43話 パープルヘッド
「おーい起きろ二人とも。もう昼になるぞ。」
「んんぅ……」
朝、というか昼。姉貴の声で目を覚ました俺とトーリアは、這いつくばりながらテントを出た。
「おはよう……」
「アタシまだ寝てたい……」
「ダメだ。エルフの起床に合わせてたら、いつになるか分かったもんじゃない。」
もっともな事を言われたので、魔法で生み出した小さめの水球に顔を埋めて洗顔する。
「ふぁ、起きてきた。」
しっかり目を開けると、宙に浮かんだ大きな水球の中で泳いでいるルカと目があった。
「ルカは何してんだ?」
「うぁふぁのうぉーうぃんうあっうあお(朝のウォーミングアップだぞ!)」
「水中だから何言ってるか分からん。」
「うぁうぁうぁー」
「あ、今のはシャシャシャーだな。」
ルカが親指を立ててグーサインで応える。
ルカはバシャンと水球の制御を手放して、地面に降り立った。
「おはようグロウ!トーリア!」
「ああ、おはよう。今のはなんだったんだ?朝風呂か?」
「違うぞ。ルカは魚人だからな、一日一回くらいは泳がないと落ち着かないんだ。」
「なるほど。」
「グロウもやるか?目が覚めるぞ。」
「いや、泳ぎ慣れてないから足を攣りそうだ。トーリアやってみたらどうだ?」
「アタシも泳ぐのは慣れてないかな。空を飛ぶなら良いかもだけど、朝はいいかな。」
トーリアは今は翼ある種族だけど、前世は地に足ついた人間だからな。
飛ぶことは好きだが、魚人のルカと違って飛ばないと落ち着かないという程ではないのだろう。
すると、俺が起きてから目で挨拶したきり、黙々と肉を焼いていた鬼の舞花が呼びかけてくれる。
「朝食だ。」
そういって差し出されたのはステーキだ。朝からヘビーだな。
姉貴とルカはもろ肉食だし、鬼も肉食べそうだし、トーリアも肉食の血を引いてるから、皆んなは喜んで食べている。
朝食を食べたあとは、テントを畳み、結界を閉じて、リアンを起こして出発した。
「さて、今日は目的のアナゴンダに会えると良いんだが。」
「ルカは美味しいやつならなんでも良いぞ。」
「アタシもまだ食べた事ない魔物が良いなー」
軽く雑談しながら森を行くことしばし、ルカがふいに足を止める。
「姉貴、あっちになんか居るぞ。」
「どんな奴か分かるか?」
姉貴の問いに、ルカは目を閉じて軽く頭を下げる。
彼女の頭のてっぺんから微弱な魔力が発されているのが、辛うじて認識できた。
「ちょっと待ってくれ。あれは……パープルヘッドだな。」
「そいつか。どうするグロウ、こいつはかなり美味な魔物だが。」
「美味しいなら狩っちゃいますか。」
「だが、こいつを倒したら一度帰らないといけないぞ?リアンの魔法ポーチでは、そう長く保存して置けない。」
「それなら、俺の魔法ポーチに入れましょう。内部の時間を止めてありますから。」
「そういうところは、さすが王族のハイエルフだな。よし、道中の美味な魔物は全て倒していこう。」
方針が定まり、ルカが見つけた魔物へと進路を定めて歩き出した。
「そういえば、さっきのルカ、頭から魔力が出てたよな?」
「よく気づいたなグロウ!そうだぞ。あれはシャチの固有能力のエコロケーションだ!魔法子の反響を使って、木の裏に隠れている獲物も見つけ出せるぞ!」
「おおー!凄いな!」
「ふふーんそうだろ?もっと褒めても良いぞ!シャー!」
「ルカちゃん凄いね!アタシ全然わかんなかったよ!」
「トーリアに褒められると照れるぞ!」
トーリアに褒められてルカは凄く嬉しそうだ。
昨日の夜は二人で遅くまで話していたから、出会って2日目だというのに、もう随分と仲良くなったな。
「あ、そろそろ近いぞ!」
「わかった。一旦隠れて様子を窺うぞ。」
姉貴の言葉で、茂みに隠れて獲物の様子を覗き見る。
