15話 プリティなくま
森から出てきたのは、体長10メートルほどの巨大な熊だ。
パッと見はただのでかい熊だが、首周りだけ毛が長いのか、盛り上がってふっくらしている。
「こいつの名前はプリティベア。全身の毛皮が硬くて、生半可な攻撃は効かない上に、攻撃をいなす技術もあるから注意よ。」
「こんなイカつい熊のどこがプリティなの?」
「プリティなのはおしりよ。見てみなさい。」
さっきまでは立ち上がっていたから見えなかったが、四つん這いになった熊は、お尻を高く突き上げている。
そのおしりは、ほんのり桃色でプリプリで……
「いやプリティっていうか、プリケツベアじゃねえか!」
「まあ、世間ではそう呼ばれてるわね。」
なんだこのふざけた熊!こんなのがママが一人じゃ勝てないほど強いのか?
「あのおしりは弾力が凄くてね、矢や魔法を弾き返すのよ。」
「あ、ちゃんと強いんだ、あのプリケツ……。」
「顔は怖いけど、おしりかわいいね。」
「プリティベアの弱点はそのお尻に隠された肛門よ。肛門に強烈な一撃をお見舞いするのが正攻法ね。」
「えぇ……。それつまりカンチョーで倒せって事?」
「まあ、簡単に言うとそうね。中央の魔石まで貫くカンチョーをぶち込むのよ。」
「えーアタシ、お尻に腕は突っ込みたくないかな……。」
「いや俺だって嫌なんだけど。」
「でも他に良い方法がないんだから仕方ないじゃない。」
「パパだったら正面から打ち勝てるの?」
「アレイクスなら正面からでも勝てると思うけど、大変そうだし、一人の時に出会ったら飛んで逃げるでしょうね。」
「じゃあアタシ達も飛んで逃げればいいじゃん。」
「いやすまんトーリア。俺がまだ飛べない。」
「ママが魔法で運んで飛べないの?」
「そうね、それは出来るけど、ここまで近づかれたら難しいわね。」
「そっか。じゃあ倒しちゃっていいんだね!アタシワクワクしてきたよ!」
「こら。油断しないで、慎重に戦うわよ。私が引きつけるから、二人は隙を見つけて攻撃を仕掛けなさい。」
「「了解!」」
話がまとまると、それを待っていたかのようにプリティベアが動き出した。
四つん這いのまま川を渡ってくる。
ママが無言で腕を横に振ると、膨大な魔力が解き放たれて、川が一瞬で凍りついた。
「うおっ、さむっ!」
ママの魔法は本当凄いな。
俺なんか、いちいち弾丸の材質から初速から、全部考えながら作るのに、ママは無造作に腕を振るだけで川を凍らせるんだもんな。
数瞬は氷漬けにされたプリティベアだったが、すぐに氷の束縛から抜け出した。
あの氷にはママの魔力が含まれているから、鋼鉄並みに硬くなってるはずだけど。
それを一瞬で壊すなんて、あの熊の膂力はかなり強いみたいだな。
おっと、見てるだけじゃダメだな。
とりあえずこいつの後ろに回らないと。
「とりゃあ!」
俺と違って、トーリアはちゃんと攻撃の準備をしていたらしい。
空から急降下してきたトーリアはプリティベアの首筋目がけて魔力で伸ばした爪を振るう。
その手が首に触れそうになった瞬間、首周りの長い毛が一斉に逆立った。
それはさながらヤマアラシの体毛のように、トーリアの体に深々と突き刺さった。
「いだあ!!」
トーリアは慌てて腕を戻して、涙目で刺さった毛を抜こうとしている。
「おい!トーリア!離れろ!」
「え?」
トーリアは棘の刺さった自分の手しか見ていなかったが、プリティベアは既に後ろに熊手を振り回していた。
「待ちなさい!」
ママが慌てて樹の蔓を伸ばして熊の体を縛るが、それは少し勢いを殺すだけで、動きを止めるには至らず……
「トーリア!!!!」
プリティベアの鋭い爪がトーリアを切り裂き、勢いよく吹き飛ばした。
トーリアは赤い鮮血を撒き散らしながら、錐揉み状態で川の向こうまで飛んでいく。
「グロウ!少しの間、こいつを頼むわね!」
「え、わ、わかった!」
大丈夫だ、落ち着け。
トーリアは全身に鱗をまとった姿だったし、きっとその鱗がトーリアを守っているはずだ。
ママは魔法が万能だし、きっとトーリアの傷も綺麗に塞いでくれるはずだ。
だから落ち着け、目の前の敵を見ろ。
プリティベアは、その手に付いた血を舐めながらこちらを睥睨している。
トーリアを追うような素振りはない。
随分と舐められたもんだが、今は都合がいいな。
「まずは防御障壁を張って、それから……キャノン!」
気休めに防御障壁を張りつつ、生み出したのはアダマンタイト100%の砲弾だ。
めちゃくちゃ魔力を使うが、この際それは置いておく。
放たれた弾丸は、瞬きすら許さずにプリティベアの額に着弾し、ガァン!と弾かれた。
「うっそだろ!あいつの頭はアダマンタイトより硬いってのか!?」
奴は呑気に額を擦ってニヤニヤしているように見える。
くそ、これじゃあ無駄に魔力を消耗しただけだ。
いや、違う、効かない事がわかったんだ。
次は別の攻撃を試せば良い。
「次はこいつだ!ガトリング!」
アダマンタイト多めの合金で作った弾丸を帯状に纏めて、俺の周りに浮遊させる。
それを俺は高速かつ爆音で連射して、狙うは目だ!
