51話 宇宙の味
食事は各自の自室にいろんな種類のものが置いてあった。
無重力空間でも飛び散らないように、袋から吸い出して食べるものや、固形のものばかりだ。
俺は気になったものをいくつかと、定番そうなものをいくつか持って最初の部屋に戻った。
中にはトーリアが居て、宇宙食のパッケージを眺めていた。
「お兄ちゃんどれにしたー?」
「俺はこの『ドワーフ印のミートバー』ってやつだ。」
「あ、それ気になってたんだ!でもアタシはこの、『スペーススライミー』ってやつ。宇宙味のスライムゼリーなんだって!」
「好きだよなスライムゼリー。てか、宇宙味ってなんだよ。」
パッケージには「宇宙空間で育てたスライムを新鮮なまま切り分けてすぐパック詰めしました」と書いてある。
スライムって宇宙空間で育つんだね。
これだけじゃ味の想像が全くできない。
まあいいや、俺はドワーフ肉を食べるぞ。
異世界の宇宙食はどんなものか、前世の宇宙食も食べたことないけど、いざ実食。
「なんだこれしょっぱ!肉肉しくて美味しいけどしょっぱいなこれ!」
「ドワーフは酒飲みですからな。濃い味のものが好みなのです。」
「それ先言ってくださいよルスローさん!」
「ははは、未知への挑戦のを奪ってしまっては無粋ですからな。」
いつの間にか部屋に戻っていたルスローさん。
確かに最初に全部言われちゃうと面白くはないけどさ。
「てか、めっちゃ持ってきましたね。」
「この威厳のあるお腹を保つためですよ。」
ルスローさんは自分のお腹をポンと叩いてそんなことを言う。
何が威厳のあるお腹だよ。それ以上太ると耳が長いだけのおじさんになっちゃうから、ほどほどにしてくださいね。
「トーリア、宇宙味ってのはどうだった?」
宇宙味スライムゼリーというヘンテコなものを食べたトーリアは、目を見開いて動きを止めている。
アレだ、宇宙猫みたいな顔になってる。
「おーいトーリア?」
目の前で手をフリフリしても反応がなかったが、少しして目だけをこちらに向けてきた。
「なんか、宇宙の味がした。」
「なんだそれ?説明になってないぞ。」
意識を取り戻したと思ったら、よくわかんない事を言い出した。
「これは食べてみないと分かんないと思う。あむ……」
彼女はそう言った後また一口齧って、宇宙猫みたいな顔で咀嚼し始めた。
とそこへ、ベリルとベールの二人が戻ってきた。
二人は真顔でもぐもぐしているトーリアを見て、首を傾げる。
「トーリアさま、なんかおかしくないです?」
「お口に合いませんでしたか?」
「いや、『スペーススライミー』っていう宇宙味のスライムゼリーを食べたら、こうなったんだ。」
「では、私もそれを頂きます。」
「え、ベール、大丈夫か?」
「主と同じものを食べるのも従者の務めでございます。」
そして『スペーススライミー』を口にしたベールは、そのまま固まってしまった。
また一人宇宙猫になってしまったのだ。
「ベールもおかしくなっちゃったです!」
「ドライアドもこうなるのか……」
「グロウさま!僕らも食べるです!」
「え、これ見た後食べるのは怖いんだけど……」
俺も自室から同じものを持ってきていたんだが、こんな二人を見ると、口に入れるのが怖くなってしまった。
しかし、ベリルは食べる気みたいだし、主人の俺が食べないわけにもいくまい。
せっかく異世界に来たんだ。未知を恐れるな!
