48話 世界樹の頂上へ
姉貴たちと王宮でお泊まり会をした翌日、朝のうちに起こされて、今俺は城の王宮の庭に居る。
「じゃあ行くよ。みんな、しっかり掴まっててね。」
パパはそう言って、俺たちを背中に乗せて飛び上がった。
「うおお!やっぱりパパの背中に乗るのは最高だな!」
「自分で飛ぶのも好きだけど、パパの背中に乗るのも好きー!」
月へ行くためには、世界樹の頂上から発射するシャトルに乗る必要がある。
本来なら登山ならぬ登木をする必要があるのだが、今日はパパが頂上まで送ってくれることになった。
ドラゴンの姿のパパが、その広い背中に俺、トーリア、ベリルとベール、それと宰相のルスローさんを乗せて、ゆっくりと空へ上がっていく。
「そんなに喜んでくれると、僕も背中に乗せる甲斐があるけれど、はしゃぎすぎて落ちないでくれよ。二人とも飛べるだろうけど、一応ね。」
「「はーい!」」
「良い返事だけど、余計心配になるね。」
パパが苦笑しているけど、上がってしまったテンションはそうそう下がらないのだ。
ちゃんと気をつけるから許してほしい。
「僕たちは地面から離れると落ち着かないです……」
「いざというときに潜れないです……」
ドライアドの二人は、地面から離れるのが怖いみたいで、必死にパパの背中にしがみついている。
「大丈夫だよ、二人とも。パパが居る限り、いざという時なんか来ないって!」
「それは分かりますけど、怖いものは怖いんですー!」
可愛らしい二人の姿に、俺たちは自然と笑顔になる。
「ねえねえ、ルスローさんも月でお仕事あるの?」
「ええ。陛下のお父上が地球にお戻りの間、月面都市の市長代行を。」
「へーおじいちゃん、市長だったんだ。」
というか、月面基地じゃなくて都市って言ったな。もしかして結構人が住んでるのかな。
今回はルスローさんが居るから、道中でちゃんと教えてもらおう。
「という事で、ルスローさん。俺とトーリアに、月について色々教えてください!」
「お願いします!」
「ええ、勿論です。」
そして、パパの背中の上で勉強会が始まった。科目を分類するとしたら、恐らく理科と社会科だ。
「お二人は月についてどの程度ご存知なのですか?」
「全く存じ上げません!」
「お兄ちゃんに同じく!」
「僕とベールは王都で育ったから、見たこともないです。」
「ははは、かしこまりました。全く、陛下には魔法以外の教育もきちんとして頂きたかったですな。」
そうぼやきながらも、やれやれと苦笑いを浮かべているルスローさんは、なんだかんだママを慕っているように感じる。
「アンは魔法以外、特に政治や歴史には関心がないからねえ。こればっかりは仕方ないよ。」
「アレイクス陛下、あなたが代わりに教育してくださっても構わないのですよ?」
「あ、あーっと……僕はドラゴンだからね。エルフの歴史や政治なんかはちょっと専門外かな。」
「この国で守護竜王を務めていて、専門外のはずがないでしょう?」
「い、いや、ほら、僕は国防というか世界樹の防衛がメインだからさ、月は専門外っていうかね……」
「あれ、なんかパパが情けない。」
「言い訳するパパなんて初めて見たかもー」
「うっ、背中に視線を感じる……」
さっきまで安心感のある大きな背中だと思っていたのに、急に小さく感じた。
小さくなり過ぎて俺たちが落ちたら困るから、これ以上言うのはやめてあげよう。
「さて、では皆さま、授業を始めますよ。」
「お願いしまーす!」
ルスローさんは恰幅の良い胸とお腹を張って、説明を始めてくれる。
「まず、月とはこの地球の周りを回っている衛星のことを指し、二つ存在します。」
「え、ひとつじゃないんですか?」
王都は世界樹の枝葉に遮られて月を見ることはできないけど、森で暮らしてた時は夜空が綺麗に見えていた。
夜空に浮かぶ月は一つしか無かったはずだ。
「同時に観測する事は出来ませんが、二つ存在します。それぞれ、昼月、夜月と呼ばれ、昼月は昼の空にだけ浮かび、夜月は夜空にのみ現れます。」
「へえ、一緒には見れないんだ。」
「その二つのうち、エルフが治める都市は昼月にあります。」
「じゃあ今から行くのは昼月なんですね。」
「左様でございます。ちなみに夜月にも都市がありますが、そちらは主に魔族が治めております。」