「どんなに硬い頭蓋骨を持っていたって、目ん玉まで硬くは出来ねえだろ!」
案の定、奴は目の前を腕で覆って、弾丸を防いでいる。
という事は、目は攻撃が通るってことだ。
「よし、このままガトリングを撃ち続けていれば、奴の足止めは出来そうだな。そんで戻ってきたママと協力すれば、もう勝ったようなもんだな。」
余裕ができたので、トーリアが飛ばされた川の向こうの様子を伺ってみる。
……余裕ができた?
違う。人はそれを油断と呼ぶ。
「ガオオオオオオオオッ!!!!!!」
「うわっなん!」
プリティベアが激しい咆哮を上げた。
それは大気を揺らし、撃ち出した弾丸も、張っていた防御障壁も、地面も木々も、全てを吹き飛ばした。
「なんか、怒ってるっぽいんですけど……」
ずっと顔に弾丸を浴びせられて、ご立腹のようだ。
とりあえず、破れた防御障壁を張り直そう。
「とりあえずこれで……、え、はや!」
そうして慌てて生み出した障壁は、急接近した熊の鋭い爪で切り裂かれる。
「まずいまずい!全力防御障壁、10枚!」
俺は、開いていた間合いを埋めるように、10枚の障壁を生み出した。
それは奴が一歩近づく度、一枚ずつ切り裂かれていく。
既に5枚が切り裂かれ、残りは半分。
「爆発防御障壁!」
俺は残った5枚の間に、新たに4枚の爆発防御結界を生み出した。
また一枚、防御障壁が切り裂かれた。
そして、熊の右手が爆発防御障壁を傷つけ、爆発で後方に吹き飛んだ。
「よっし!爆発を大きめにしてよかった!」
そう、咄嗟のアレンジで爆発の威力を強めにしておいたのだ。
この隙に、新たに10枚の爆発防御結界を生み出し、俺の前には計17枚の壁が立ち塞がっている。
「グオアアアアアアアアアア!!!!!!」
再び上げた咆哮で、プリティベアの近くの結界が反応して爆発してしまった。
「あれ、これガチおこじゃね?」
全身から妖しいオーラを立ち上らせているし、毛の色味も変わったように見える。
魔力で光った両目に睨まれると、無意識に身震いしてしまう。
プリティベアは四つん這いになり、力を溜める。
「グオオオッ!!!」
熊の雄叫びが聞こえたと思ったら、もう目の前に、大きくて鋭い牙が見えた。
俺が張った結界など無かったかのように、突進して近づいてきたらしい。
やべえ、これは避けられない。
これを食らって死んでもまた転生させてくれるかな。
やたらとゆっくりに見える視界の中、ぼんやりとそんな事を思っていた。
しかし、次の瞬間、熊のこめかみにドロップキックが決まって、真横に吹き飛んでいった。
その脚は白銀色の鱗に覆われていて……
「お兄ちゃん!大丈夫!?」
「トーリア……。よかった、無事だったんだな。」
「無事じゃなかったわよ。両腕千切れてたんだから。」
「でもママが治してくれたから、もう大丈夫だよ!ほら、傷痕もない!」
「そ、そうか。生きていてくれて良かったよ。」
「治ったから、とりあえず空に上がって様子を見てたの。そしたらなんなヤバそうだったから、急いで飛んできたんだよ!」
「私も結界張ってたのよ。ホラ。」
ママはそう言って、コンコン、と俺の前の空間を叩いた。
どうやらいつの間にか、ママの結界が張られていたらしい。
「あなた達二人とも、油断しすぎよ。ここからは気合い入れなさい。」
「「はい!」」
「私が引きつけるから、トーリアは遊撃。今みたいに一撃入れて、すぐ離脱しなさい。グロウはトドメを頼むわ。私たちから離れて、私が拘束した瞬間を狙い撃ちなさい。」
「分かった。次は余所見しないよ。」
「じゃあアタシは空を旋回して勢いつけておくね。」
「それじゃあ、行動開始よ!」
ママの号令で俺たちは散開して、持ち場に着く。