「よしベリル、せーので食うぞ!せーの、あむ……」
「あむ……」
口に含んだ瞬間、弾けるgalaxy。
どこまでも続くuniverseが口いっぱいに広がり、燃え上がるcosmosはchaosへと変わり、舌の上を荒れ狂う。
それはまさしくspace tasty。
きっと今の俺も宇宙猫みたいな顔になっているのだろう。
「美味いか美味くないかで言えば……美味い……のか?」
多分美味い。
でも口と頭がおかしな事になるから、あまり次を食べたくはない。
でも残すのは惜しいと思える程度には中毒性がある。
その後も俺たち四人は、真顔で黙々と宇宙味のスライムゼリー『スペーススライミー』を食べた。
唯一食べなかったルスローさんだけが、同じテーブルで孫を見る祖父の顔で微笑んでいた。
「なんか変なもの食ったな。」
「そうだね。次は普通のもの食べたいかな。」
「僕、あんなもの初めて食べたです。」
「ベリルだけじゃないですよ。みんな食べた事ないはずです。」
みんな、それぞれの感想を口にするが、概ね一致しているだろう。
初めての味覚から戻ってこられていない。
「よし、俺は鮭おにぎりを食べよう。給湯器でお湯を注いでくる。」
「あ、お兄ちゃんアタシのもよろしく。」
「やってやるからついて来てくれ。あれ食べた後に一人になりたくない。」
「しょうがないなあ。でも確かに不安になる味だったよね。」
「あ、グロウさま、僕らがやるです。ベールも行くですよ。」
「私はもうちょっと休憩してたいです。」
「いいよいいよ。ここはお城じゃないし、みんなで行こうか。」
部屋の隅の給湯器からおにぎりのパックにお湯を注いで数分待つと、おにぎりが完成した。
ちなみに、意外にもエルフは魔道具を多用する。
魔法でお湯を注ぐことも出来るが、温度調節とか水流の制御とか色々と面倒だからだ。
水魔法が得意な人なら普段から魔法でやるんだろうけどな。
そうでなくてもここは宇宙空間で、付近に存在している元素が少ないため、水魔法も土魔法も満足に使えない。
下手に使うとシャトルの壁から元素を集めてしまって、壁に穴が開くからだ。
だから案外、前世の宇宙船のように、水は循環して濾過しているし、空気も循環させている。その機構や動力に魔法を多用しているけど。
さてそんな事は置いておいて、おにぎりを食べます。
「おお美味い!米、塩、鮭!理解できる味だ!」
「おいしーい!やっぱ日本人ならお米だよー!」
「やっぱりご飯美味しいですー」
「安心する味ですね。口の中が洗い流されます。」
見開いていた瞳孔が収束して、味覚に平穏が訪れた。
これだよこれ!なんて安心する味なんだ。
宇宙味でめちゃくちゃになった味覚が帰ってきた。
「次はハンバーガー食べるぞ!」
「アタシはチーズケーキ!」
「もうデザートか?」
「違うよ、これは箸休め。」
そのあと俺たちは、味が想像できる定番メニューしか食べなかった。
今日はもう、冒険をしようとは思わない。
いや、今日どころか一ヶ月くらいは美味しそうなものだけを食べたい。
「そういえばルスローさん、この後はなんかすることあります?」
「いえ、到着までは特に何も。」
「到着ってあとどのくらいなの?」
「明日の昼10時頃に到着予定です。」
「てことは後丸一日暇ですね。」
「じゃあお兄ちゃん、あのカードゲームしようよ!」
「カードゲームっていうと、マジック・ザ・ユグドラシルか。いいぞやるか。」
ママの誕生祭初日に街で見かけたマジック・ザ・ユグドラシル。
歴代の国王や現代の英雄、魔物や魔法などを駆使して戦うカードゲームだ。
王族である自分達もカードになっていて、俺はなんとなく触れたくなかったが、トーリアは気にせず自分のカード主体のデッキを作っていた。
彼女はあの日カードを箱で大量に買っていたから、デッキ作りには困らないだろう。
最近ドワーフの拡張パックが追加されたから、俺は自分が関わらないデッキを作ってトーリアと遊んでいる。
「この前はお兄ちゃんに負けちゃったからね、色んなデッキを作ってきたよ!」
「ほほう?ならばこちらも新デッキのお披露目と行こう!」
カードを上手く空中に留まるように手を離し、俺たちのバトルは白熱する。
隣ではベリルとベールもデッキを取り出した。
「僕たちもやるですよ!」
「主人の流行りには一緒に乗るのが従者の務めです。負けませんよ。」
そうして始まったバトルをよそに、シャトルは静かに飛行する。
月へ向かって真っ直ぐに。




