詰めて座れば良いとのこと。
こういうのは大抵どこの国でも入り口から最も離れたところが上座になるはずだが、ここは月だし関係ないそうだ。
しばらくして、パルさんが数人の月ウサギを連れて戻ってきた。
「これがうちの長老。名前はアオ。」
長老と紹介されたのは、顔の下半分を隠す立派な白ひげを生やした小柄な老人の月ウサギだ。
その白ひげは、口元に動物のウサギが住んでるのかってくらいモッフモフだ。
というかひげに目を奪われたが、眉毛もモフモフだし髪の毛もモフモフだ。
顔中がモフモフに包まれて鼻しか出ていないから、表情が全くわからない。
「アオですじゃ。」
「はじめまして、俺はグロリオーサ・マギア・ユグドラジールと言います。」
「長い。グでよいか?」
「あ、じゃあグロウで……」
「ん、それくらいならよい。」
「あ、さいですか。」
この人たち、絶対長いって言うな。
本人たちの名前も短いし、何かこだわりがあるのかな。
いや、単に覚えられないだけも。
その後トーリアたちも自己紹介を済ますと、食事を振る舞ってくれることになった。
また、基本的な案内は引き続きパルさんがしてくれるそうだ。
控えていた別の月ウサギさんたちが、各人の前に皿を置いていく。
置かれたのは綺麗に磨かれた石の皿だ。
陶器ではなく石を削ったもので、テーブルに置いた時にかなり重そうな音がした。
そして置かれた皿の上には、ゴルフボールくらいの大きさの灰色の石が一つ乗っていた。
「まずは前菜。食べてみて。」
「ぜ、前菜……?」
前菜と言われたが、これは、菜っ葉なのか?
俺は思わずトーリアの方を見ると、彼女も目を丸くしてこちらを振り向いた。
とりあえず、これが本当に前菜なのか確認してみよう。
「前菜っていうのは、この、これですか?」
スプーンやフォークも置かれていないので、俺は指で摘んで持ち上げた。
持ち上げると分かるが、これは確実に石だ。
「そう。」
そう言うとパルさんは皿に盛られた石を指で摘んで口に放り入れた。
ゴリゴリと音を立てて石を噛み砕いている。
パルさんと長老のアオさんは、咀嚼しながらこちらをじっと見つめてくる。
これは、試されているのか?
異民族と仲良くなるには、相手と同じものを食すのが一番だと聞いたことがある。
それに、自分達の食事を気持ち悪いとか言われたら、誰だって傷つくよな。
よし、食べてみよう。
石にしか見えないし、持ってみても石の手触りと石の重みを感じるが、もしかしたら食べられるかもしれない。
いや、きっと食べられるのだろう。
俺は指で摘んでいた石を口に入れて歯を立てる。
すると、ゴリッと明らかに石の歯応えがした。
いや石の歯応えってなんだよって感じだが、とにかく噛みきれない。
「もごもご……これ、マジで食い物なんですか?もご……」
「地球人の食べ物じゃない。これは石。」
「食い物じゃねえのかよ!」
思わず声を大にしてツッコミを入れてしまった。
さっきやたらと気を遣ったのはなんだったんだよ……
だが、なんとなく吐き出すのは躊躇われて、石はまだ口に入れたままだ。
「え、なに、月ウサギって石食べんの?」
敬語がツッコミに吹っ飛ばされて、完全にどっかにいったが気にしない。
「そう。私たちは石を食べる。地球人は食べないらしい。」
「へえ……」
そっかあ石食ってんだあ、この人たち。
さっきまで普通に可愛いウサギ獣人みたいに見えてたのに、石をゴリゴリ食ってるところを見ちゃうともう人間じゃねえな。
紛れもなく宇宙人ですわ、この人たち。
「お兄ちゃん、石、美味しい?」
「不味くはないぞ。美味くもないけどな。てかお前も食ってみろよ。」
「え、嫌だよ。」
「お前、パルさんたちの前でそんなはっきりと言うなよ……」
「ごめんね、石は食べられないや。」
トーリアは馬鹿正直にそう言ったが、月ウサギの人々は特に嫌な顔をせず許してくれた。
「いいよ、食べられないの知ってたから。というか、食べたのはアンとグロウくらいだよ。親子だね。」
「ママと俺だけ……」
「お兄ちゃんとママは似てるからね。仲良しだし、波長が合うんじゃない?」
「嬉しくねえ……」
ママと似てるって言われるとき、変なことか不名誉なことばっかりじゃないか?
「次はちゃんと地球人も食べられるものを出すよ。みんな、持ってきてー」
パルさんが他の月ウサギさんに声をかけて、次の食事を運ばせる。
皿が下げられてしまうので、俺はずっと口に残っていた石を吐き出して下げてもらった。
さて、俺たちも食べられるものとはなんだろうか。