トーリアは真っ先に飛び上がり、辺りを旋回している。
俺は川を渡って茂みに身を伏せ、銃魔法スナイプを構える。
細く長い、ダーツ状の砲弾を生み出し、風を纏わせ、高速で回転させる。
スナイプに内蔵されてる遠見の魔法でプリティベアを捉え続け、その時を静かに待つ。
そしてママは、戻ってきたプリティベアと壮絶な戦いを繰り広げている。
ママの防御障壁でも、本気のプリティベアの爪を2回は受け止められずに切り裂かれている。
それでも一回はちゃんと受け止めているから凄い。
プリティベアは魔法は使わないみたいだけど、一瞬で接近して爪を振るうから、すぐに見失いそうになる。
俺は遠くから見てるからまだ見えてるけど、ママはよくあの攻撃を防げているなと感心する。
「『我、アンジャベル・マギア・ユグドラジールの名において、請願する。母ユグドラシルよ、雄大なる慈愛を我に、その繁栄を我らに。大地は我らを繋げし道となり、我の親愛を受け取り賜え。」
ママの柔らかな詠唱が聞こえる。
それは母に甘える子供のような、それでいて自慢するような、信頼に満ちた凛とした声。
「我が元に集え。ユグドラシアロート。』」
ママが魔術名を宣言すると、ママの足元から丸太より太い木の根がいくつも飛び出し、プリティベアに襲いかかる。
それは鞭のように、あるいは槍のように、一本一本異なる動きで、プリティベアを攻め立てる。
プリティベアは素早い身のこなしで一つ一つ捌いていたが、次第に対処が追いつかなくなる。
そして一本の木の根が左手を縛ったとき、天から一筋の銀光が降る。
それはさながら流星のような鋭さで、プリティベアの後頭部に突き刺さり、その巨体を地面に叩きつけた。
見事な一撃を決めたトーリアは、すぐさま離脱。
入れ替わるようにママの木の根が、頭を垂れて四つん這いになったプリティベアを縛り付ける。
「いまよ!グロウ!」
俺は息を止めて、照準を合わせる。
「『スナイプ』!」
ドギュンッと撃ち放たれた砲弾は、回転しながら真っ直ぐ飛んで、プリティベアの弱点に直撃。
弱点、そう、肛門に!
「グオオオォォォ……!」
プリティベアはなんとも言えない呻き声をあげ、ケツから血を吹いて沈んだ。
全身から立ち昇っていたオーラは消え、その巨体はピクリとも動かない。
それを確認した俺は、歩いて川を渡って、二人の元に戻った。
「お兄ちゃんナイスショット!」
「やるわねグロウ!良い魔法だったわ!」
「ありがとう。二人が良い体勢で動きを止めてくれたお陰だよ。」
良い体勢……、つまりはケツを突き出して肛門がよく見える体勢だ。
「この死体は持って帰ってゆっくり捌きましょうか。プリティベアの素材は高く売れるわよ。」
「こいつめっちゃ硬いもんね。いろんなものに使えそう。」
「そうなのよ。こいつの素材は引く手数多なんだけど、あまり市場に出回らなくてねえ。」
「そうなの?そんなに需要あるなら、狩り尽くされて絶滅してそうだけど。」
前世でもそういう動物居たよね。象牙とかだっけ。
「こいつを狩りたいなんてモノ好き、そうそう居ないのよ。そもそもかなり強いでしょ?アレイクスを除けばこの森のヌシと呼んでも過言じゃないわ。」
「確かに、ママくらいじゃないと返り討ちに遭いそう。」
「まあ、強さだけなら高位の冒険者やうちの騎士団の精鋭でも倒せるんだけど。一番の理由はこれよ。」
そう言ってママは、血を流してるプリティなおしりを指差した。
うん、言いたい事はわかる。
「確かに、スナイプのスコープでドアップの肛門を見るのは、ちょっと、かなり嫌だった。綺麗だったけど。」
肛門科の先生に褒められそうな綺麗な肛門だったね。
そこだけは救いだったかな、うん。