ほうほう、昼月はエルフ、夜月は魔族で住み分けされてるわけね。
「昼月の都市にはおよそ5万人ほどが住んでおり、住人はエルフ、ドワーフが少し、他は人間が大部分を占めています。」
「5万人!めちゃめちゃ大都市じゃないですか!」
「初めて入植したのは私が生まれる少し前、500年より前くらいです。最初の入植者はエルフとドワーフが合わせて10人ほどでした。住める環境が整い、人間を受け入れた途端、あっという間に人口が増えたのです。」
「エルフより寿命短いから、そりゃ増えるのも早いですよね。」
「当時は食糧など物資の確保が大変だったんです。現在は現地でも生産出来ているのですが、初めの頃は地球からの物資援助に頼っておりました。それを届けるための交通手段も、現在のように体制が整っておらず、その開発も難航し……」
「ほえー大変だったんですねえ」
「ねえねえ、ルスローさんってその頃から宰相さんだったの?」
「いえ、私が宰相を任されたのは200年ほど前になります。ですが当時から国で働いておりましたので、よく覚えているのです。」
その後もルスローさんは、当時の苦労話を交えながら、少しだけママの無茶振りに対する愚痴も挟みつつ、月の開発がいかに大変だったかを語ってくれた。
魔法のあるこの世界、月に大気がないだとか、宇宙船の開発といった事は前世ほど苦労してはなさそうだった。
最初の基地建設は、ハイエルフの魔力とドラゴンの強靭な肉体、ドワーフの技術力のゴリ押しで形にしたらしい。
しかし、問題だったのはそこで生まれた子供たち。
いくら立派な基地があるとはいえ、油断したら死に繋がる環境。
基地の空気が漏れたら、地球から食料が届かなかったら、未知の魔物に襲われたりしたら……と、常に不安が付き纏っていたのは想像に難くない。
その結果、基地内は常に吊り橋効果が発生しているようなもので、種族を問わず愛を育むものが出てくる。
それは自然の摂理であり、咎めるものは居ないが、増えた分の物資や装備が必要になる。
そしてそれを手配するのは地球に居る者たちであり、その一人がルスローさんだった。
月で要求されるのは、それはもう貴重な素材を使った魔道具やら宇宙服やらで、集めるのが大変だったんだそうだ。
ちなみに、そんな無茶な要求を出すのはママだったんだって。それは愚痴の一つも言いたくなるだろう。
でも、ママだって頑張っていたらしい。
ママは一人で大気圏を抜けられるから、月と地球を行ったり来たりしていたらしい。もちろんパパも一緒にね。
そこまで聞いたところで、不意に強い光が差し込んできて、俺は目を細めた。
「授業の途中で悪いけど、そろそろ世界樹の上に出るよ。」
パパの声で顔を上げると、いつの間にか太陽の光が葉の隙間を抜けてきていたことに気づいた。
パパが世界樹の大きな枝をひとつ飛び越えるたび、葉の隙間が広がり、差し込む日差しが強くなる。
下を見ると、今まで越えてきた枝葉に隠れて、王都が見えなくなっていた。
パパが最後の枝を飛び越えると、太陽の光と熱に出迎えられた。
「うおぉ……眩しい……」
「太陽、久しぶりに見るねー」
頭上には眩しい太陽と雲一つない青空が、眼下には世界樹の葉の緑が広がっている。
高い山から見下ろす雲海のような広大な緑の絨毯と、澄み渡る青空のコントラストが美しい。
「みんな、あそこがスペースポート、ユグドラシルだよ。宇宙への入り口さ。」
そう言ってパパが指差した先に見えるのは、見渡す限りの緑の中に、ポツンと佇む超巨大な建造物。
言ってしまえばツリーハウスだが、規模が桁違いだ。
あれはツリーハウスというより、ツリーベース(基地)とか、ツリーエアポート(空港)と言った方が正しい。
世界樹が大き過ぎてポツンとなんて表現してしまうが、あれは城より大きいだろう。
「着陸するから、気をつけてねみんな。」
パパはゆっくりと高度を下げ、スペースポートに近づいていく。
常に昼(夜)に浮かぶ月って実現できるのでしょうか?
月の公転周期が365日プラス閏秒だったら、常に地球と太陽の間に月があることになるような、ならないような気がします。
まあそうならなかったとしても、この世界ではファンタジーパワーでそうなります。