パープルヘッドと呼ばれていた魔物は、体長6メートルほどでティラノサウルスなどの恐竜に似た二足歩行のトカゲだ。
名前の通り、頭頂部の辺りが青黒い紫色をしているのが特徴だ。
「本当に紫色の頭だ。」
「なんで紫色なんだろうね。」
トーリアが素直な疑問を口にすると、姉貴が教えてくれる。
「二人はパキケファロサウルスという恐竜を知っているか?」
「え?知ってますけど……」
前世に居たものと同じであるなら知ってますけど。
確か頭蓋骨が発達していて、河童の皿のような剥き出しの頭頂部で頭突きをする恐竜だった。
まあ、本当に頭突きをしていたかは分からないが。
「あのパープルヘッドは、その恐竜のように頭突きをする魔物だが、その頭はパキケファロサウルスのように硬い訳ではないんだ。それなのに色んなものに頭突きをするから、あいつの頭は紫色をしている。」
「えっ、てことは、あの頭の紫色は、青痣ってこと?」
「そうだな。」
「えぇ……」
「魔物学者によると、太古に絶滅したパキケファロサウルスの因子を宿した魔物が、肝心の頭骨が発達しないまま、頭突きをする本能だけが残ってしまったらしい。」
なんて可哀想な魔物なんだ。
本能に刻まれた行動が、自分の頭を痛めつけているなんて。
そんな憐れな魔物を、俺たちはこれから狩るのか……?
「姉貴!こいつはルカがトーリアと一緒に倒して良いか?」
「構わんぞ。」
「なっ……ルカはこんな可哀想な魔物を狩れるのか?」
「当たり前だぞ。こいつらの頭の肉は筋繊維がボロボロだから、柔らかくて美味しいんだぞ!」
「よし!ぶっ倒して来てくれ!」
「もちろんだ!あの個体は良い紫色だから、きっとすっごく柔らかいぞ!」
肩を並べて飛び出したトーリアとルカを置いて、俺たち四人はそのまま茂みに隠れて、二人を見守る。
「ルカが魔石をぶった斬るから、トーリアは動きを止めてくれるか?」
「任せて!ルカちゃんが斬りやすいように引きつけとくから!」
トーリアが翼を広げて接近すると、パープルヘッドは紫色の頭をトーリアに向けて突進してくる。
トーリアは武器を出さずに素手で頭突きを受け止めた。
爪で受け止めたら折角のお肉に傷がついちゃうからな。
しかしいかに竜人と言えど、体格差はかなりのもので、トーリアはジリジリと押されている。
「む!結構力強いね、なら……風魔法『ジェット』!」
トーリアは魔法で背中から風を噴き出して、強引に動きを止める。
ルカが、背負っていた身の丈を越えるサーベルを肩に担ぎながら駆けていく。
ただでさえ大きかった刀身に水の刃を纏わせ、3倍近くに伸ばしたサーベルを振り下ろす。
「はああ!『ドーサルスラッシュ』!」
それはパープルヘッドの胴体を易々と切り裂き、勢い余って地面に大きな溝を作った。
一撃を叩き込んだルカは、トーリアの元へ駆け寄っていく。
「トーリア見たか!?昨日言ってたルカの必殺技だ!」
「しっかり見たよー!ルカちゃんカッコよかった!」
「トーリアもナイス足止めだったぞ!」
「えへへ、ありがとう!」
二人は手を取り合ってキャッキャッとはしゃいでいる。
哀れパープルヘッドは、二人の少女の友情のダシにされてしまった。
「おつかれ二人とも。」
「あ、お兄ちゃん!ルカちゃん凄かったよね!」
「ああ、小さい身体で凄いパワーだったな。」
「そうだろう?水中だったらもっと強くなれるぞ!」
「水中で戦うルカも、いつか見てみたいな。」
俺は二人を労うと、パープルヘッドの死体を魔法ポーチにしまった。
これはギルドに戻ってから皆で解体する予定だ。
「よし、片付いたなら先へ行くぞ。本来の獲物はこいつじゃないからな。」
「そうっすね姉貴。」
ひとまず前哨戦を終えた俺たちは、程よい緊張感を保ちつつ森の奥へと歩みを進める。