「でしょ?他の魔法使いもそうなのよ。だから、誰も自分から狩りに行かないのよ。今回みたいに偶然遭遇して討伐した素材が出回るだけでね。」
「なるほど、完全に理解した。」
その時、地面が小さく揺れた。
「うわ!地震じゃない!?」
珍しく、ママが慌てた声を出す。
「え、地震?」
「少し揺れてるかも?」
「え、なんで?この辺で地震なんて起きないわよ?」
徐々に揺れが大きくなってきた。
「今、震度3くらいかな?」
「そんくらいだね。」
「ちょっとあなた達、なんでそんな落ち着いていられるのよ!私、地震なんて初めてよ?」
「まあ、日本人だからね。」
「これくらいよくあるよね。」
「あなた達とんでもない所に住んでたのね。」
「ねえ、お兄ちゃん。あの山動いてない?」
「そりゃ地震が起きたら揺れるだろ。」
「そうじゃなくて、近づいてきてない?」
「は?」
トーリアが指差す方を見ると、確かに山が少しずつ近づいて、大きくなっているように見える。
しかも、地面の揺れもどんどん大きくなっている。
「ママ、あれなに?」
「この世界も大概とんでもない所だよ、ママ。」
「あれは多分、山亀ね。滅多に動く魔物じゃないんだけど。というか、今からアレと戦うのは嫌なんだけど。」
スケールがデカすぎて、俺とトーリアはポカンと口を開けて立ち尽くしてしまう。
ふいに、聞き馴染みのある声が聞こえて我に返った。
「おーい、アンー!」
「山からパパの声がする。」
「おっきくなったねパパ。真面目にやってきたもんね。」
「ああ、アレイクスが引き摺って来てたのね。」
その言葉通り、竜形態のパパが山を引っ張って来た。
山って引っ張れるんだね。
「いやあ、山亀と遭遇して倒したのはいいんだけど、大きすぎて僕の魔法ポーチには入らなくてね。そしたらアンの魔力を感じたから、引っ張って来たんだよ。」
「私だってこれを仕舞うのは大変なんだけど。」
「はっはっは。本当はグロウとトーリアに見せたかったんだ。久しぶりの大物だったからね。」
「もう、しょうがないわね。じゃあ家に入るくらいの大きさに切り分けて。」
「うん。グロウとトーリアは少し寛いでいてくれ。」
パパが大きな爪を振るうと、亀の肉がサクサクと捌かれていく。
スケールがデカすぎて、俺とトーリアはまたも唖然としてしまう。
「ねえお兄ちゃん。」
「どうした?」
「アタシ達、この熊倒したくらいで喜んでちゃダメだね。」
「そうみたいだな。」
「アタシ、帰ったら魔法の勉強するよ。」
「良いんじゃないか。俺も帰ったらまず、飛行魔法を覚えよう。逃げる手段は欲しい。」
「そうだね、アタシ達だけじゃ、まだ熊も亀も倒せないもん。」
さっきまでの戦勝ムードは消え去り、今あるのは、少しの焦燥と敗北感。
そりゃあ、パパやママに勝てるなんて思ってないけど、その壁の高さを再認識した。
でもそれと同時に、俺たち兄妹はこの二人の子供なんだという自信もある。
いつか、パパやママを超えられるように、ひとつひとつ覚えていこう。
グロウが『スナイプ』で撃ち出す弾は、現世で言うとAPFSDS(armor装甲を-piercing貫く fin羽で-stabilized姿勢制御する discarding取り除く sabot装弾筒を)です。
でもこの魔法に装弾筒は無いので正確にはAPFS弾ですね。
装弾筒というのは、ダーツの真ん中に装着する爆風の受け皿です。
ダーツ状の砲弾だと、大砲の筒の中で爆風が羽の隙間をすり抜けちゃうから付けているんですが、グロウの魔法だと爆風ではなく魔力で押し出すので不要なのです。
気になった方はWikipediaを見ると「へー頭いいー」ってなるかもしれません。私はなりました。




